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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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『涙の勇者』フェルグ=ピスケイス②

 時を同じくして、アイクティエスの港近辺。波の音が静かに流れ、夜市の雑踏から遠く離れたその場所に、フェルグはいた。

 先ほど街の方から爆発音が聞こえたが、それを気にした様子もなくただ歩を進める。目的地は湾の先にある灯台。今はもう使われていない寂れた場所で、当然人の気配は周囲にない。

 ただ、フェルグが歩く音だけが、海の果てにこだましていた。

 どれほど歩いただろうか。それほど長い距離ではなかったはずだが、生憎周囲には灯り一つない。どれぐらいの距離を進んだのか、一目ではわかりにくかった。

 その場所で唯一頼りになるのは月明かりぐらいで、そんな心許ない灯りを頼りに前を進んでいると、不意に声が聞こえてきた。

 フェルグが向かう先で誰かが会話をしているようだ。彼はそれを意にも介さず歩みを止めず、灯台の麓に辿り着いた。


「よお、楽しそうな会話だな」

「……はあ、どうしたってお前が来るんだ?」


 灯台から出てきた二人組の内一人が、溜息と共に向けていた背を反転させる。

 月明かりに、痩せこけた顔が浮かぶ。神経質そうな瞳をギョロギョロと忙しなく動かす彼は、やがて視線をフェルグへと落とされる。


「衛兵たちは? 一人で来たのか? 不用心だな。俺なら万全を期して多くの衛兵を配備しておくが」

「そうさせなかったのは他でもない、あんただろ? 闇商人オートカール。あんたは本命の取引に人員を割かせないために、街の方で色々と騒ぎを起こした。随分と警戒心が強くて、大胆だ」


 フェルグの鋭い眼光に、対してオートカールは肩を竦めていなす。


「あーあ、名前まで知られてちゃ闇商人も引退だなあ。まあお前の言う通りだよ。見つかることは織り込み済みだったが、まさか『涙の勇者』がここに来るとは思わなかった」

「色々使えるモノは使わせてもらったからな。それに、『星の勇者』が来なかっただけマシだと思え。俺はまだ恩情があるほうだからな」


 フェルグは言いながら港への道で立ち塞がる。地上から街へ戻るにはこの道しかない。後は海に飛び込んでもいいが、わざわざそんな自滅行為をするようなことはしないだろう。


「さあ、観念しろ二人とも。オートカールだけじゃない。取引に応じた後ろのあんたにも、来てもらうからな」


 オートカールの背後に立つ、大男へと視線を向ける。

 オートカールも長身の部類に見えるが、その大男はさらに一回りほど彼を上回っている。帽子を目深に被っているので人相はわからない。しかし体格差がどれほどあろうと関係はない。フェルグにはそれを抑え込めるだけの力を有しているのだから。

 オートカールが背後に目配せしながら、前へと歩み出る。


「ピグマリアンさん。取引先であるあなたを逃がすまでが、俺の仕事だ。ここは俺が時間を稼ぐから、その隙に――」

「必要ないわ」


 オートカールの言葉を遮るように、鳴ったのは甘く響く落ち着いた少女の声。この場にいるのは男だけのはずだが、フェルグは声のした方――、ピグマリアンと呼ばれた大男へと意識を注ぐ。

 大男は被っていた帽子を取り、素顔を顕す。

 白髪に白い髭を蓄えた、皺が刻まれた老翁だ。これといって、異常な人物ではない、と。そう思えてしまう。

 だが、拭えない違和感が確かにあった。人間ではあるが、人間ではないような。

 言ってしまえば、その男には精気が感じられなかった。


「ピグがここを切り抜けられる方法は、大きく分けて三つあるもの」


 またも少女の声。そして今度は明確に、その大男から発せられているものだと確信できた。

 しかし、おかしい。

 大男から少女の声がすることにもだが、何よりも気にかかるのは彼が放つ魔力。フェルグも特段魔力探知に長けているわけではないが、拭えない違和感を言葉にする。


「あんた、魔獣か?」

「ふうん、よくわかったわね。知り合いに魔獣でもいるのかしら?」

「いや、勘だよ。人間の持つ魔力はもっと整っていて、落ち着いてるからな。あんたのは、気持ち悪くて底知れなくて、なんというか無秩序で、人間にとって息苦しくなるような、そんな魔力だ」

