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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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VS『星の勇者』

 今のシャーミアの背後には少年と傷ついた男がいる。見たところ、勇者の武器は携えている剣だろう。近づけさせなければ彼らに被害が出ることはないだろう。

 《カゲヌイ》は回収できている。これをどの場面で使えば有効か。現時点では図れない。

 そうなれば取れる手段は一つ。


「速攻しかないわね」


 シャーミアは白の短剣を構えて、即座に行動に出る。隙だらけの前進。脱兎の如く飛び込んだ彼女に、勇者は冷静に、冷たい瞳で獲物を見やる。


「勢いはいいけど……」


 瞬間、剣が迫るシャーミアに叩きつけられた。爆発によって既に抉られていた地面がさらに砕け、砂塵が舞う。


「セフィカ」

「わかってるよ」


 砂塵が晴れる結果も待たない。勇者は見えているかのように振り返り、いつの間にか回り込んでいたシャーミアの一撃を防いでみせた。


「――っ」

「速さは認めよう。でも、それだけじゃ僕は傷つけられない」


 剣圧で押し返され、シャーミアは勢いのまま跳躍。軽やかに着地する。


「……それ、蝶?」


 勇者の言葉に反応するでもなく、シャーミアは慎重に彼を観察する。その上で、勇者の周囲を飛ぶ、小さな何かを見つけた。

 白と金色を基調とした小さな女の子のようで、蝶のような翅を羽ばたかせている。


「失礼ね! 蝶じゃないわ! アスアは立派な妖精なんだから」

「妖精……、初めて見たわね」


 怒ったように手足をばたつかせるが、可愛さのほうが印象としては勝ってしまう。いや、見た目は可愛らしいが、あの勇者と共にする存在だ。警戒はしても侮るわけにはいかない。

 なおも緊張を緩めずにいると、勇者が肩を竦めて息を吐き出す。


「そう警戒しなくてもいいよ。このアスアに攻撃性能は備わっていないからね。有する能力は魔力探知。魔力の気配を探知できる。その範囲は、大体この街ぐらいかな」

「魔力探知……」


 シャーミアにもその才能がある。能力と呼んでいいのかわからないが、ウェゼンに鍛えられたおかげで、これまで危機を何度も乗り越えてきた。恐らくそれと同等か、それ以上の代物なのだろう。


「……なによ、随分と親切に教えてくれるじゃない。あたしたち、一応今戦ってるんだけど」

「問題ないよ。これを知っても知られても、僕のやることは変わらない。それに、不誠実だろ? せっかくなら正々堂々と、心置きなく戦いたい」

「悪いけど、あたしはそんな馬鹿正直な騎士道になんて乗らないから」

「構わないさ。これは僕の自己満足に過ぎないからな。それともう一体、僕には妖精がいてね。出て来ていいよ、レト」

「へえ、自分から呼び出すなんて、珍しいじゃん、キシシ」


 そう呼ばれて出てきたのは、またも小さな人型。アスアと呼ばれた妖精とは違って、こちらは黒い蝙蝠のような羽を広げて、楽しそうに顔を歪ませている。


「言っただろ。正々堂々と、隠し事もなしだ。……こっちの妖精はレト。有する能力は魔力の吸収だ。範囲はそれほど広くないかな」

「……なるほどね」


 《カゲヌイ》で止めたはずの彼が、今自由に動けている理由がわかった。恐らく、《カゲヌイ》が放っていた魔力を食らったのだろう。勇者の言葉を全部信用するわけではないが、結果彼は《カゲヌイ》による拘束から抜け出せている。満更、嘘ということもないのかもしれなかった。


「理解できたかい? 僕に魔力による不意打ちは通用しないと思ってくれた方がいい。さっきみたいな動きを止める魔道具も、警戒していれば対策も打てる。早めに手の内を見せたのは、失敗だったね」

