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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
213/263

VS『星の勇者』③

魔王の夜明け告げる(レ=ディルクルム)黎明の渡鳥(=ベヌウ)


 赤く燃える紅蓮の炎が鳥の形を成して飛ぶ。夜を彩るそれらが剣を構えるセフィカへと飛行するが、直撃するよりも前に紅蓮の鳥は姿を消した。


魔王の凋落誹る(レ=ラプテシモ)可逆の荊棘(=ガトルニス)


 セフィカの立つ屋根に無数の針が出現する。それは彼を取り囲み標的として襲い掛かるが、紅蓮の鳥同様に、全て消えた。

 屋根から生えた棘が根こそぎ消えたのではない。セフィカの周囲のある一定の距離から、別の空間に呑みこまれたかのように、その場から消失していた。


「これも効かぬか」


 勇者とは一定の距離を保ちながら、シリウスはあらゆる魔術を試し、セフィカへと放っていた。そのどれもが、セフィカの周囲のある場所から先へは辿り着けず、届かない。しかし、シリウス自身が接敵することはできる。空間を別の場所へと飛ばす魔術であれば、シリウスの体ごと消失するはずだ。

 つまり――


「お主の仕業だな。デインの妖精よ」

「キシシ、やっとわかったか。オレがオマエの魔力を喰ったんだよ! 上質な魔力をありがとな!」

「……妖精の類は魔力の扱いに長けておる。吸収するのも納得だな」


 つい先日も、シリウスの魔術を食らって無傷で吸収した女がいた。それを思い出し、思考を切り替える。

 魔術で攻撃が通らないのであれば、物理的に押し通すしかないだろう。


「言っておくけど、僕の妖精には魔力探知を持った子もいる。隠れられると思わないことだ」

「……全く。余は接近戦はあまり得意ではないのだがな」


 シリウスは自らの手を握り込む。そこにはいつもの白く、細い指はなかった。禍々しくも神聖な巨大な手。指先はかぎ爪のように鋭く、表面は赤黒い光沢で不気味に輝いている。

 それはシリウスの特異星(ディオプトラ)魔錬創造(オリギア)によって創られた魔道具。名は《ソウリュウ》。特別な能力は備わっていないが、攻撃面と防御面、両方に特化した優秀なガントレットだ。


「相手の不利を押し付ける。それが戦闘の基本だろ」

「論ずるまでもない。これは遊びではないからな」

「そうだ。これは殺し合い。生き延びた方が、勝者だ。……ただ安心していいよ。被った理不尽を嘆く暇は、与えない」


 セフィカの瞳が、ぎらりと光った。そして、ぶれる。彼の姿が消えた刹那、背後から剣を振る音が鳴った。

 それを、シリウスは振り返りながらガントレットで受け止める。


「これを受け止めるか。それに、防具も固いな」

「散る木の葉を掴む方が難しいな」

「そうかい!」


 セフィカが力の限り、そのまま剣を振るった。少女と青年。明らかな膂力の差が、シリウスの体を打ち飛ばす。

 シリウスはそのままくるりと回転し、屋根に着地。とその時には既に、セフィカの凶刃が眼前に迫っていた。

 これを即座に躱すものの、続く拳による一撃が追い打ちをかける。瞬時に《ソウリュウ》で拳を受けきるが、衝撃までは逃がせない。

 シリウスの体が力任せに吹き飛んだ。勢いのままに家の壁面へと叩きつけられそうになったが、壁を蹴ることで衝撃を分散。軽やかに屋根上へと戻る。


「まだまだ!」


 セフィカの剣がさらに襲い掛かる。真正面から《ソウリュウ》で受け止めて、急所を狙う乱打を冷静にいなし、躱し続ける。

 僅かでも、防ぐ場所を間違えば致命傷。最悪は死に至るだろう。的確に剣筋を捌き、明確にフェイントを暴く。速さに頼った剣術だ。それも常人では到底受けきれないほどの斬撃。こちらが反撃する暇さえ与えてくれない。