「そう。ありがとう。気を付けるわ。これまで、人とあまり話してこなかったから。ピグがここまで出向いたのも、初めてだもの」

「……それで? ここを切り抜けるって言ったけど、どうするんだよ」


 今、彼もしくは彼女が魔獣かどうかは関係がない。相手が誰であろうとも、フェルグは膨大な質量で標的を圧倒すればいいだけだ。


「一つは戦う。もちろん、あなたとね。それから二つ目は大人しく降伏したフリをする。それから、三つめは逃げる」

「どれも非現実的だ。俺には通じないよ。選択肢はない。この大量の海の水に呑まれて、あんたらは捕まる」

「……さあ――」


 波の音が――

 静謐に沈んだ。


「それはどうかしら?」


 少女の言葉と同時、海面から飛沫が上がる。灯台よりも高く打ち上がったその水柱は、その場を取り囲むように幾つも現れ、うねる。


「捕らえろ。揮水界(ナバルフォス)漂流(アムニズ)―」


 掛け声と共に、全ての水柱が蛇のようにのたうつ。そして一斉にオートカールたちに襲い掛かった。

 逃げ場はない。四方八方全方位を埋め尽くす海流の壁だ。一瞬の後には、彼らは水の中に囚われているだろう。

 しかし、それよりも、結果は早く訪れる。


「勇者の魔力と勝負できるだなんて、光栄なことね」


 少女の声がした、その直後。

 彼女の前方が勢いよく爆発した。


「――っ!?」


 彼が何をしたのかわからない。ただ男が手を前に突き出したら、襲い掛かる海流の内、一本を爆破させていた。


「ちっ――」


 他の水流が捕らえようとしたものの間に合わない。大男は開いた風穴から包囲網を脱するのと、水流が勢いよく標的を失った地面を叩いたのは同時だった。

 周囲に飛沫が広がる。捕らえられたのはオートカールのみ。大男は切り抜けた先で、弾ける飛沫を見つめている。


「逃がすかっ」


 水流は即座に元の形を取り戻す。再び幾つもの水流が海面より延びて、大男へと向かう。

 だが、彼はこれを跳躍して回避。水面に呑まれる地面を見下げ、そのまま滞空を続けていた。


「魔力で飛んだか」


 水流を叩きつけた衝撃で気を失っているオートカールを水の錠で捕縛しながら、フェルグは宙を浮く男を睨む。


「魔力なんて風情のない言い方、止めて。これは、ピグの芸術なの。足元のファンから空気を取り込んで、空気を燃焼。そうしてできたエネルギーを噴出することでこの子は滞空できているの。……まあ、大部分は魔力で補っているのだけれど」

「何を意味わかんないこと言ってんだよ。別に、あんたが優勢に立ったわけじゃないのにさ」


 三度、水柱が上がる。それは今度こそ男を包むように彼の身に迫る。


「……もう一つ見せるわね。さっきも使ったけれど、ピグの芸術作品を」


 男が腕を前に突き出すと、そこから何かが噴出した。それは煙を吐きながら矢のように水柱に刺さると、爆風と爆炎による破壊を生み出した。


「――っ!! 火炎魔術か!?」

「惜しいわ。これはミサイルって言うの。爆弾を打ち出して遠距離でも破壊できるようにしたもの。魔術の才がなくても、扱えるのが大きな利点かしら」


 男が腕を突き出す度に、そのミサイルと呼ばれるモノが水柱へと向かい、爆散。白い靄の中、男は顔色変えず浮いている。


「まずは実績を。それから自己紹介を。ピグは、ピグマリアン。魔神臨在学会(セプテントリオン)の第四席を与えられた、世界均衡化を担う魔獣よ」

「魔神……? 世界均衡化? 何を――」


 聞き慣れない単語に追いつけないまま、ピグマリアンは宙で踵を返す。


「それじゃあね、『涙の勇者』様。もうここでの用事は終わったから、その人は好きにしていいわ」

「待て――!!」


 言うが早いか、ピグマリアンは足元から炎を噴出し勢いよく飛び去って行った。急いで追い掛けなければ、彼が何をするのかわかったものではない。街が被害に遭う前に、あの男を止める必要がある。

 フェルグは水流を操り、それにオートカールを乗せる。そしてそのまま自分も水流の先端に飛び乗って、迅速にアイクティエスの市街地へと向かうのだった。

お読みいただきありがとうございました!


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