「そうでもないわよ。そのおかげで、アンタから距離を取れたんだし」

「でも君は勝てなくなった」

「やってみなくちゃわかんないでしょ!」


 もう一度、地面を蹴り勇者へと向かう。先ほどと同様、勇者はそれを迎え撃つべく剣を構え、振り抜いた。

 横薙ぎの一撃。シャーミアはさらに身を屈めそれを躱すと、勇者の懐に入り込む。


「速い――」


 勇者の声よりもさらに速く、短剣を振るう。

 狙いは彼の喉元。一撃で戦いを終わらせるべく放った斬撃は、しかし空を切った。


「……っ」


 僅かに上体を逸らすことで躱した勇者の頬に、一筋の傷が浮かぶ。

 まだだ。いま勇者の身はバランスを崩してまともに攻撃を受けられないはず。シャーミアは好機と見てさらに接近し短剣を掲げる。


「――良い気迫だ」


 だが、短剣が彼を傷つけるよりも早く、勇者が剣を振るう。短剣でこれを防ぐものの、膂力の違いで受けきれず、シャーミアはその身を吹き飛ばされた。


「く――っ」


 勢いのまま壁面を跳躍し、なんとか建物の外壁に叩きつけられるのは免れたものの、またも距離を離されてしまった。

 でも、手応えはあった。どうしようもないほどの距離の差は感じない。彼の性格上手を抜いているとも考えづらい。

 このまま速さを押し付ければ勝てる、と。そう思ってしまった。


「油断させてしまったかな」


 体勢を立て直しながら、勇者が苦く笑った。


「……別に、そんなことないわよ」

「隠さなくてもいいさ。僕の慢心が招いた結果だからね。思いの外、君の攻撃が速くて、驚いた」

「その割には避けられたけどね」


 軽口を叩きながら、どう攻略するかの観察は止めない。もう一度突っ込むべきか。いや、恐らく今度こそ対処されるだろう。

 慢心はしない。実際、勝てる見込みは薄いはずだ。まだ彼が全力を見せている様子もない。そんな相手を崩すのは、骨が折れるだろう。

 だから、まずは相手の余裕をなくす。


「お詫びに、僕の方から挑ませてもらうよ」

「な――っ!?」


 気がつけば、彼の身は目の前に現れていた。振るわれる斬撃に、シャーミアは咄嗟に《カゲヌイ》を合わせて、直撃を防ぐ。


「ぐっ――!?」


 肺から空気が漏れるほどの衝撃。斬撃は防げたが、衝撃までは打ち消せない。そのまま、シャーミアの体は力任せに吹き飛ばされて、水路に叩きつけられた。

 しぶきを上げて、水面が激しく揺れる。視界が水泡に塗れるが、すぐに水中から顔を覗いた。


「最後まで付き合えなくて悪いね」


 勇者は既にシャーミアから視線を外して、それをテトラに向けている。冷たく、無情な瞳を。


「――っ、ちょっと待って! アンタの相手はあたしでしょ!?」

「なら早く上がってくるんだ。……もう、間に合わないだろうけど」


 瞬時にテトラたちに接近した彼は、その剣を掲げる。そして――


「待って――!!」


 シャーミアの悲鳴が、虚しく響くもののそれはただ空間にこだまするだけ。何かを救う手立てにならず、無力の象徴として惨劇を彩る。

 そして――

 勢いよく、躊躇なく、勇者が振るう剣は、少年たちへと振り下ろされた――


魔王の軋轢厭む(レ=エスカパル)衰微の産声(=ガトルニス)


 涼やかな、声が鳴った。と、同時に、巨大な岩壁が地面から迫り出し、勇者とテトラの間を阻む。

 当然、頭を過った最悪の結末は、訪れない。


「え……」


 その声は。

 凛としたよく通る音で、無感情ながら美しさを持った音色だった。

 そして何より、シャーミアがよく知る声。


「お主が振るうその剣のどこに、正義があるというのだ?」


 屋根の上に立つ少女。その蒼い双眸が煌めき、瞬いている。


「――なあ『星の勇者』、セフィカ=バルザよ」


 魔王の娘――、シリウスは眼下で見上げる勇者に向けて馴れ馴れしくも、そう言い放った。

お読みいただきありがとうございました!


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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


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