 斬撃を躱し防ぎながら屋根を飛ぶ。何十、何百と既に打ち合っただろうか。防戦を重ねるシリウスに、再度大きく振りかぶった一撃を加える。


「――」


 今までで一番強い剣撃だ。ガントレットから全身に衝撃が伝わってくる。シリウスはその衝撃に体が浮き、飛ばされる。

 背後に建物が迫る。先ほど同様、壁面への着地で衝撃を逃がそうと身を捻る、――捻ろうとした。

 だが――


「――観念しろ、勇者殺し」


 冷たい声が耳元で響く。吹き飛ばしたシリウスと同じ速度で間合いを詰めたセフィカが、その剣を首元目掛けて斬り払う。

 それを防ぐのと、背を壁に叩きつけられたのはほとんど同時。痛みはないが、勇者の剣が間近に映る。


「捕らえた。つまらない復讐劇も、ここで終わりにしよう」

「それを決めるのはお主ではない」

「減らず口だな。僕が易々、この状況から逃がすと思っているのか?」


 さらに力が籠められる。《ソウリュウ》による防御はシリウスを傷つけない。だが、それを支え続ける体力も無尽蔵なわけではなく、いずれ限界は来るだろう。特に、肉体の操り方に関しては純粋な肉弾戦で秀でている勇者側に軍配が上がる。


「お主がどうするのかは関係ない。決めるのは、余だ」


 突如、壁面がうねり始める。固いはずの壁面は波打つように動き、そして――


魔王の軋轢厭む(レ=エスカパル)衰微の産声(=ガトルニス)

「――っ!?」


 シリウスのその背が、壁から突き出た岩壁によって勢いよく押し出された。予想外の力の押し負けに、彼の剣圧が僅かに緩んだ。その隙に、シリウスは構えた《ソウリュウ》を振るう。


「くっ――」


 爪の先端が、その額を掠める。決して大きな傷ではないが、鮮やかな血は噴出し、勇者を押し返すことには成功していた。


「魔術だったなら、問題なく抑えられていたんだけど。まさか己自身で突っ込んでくるとはね。……死が怖くないのか?」


 静かに屋根へと着地するセフィカは苦々しげにそう呟いた。対してシリウスもまた離れた屋根の上に立つ。冷たい双眸に僅かな乱れが生じたことを確認すると、溜息と共に言葉を返す。


「無論怖いに決まっておるだろう。余を心のない怪物か何かだと思っておるのか?」

「でも、君からは畏れや躊躇を感じない。復讐のために心を殺したなんて、言わないよな」

「……いや――」


 初めは、そうだった。感情などいらない。復讐には不要なものだ。そう思っていた。

 もちろん今でもその想いに変わりはない。心があってしまっては、復讐心が色褪せる。体が、いつかそれを拒むかもしれない。

 だから選んだのだ。

 心を、別の場所に移すことを。

 自らが望む感情を、誰かに分け与え続けようと。


「――この体は、復讐のためにある。だが、そのさらに先を見据えるため、心はここより遥か先に置いてきた」

「復讐が最終目標じゃないってことか。どんな野望があるのか知らないけど、それもここまでだ」


 勇者が剣を構え直す。

 勇者の剣技は一級品だ。そこらの剣士では歯も立たないだろう。シリウス自身の継戦能力は低くはないが、魔力による攻撃手段が減った今、攻めあぐねるというのが現状だった。


「おい、あんなところで騒いでるやつがいるぞ」

「あれ、勇者様じゃない!? 昼間にいた!」


 いつの間にか、夜市の中心地に連れてこられていた。眼下には人の波が広がり、酒や食事を摂りながら見上げる者もいる。


「マズいな」


 これはシリウスが最も危惧していた状況だ。無関係な人が増えれば、シリウスの取れる手段も限られてくる。巻き込まないように動くためには、ここから移動をしなければ。

 そしてその考えは勇者もまた同じだったようで、気まずそうに口を開いた。


「……観客も増えてきた。場所を変えよう」

「……そうだな――」


 同意しようとした、その時。

 急速に近づいてくる魔力を、感じ取った。

 それは海の方から向かってきて、あっという間にシリウスたちの元へと飛来する。


「あ、あなたがアルメリィナが言っていた、魔神様ね」


 少女の声を放つそれは、大男の風貌をしていた。白い髭に白髪が特徴的だが、目立っているのはそれよりも足から噴出されている炎だ。

 空を飛行するその大男を見上げるシリウスと勇者に、それは丁寧に腰を折り、それから虚ろな瞳で見下ろす。


「――初めまして、魔神様に『星の勇者』様。ピグはピグマリアン。魔神臨在学会(セプテントリオン)、その第四席って言えば、わかるかしら?」

お読みいただきありがとうございました!


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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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