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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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アイクティエスの夜市で今宵⑥

 夜市の賑やかな光を浴びて、夜とは思えない明るさの中、シリウスたちは対峙する。足元から炎を放つ、宙を浮く大男。彼は自らのことを魔神臨在学会だと名乗った。

 つい最近、その言葉を聞いたシリウスは眉を顰めて、言葉を投げ掛ける。


「お主の目的はなんだ?」

「黙秘する……、と言いたいけれど、魔神様に聞かれたなら応えないわけにはいかないわね。ピグの目的は武力の量産。いずれこの世界を満たす大混乱のために、必要なもの」


 顔色を変えず、それに瞳も空虚な大男は、少女の声でそう告げる。

 そして、なるほど、とシリウスは得心する。混沌を創り出そうとしていたのは、オートカールではなく、あの組織の魔獣たちのようだ。どこまで暗躍しているのか見えないのは気味が悪いが、今ここで会ったことは僥倖だったのかもしれない。


「それも魔神とやらのために必要なことなのか?」

「そう。魔神臨在学会(セプテントリオン)は常に、魔神顕現に最適な場所、時間、状況を追い求めているの。これは、そのための準備よ。ピグの目的は、芸術作品の披露だから少し違うけれど、結果的に皆に見てもらえるはずだから」

「魔神など存在せぬ」

「あなたがなるのよ。魔神様。あなたこそが、この世界を救済へと導く魔神様に相応しいって、アルメリィナも言っていたもの」


 相変わらず話が読めない。魔神臨在学会(セプテントリオン)の連中は誰も彼もがシリウスを魔神に据える前提で話を進めてくる。シリウスが溜息を吐いて、大男との対話を打ち止めようとした時、わざとらしく剣を構えた音が鳴った。


「……魔神臨在学会(セプテントリオン)。僕も聞いたことがある。この世界を纏める、リーダーとなる者――、魔神を創り出そうという不可解な連中だ。この前までいた大陸にも、そのメンバーの一人がいた」

「そう、そうね。その報告も貰っていたわ。ラクシアスが満足そうに言っていたのを、憶えているもの。あなた、よく生き延びたわね」

「運命が、僕を生かした……、なんて都合の良い言葉を吐きたくはないけど、でもあの状況は、僕に有利に働いた。彼は、取り逃がしたけどね」

「それで、『星の勇者』様は今度はピグの邪魔をするのね。どこまでも勇者らしくて、……愚かだわ」

「……君もこの世界に混乱をもたらすなら、僕はそれを許さない。全ての悪事を挫き、見えざる善性を育もう」


 セフィカの表情が険しく歪む。双眸は静かに、そして冷たく揺れ、シリウスとピグマリアンを見据えている。

 一触即発。僅かでもこちらが動けば斬り掛かると、そんな迫力を放つセフィカの元へ、またも空中から何かが降りてきた。


「おい、セフィカ。暴れるなよ」

「……フェルグか。まさか止めるなんて言わないよな」


 海よりも深い紺の短髪に、眼鏡を掛けたレンズの奥に、水色の瞳が瞬かせる。『涙の勇者』が、そこにいた。


「冷静になれよ。見物人が増えて来てる。俺たちが暴れると、被害が出るだろ」


 言いながら、指を弾くと彼の傍に人影が現れる。長身の燕尾服を纏うその男性は、フェルグの付き人だ。彼は膝を付き、その少年の傍らで静かに佇む。


「レーヴァ。街の人たちを避難させろ」

「……勇者がお二人もいるこの状況で、納得する者がいるとは思えませんが」

「できる限りだ。本当は場所を変えたいけど、あのピグマリアンってやつがそれに応じるとは到底思えないからな。露店の人間には今夜の商売の停止を言い渡せ。それでも避難しないような奴は、できる限り衛兵たちとお前が守れ」

「畏まりました」


 彼の姿はすぐに消え、眼下がさらに騒がしくなった。


「……余も避難させるか」


 シリウスもまた、ヌイに状況を伝える。詳細を話すまでもなく伝わっているはずだが、より正確に理解してもらう必要がある。


『――ヌイ。勇者二人と魔神臨在学会(セプテントリオン)のメンバーと接敵した。状況は――』

『――全部わかっておる! これから戦闘が起きるかもしれぬのだろう!?』

『――そうだ。故にお主にも役割を与える。シャーミアとルアト、そしてリリアの保護。そして――』

『――街の民の守護、だな。無論、心得ておるとも!』

『――うむ。任せたぞ。余の分体』


 元々自らの一部だったヌイとは、いつでも連絡を取り合える。万が一、分体でも対処できない状況に陥った時には、庇いに行けばいいだろう。


「……ピグマリアン、って言ったか? お前の役目はもう終わったはずだろ? 取引は無事に完了して、まだ何か用事があるのか?」

「そうね。本当ならこのまま『涙の勇者』から逃げきって、設計書を持ち帰れば終わり……、なのだけれど。それだとつまらないって、そう思わない?」

「つまらない?」

「せっかく外に出られたのだから、できるだけ長く楽しみたいと思ったの。それに、魔神様とも話したかったもの」

「魔神様、ね……」


 フェルグの視線がシリウスへと向けられるが、すぐに興味を失ったかのように大男に戻る。


「何か、勘違いしているみたいだな」


 眼鏡を上げる仕草と共に、低い声が響いた。それと共に、彼の背後に水路から水が集まり始める。それはみるみるうちに肥大化し、すぐに巨大な水の塊となった。


「面白いとか、つまらないとかじゃない。お前は逃げ切れるはずの機会を逃がしたんだよ。もう、ここから逃げ帰られると思うな」

「その通りだ。勇者殺しも、魔神顕現を企む者も。全てここで、その物語を終わらせる!」


 向けられるのは、殺気。力強く放たれる言葉は風と共に伝播して、夜市に響いた。

 それに続くのは、甘く透き通った少女の声。それは先ほどよりも、少しだけ上擦ったような、楽しそうな声音で紡がれる。


「良いわ。面白いじゃない。勇者二人との戦闘。難易度が高ければ高いほど、理不尽であればあるほど、攻略し甲斐があるもの。それに、ピグの作品を見てもらう機会だものね。……あ、魔神様には攻撃しないわ。大事な魔神様だし、アルメリィナに怒られたくないもの」

「いらぬ。余からすれば、全員敵だ」


 『星の勇者』、『涙の勇者』、魔神臨在学会(セプテントリオン)の第四席、それぞれの視線を一身に受ける。

 状況は単純だ。シリウスからすれば、相対する敵が増えただけ。それら全員を相手すれば問題ない。主な目的は『星の勇者』を退けること。そして、この街の人間に被害が出ないこと。『星の勇者』と殺し合うのは、少なくとも今ではない。

 一陣の風が吹く。眼下では未だに人々のどよめきが起こっているが、恐らく完全にそれが消えることはないだろう。

 アイクティエスの街の中。屋根の上で四人がそれぞれ視線を交える。

 やがて止む風を合図として、『星の勇者』の声が渡った。


「――戦闘、開始だ」

お読みいただきありがとうございました!


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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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