アイクティエスの夜市で今宵⑦
火花が散る。
夜市で空が明るいとはいえ、閉ざす夜が作る闇は我が物顔で領域を広げており、閃光が瞬く度にそれら漆黒が拭われる。
「ふっ――!!」
セフィカが剣を振るう度に、《ソウリュウ》でいなし、防ぐ。甲高い金属音が響き渡る中、『星の勇者』の瞳が揺れ、妖しく光る。
「魔神様は傷つけさせないわ」
その声と共に、大男の手から矢のようなものが発射される。セフィカに放たれたそれは、しかし彼の下に届く前に、水流によって阻まれる。
爆風と爆炎が炸裂した。
「お前は俺が捕縛する」
「捕縛なんて、随分と生温いことを言うのね」
少女が言葉を発すると同時、大男の腕に変化が訪れる。真上に突き出したその腕は歪に変化し、皮膚であろう部分が花弁のように開き始めていた。
「ピグは全員殺すつもりだよ?」
無邪気に、そして冷たい声が静かに夜へと沁み込む。
大男の腕の、それら花弁一つひとつから、先ほどの爆発する矢が発射された。白線をたなびき空へと昇る矢は、やがて折り返し落下を始める。
「ちっ――、無差別爆撃か!」
「無粋ね。そんなことはまだしないわ」
水流を操り爆発する矢を防ごうとするフェルグ。矢の落下地点を抑えれば爆発から守ることは容易いはずだったが――
「ピグの作品は、空を踊るのよ」
「――っ!?」
垂直に落下していたはずの矢は、突如角度を変えて真横に飛翔を始める。白煙を噴出し飛来するそれらは、それぞれの勇者を狙っているようだった。
「ちっ――」
シリウスと打ち合っていたセフィカは飛んでくるその矢を避け、フェルグは水を纏い直撃を防ぐ。
そして、爆発。フェルグを狙う矢は水に触れた瞬間に弾け、爆炎を広げた。
「特別にもう一つ、あげるわ」
大男がセフィカに向けて腕を向けた。そこからまたも矢が射出され、風を切り勇者へと空を走る。
「遅い!」
剣を構え、振るう。それだけで視線の先にいたその矢は真っ二つ。瞬間、爆発した。
次いで、先ほど躱した矢が上空へと上がり、真上からセフィカを狙う。しかしそれも彼は視線を向けることなく片手で剣を振るい破壊する。
続け様に振るわれた斬撃。爆風が勇者を襲うが、彼は涼しい顔でそれを受けていた。
「風と炎の魔術を合わせ、それによる飛翔。加えて矢の内部に施された炎と土の魔術刻印での二重詠唱。それによる爆発か」
「え、凄いわね、魔神様。ピグの構成を見破ったのは、あなたが初めて」
本心で驚いたような声色を奏でる少女に、シリウスはかぶりを振った。
「それほどの魔術の才。戦い以外でも活躍させられると思うが」
「褒められるのは良いけれど、ピグはピグの子たちが活躍するのが見たいの。戦っていない子たちは、死んでいるも同じだから」
寂しそうに、けれど力強い意志を見せる大男。改心してもらうつもりなど元よりなかったが、相手も退くつもりは全くない。やはり戦う以外選択肢はないようだ。
「なら、お望み通りにしてやるよ」
少年の声が高く鳴る。彼の纏う水は再び水流となって、ピグマリアンへと襲い掛かる。大男はそれを跳躍して躱すが、水流もそれを追いかけて宙を踊る。ピグマリアンはさらに足元から炎を噴出させて、空中を舞うことで追撃を避けていた。
シリウスもまた《ソウリュウ》による爪撃をセフィカに振るう。それは剣で容易く防がれるが、一撃に終わらない。
速度を上げて爪撃を繰り返す。纏わりつくように背後や死角からの一撃を狙い続ける。
「速いけど、僕の剣速には及ばないな」
見切ったように、シリウスの現れる場所へ剣を薙ぐ。僅かに、斬られた髪が舞った。
「だろうな。余も、純粋な戦闘能力でお主に勝っておるとは思っておらぬ」
「なら諦めて投降したらどうだ。これ以上は時間の無駄だろ」
「そうでもない」
「……?」
訝しむように顔を顰めるセフィカに、シリウスは手を伸ばす。
「魔王の邪業贖う追葬の明滅」
空間を引き裂くような音が響いた。青白い雷がシリウスの周囲に稲光り、それは幾つもの槍の形を形成する。それら雷でできた槍は瞬く間に一閃を描き、残光を帯びながらセフィカを撃つ。
だが、それは彼の目の前で消失。再び夜の闇へと戻った。
「キシシ、何度やっても無駄だって。オレがいる限り、魔力による攻撃は全部食っちまうからよ」
「うむ。そうだな。時に訊くが、魔力も食らいすぎれば毒になるのを、知っておるか?」
「知ってるよ。でも、オレはそういうのねーから!」
セフィカの周囲を楽しそうに飛ぶ、一体の妖精。彼は自慢げにそう言うと、再び姿を消した。
「つまり、勇者殺しの目的は過剰な魔力摂取によって、レトの役割を破壊しようとしてるってことか」
「魔力を収めるにも器がいる。それは万物に存在し、例外はない。器が割れるほどの魔力を与えればどうなるのか、お主にもわかるだろう」
「もちろんだ。受けきれず、悪影響をもたらすんだろう? ただ、それで攻略できるほど僕たちは甘くないよ。レトの魔力喰らいに上限はほとんどない。それにもし吸収できないほどの魔力を使えば、君の魔力も底を尽きている頃だ。それから――」
「――――!」
周囲から夥しいほどの魔力の気配を察知したシリウスは、すぐにその場から回避を選択。その一瞬後に、水流が元居た場所を洗い流していった。
「僕とフェルグ、二人の勇者を相手にして、そこまでの長期戦を期待しないことだな」
「……ふむ、中々に難儀だな」
言葉と共に宙を漂うフェルグを見やるが、彼は視線を合わせようとしない。彼も彼で板挟みの状態だ。その現状に同情するものの、シリウスとしても手を抜くわけにはいかない。
フェルグの意図も、セフィカの殺意も、ピグマリアンの思惑も。
全てを汲んだ上で、現時点におけるシリウスの描く理想のシナリオを遂行する必要がある。
――準備は整った。後は、余が上手く立ち回るだけだな。
全く、ややこしい状況だと溜息を漏らすが、シリウスは改めて、《ソウリュウ》を構え直し、勇者に立ち向かう。
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