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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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商人カピオ②

 いったいどうしてこうなったのか。

 背中が熱い。熱された鉄を無数に押し付けられているようだ。その痛みが、全身を駆け巡り、震える。いっそ、気を失った方が楽なのではないか。

 途切れそうになる意識の中、カピオはそんなどうだっていい考えを巡らせていた。

 子どもの頃から善行をよくしていた。できることなど限られていたが、道案内をしたり、泣いている赤子をあやしたり、落ちているゴミをひたすらに拾っていたこともある。

 それは全部、お礼を言われるため。感謝されるためだった。自分が行動すれば、人が笑顔になってお礼を言われる。それがわかっていたから、進んで善行を行っていた。


 力があるわけでもない。

 魔術の才があるわけでもない。

 年齢を重ねるにつれて、そういった小さな善行は埋もれていき、もっと自分の丈に合ったことをしようと思った。

 父も母も既に他界。必然的に、一人で生きていかなければならなかった。父が元々商人だったため、その縁もあって商人ギルドに所属。初めはそこで細々と生きていた。

 モノを売りつけることはせず、相手が必要に駆られている時だけ、必要な数だけ売る。やる気がないと言われればそれまでだが、元来の性格故か、無理やり何かをするというのは好みではなかったのかもしれない。

 そうして地道な活動が評判に繋がり、商人として独立。今の妻と結婚し子にも恵まれた。

 一人で商売を始めてもずっとスタンスは変わらない。必要な人間に、必要なモノを。それが自分自身が掲げたルール。


 それでも上手くやれていた。ただ次第に世界を取り巻く環境も変わり、物が豊かになる時代となった途端、ついていけなくなった。

 人々が平和だと浮かれて、モノが溢れかえるとそれを取り扱う同業も増える。競合が増えた結果、自分のやり方ではもう通用しなくなってしまっていた。

 それでもなんとか食らいついていたが、ついにコネも商材も底を尽きた。必死にできることを探していた時、出会ったのがここアイクティエスでの取引だった。

 取引内容は魔道具の設計書。

 しかも魔道具は廉価で粗悪。使い道も人を傷つけることに特化したようなもの。この平和な時代に、そんなものが売れるのかは甚だ疑問だ。

 だがやるしかなかった。故郷では妻も子も待っている。

 だから、この取引の場にやってきた、のに――


「まさか自爆するとはね。見誤っていたな」


 落ち着いた勇者の声が静かに渡る。爆発の衝撃で水面は揺れ、ちゃぷちゃぷ、と小さな声を上げている。

 何軒か、周囲にあったはずの家屋は崩れ、地面も抉れている。それが爆発の威力の高さを物語っていた。

 だが、体ごと爆発させた小太りの男を除いて全員生きている。


「ありがとうございました、勇者様……」

「確かに、爆発による衝撃は防げた。でもまさか、追撃用の石片まで仕込んでるとは思わなかったな。僕の周りにいた君たちは守れたけど……」


 背中に声が降りかかる。と、同時に注がれるのは憐憫の視線。


「商人たちは守れなかった。いや、傷ついたのはそこの男だけか。守ったんだな、その少年を」


 声には僅かに優しさが込められていた。息も絶え絶えな中、庇うように背中を丸めるカピオは、目の前で震える少年を見つめる。


「ああ、良かったな……。怪我は、なさそうだ……」

「……っ」


 優しく言葉を掛けたつもりだったが、少年の表情が曇ってしまった。そういえば最近息子と接していない。ちょうど目の前にいる彼ぐらいの歳になっているだろうか。


「二人は知り合いなのか?」

「……いや、ただちょっと、故郷の息子を思い出しただけだ……」

「そうか」


 素っ気ない返答だ。しかしその中に温かさもあるように感じる。


「言い残すことは、それだけか?」

「……は?」


 勇者の言葉に反応したそれは、果たして誰のものであったのか。カピオ自身から出たものか、あるいは少年か、衛兵か。

 ただ、勇者以外の全員が、彼の発言を受け止めきれずに固まっている。


「あ、あのセフィカ様? 殺す必要なんてないんじゃ……。もう抵抗もできないと思いますし、そもそもそれほどの罪を彼らは犯していません」

「罪に大小はないよ。小さな罪だって、傷つく人がいて、秩序が乱れれば大罪と変わらない。それに――」


 声が一段低くなる。その場全てを睨むような、そんな圧が一帯を支配する。


「さっきみたいに自爆しないとは言い切れないだろう? もし護送中にそれが起動したら? 夜市の真っ只中で発動されれば、僕でもその場にいる全員を守りきれるかわからない」

「そ、それは――」


 衛兵も言葉が詰まって、それ以上言えなくなってしまう。

 なんというあっけない最期だろうか。上手い話があると騙されて、そうして挙句の果てには殺される。抵抗しようにも弁明しようにも、生憎と痛みで口が上手く回りそうにない。

 自分の運命を受け入れるつもりはないが、どうしようもない。諦めかけたその時、目の前の少年が立ち上がった。


「お、おい……! そんなの、無茶苦茶だろ!」


 可哀想なほどに声は震えている。必死に勇者の方を睨み、少年は運命に抗おうと立ち向かう。


「オレたちは、ただ騙されたんだよ! なのになんで殺されなきゃいけないんだ!」

「それが正義だからだよ」


 刃物のように冷たい声。心などないのではないかと、そう思ってしまうほどに、勇者の言葉は凍てついていた。

 そして、同時に剣を構える。


「君も同罪だよ、少年」

「――っ!」


 彼が放つ雰囲気に呑まれ、一歩下がる。誰もこの場にいる彼に逆らえない。せめて少年だけでも逃がさなければ、と。そう脳は理解しているものの体が動かない。


「お、オレは――」

「恨むなら、そういう星の下で生まれた自分を恨むんだね」


 構えた剣を勇者が振るう。風を切る音。その次の瞬間には、少年の体は斬られているだろう。

 無情な刃が、鮮血を撒き散らす――


「セフィカ!」

「――っ!?」


 突如、少女の声が勇者の名を呼んだかと思えば、その刹那、甲高い音が響き渡った。

 剣と剣が打ち合う音。その音は、勇者が振るう剣と、そして――

 上空から飛来した黒い外套を目深に被る、紅蓮の瞳を持つ少女が持つ短剣とで、生み出されていた。

お読みいただきありがとうございました!


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