シャーミア=セイラスの憂鬱④
「それじゃあ、私は仕事に戻るね。シャーミアちゃんも、さっきみたいな人たちがいるから、気を付けて帰ってね」
「――あ、そっか……」
そこでようやく、現実へと引き戻されてしまう。宿に戻らなければならないという現実に、再度シャーミアは頭を悩ませる。
どんな顔でシリウスと顔を合わせればいいのだろうか。まだ気持ちの整理もついていない。このまま宿に戻ったら、心の澱はまた溜まり始めて、一層苛立ってしまうだろう。
その様子がありありと目に浮かんでしまう。
そうして思考に耽っていた時間はほんの僅かだったが、目の前に立つエリスはそれを見過ごせないようだった。
「もしかして、宿に戻れない理由とかあるのかな? 相談事なら、聞かせてもらえるかな? 何か、シャーミアちゃんの役に立てることがあるかもしれないし」
心配そうな顔を浮かべるエリスに、シャーミアは戸惑う。これは自分自身の心の問題。誰かに話したところで、気分が楽になるだけだろう。
しかし、自分一人だと答えを出せないでいたのもまた事実。
結局彼女は、シリウスに関する部分はぼかしながらも、今の自分の心境について語った。
「――つまり、そのお友達のしていることについていけていないということかな?」
「まあ、友達じゃないけど大体そうね。アイツが規格外過ぎて、ちょっとどうしたらいいのか分からないっていうか……」
何も事情を知らない他者に話を聞いてもらうというのは、意外と心の整理に役立つな、と話しながらシャーミアは思う。あれだけ晴れないでいた心の曇りが、幾分マシになっていくように感じるのだ。
もっとも、すぐに答えが出るわけではない。それは彼女も分かっているつもりだった。
「うーん……。一通り話を聞いて、率直に思ったことなんだけど、言っても大丈夫かな?」
「問題ないわ。寧ろ他の人の意見とか、聞きたいし」
悩むように腕を組むエリスの言葉を待つ。その空間に言葉はなかったが、通りを挟んで向こうから、祭りのざわめきが流れ込んでくる。
やがて言葉の選択が終わったのだろう。エリスの瞳がまっすぐにシャーミアへと向けられた。
「多分、間違っていると思うけど簡単に言うね。――多分、シャーミアちゃんは、悔しいんじゃないかな?」
「……悔しい?」
「そう。目標は違うけど、目的は一致している。その中で、お友達の方が遥か先を見ていて、自分はまだまだだと思っちゃっているんだよね。だから、モヤモヤしている。それってきっと、シャーミアちゃんがお友達に並びたいって思うから、追いつきたいって考えているから悩んでいることなんだと思うの」
「……悔しい。そう……、そうかも」
初めに彼女を襲った際、その短剣を弾かれてしまった。
次に彼女に夜襲を掛けた時、力の差を感じてしまった。
勇者を見た時に見せた彼女の決意は、到底敵うものではなかった。
だからシャーミアは彼女に対して、悔しいと思ってしまっていたのだ。どれもこれもが彼女に劣る。胸に抱く想いでは負けているつもりもないのに、差を見せつけられて勝手に距離が開いたと感じてしまっていた。
――そうか、これが悔しさなのか。
「そう。だから、シャーミアちゃんはその悔しさを埋めないと、そのモヤモヤと一生付き合うことになっちゃう」
「……埋める方法が分かってれば苦労しないわよ」
「悔しさはそのまま、相手との距離なの。それで、シャーミアちゃんの隣にはその相手がいる。チャンスだって、そう思わないかな?」
「あ――」
並ぶためにできること。追いつくために、やらなければならないこと。それを教えてくれる最適な相手がいるではないか。
どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのか。
逸る気持ちを抑えきれず、シャーミアは頭を下げる。
「エリスさん、話聞いてくれて助かったわ! ありがとう!」
そう言ってシャーミアは踵を返し立ち去った。エリスがその顔を驚かせていたが、今はこの気持ちを消火させないことの方が大事だ。
一刻も早く、彼女を殺すために、彼女に教えを乞いたい。
気持ちに呼応するようにシャーミアの足は自然と、その速度を増していくのだった。




