商人カピオ②
いったいどうしてこうなったのか。
背中が熱い。熱された鉄を無数に押し付けられているようだ。その痛みが、全身を駆け巡り、震える。いっそ、気を失った方が楽なのではないか。
途切れそうになる意識の中、カピオはそんなどうだっていい考えを巡らせていた。
子どもの頃から善行をよくしていた。できることなど限られていたが、道案内をしたり、泣いている赤子をあやしたり、落ちているゴミをひたすらに拾っていたこともある。
それは全部、お礼を言われるため。感謝されるためだった。自分が行動すれば、人が笑顔になってお礼を言われる。それがわかっていたから、進んで善行を行っていた。
力があるわけでもない。
魔術の才があるわけでもない。
年齢を重ねるにつれて、そういった小さな善行は埋もれていき、もっと自分の丈に合ったことをしようと思った。
父も母も既に他界。必然的に、一人で生きていかなければならなかった。父が元々商人だったため、その縁もあって商人ギルドに所属。初めはそこで細々と生きていた。
モノを売りつけることはせず、相手が必要に駆られている時だけ、必要な数だけ売る。やる気がないと言われればそれまでだが、元来の性格故か、無理やり何かをするというのは好みではなかったのかもしれない。
そうして地道な活動が評判に繋がり、商人として独立。今の妻と結婚し子にも恵まれた。
一人で商売を始めてもずっとスタンスは変わらない。必要な人間に、必要なモノを。それが自分自身が掲げたルール。
それでも上手くやれていた。ただ次第に世界を取り巻く環境も変わり、物が豊かになる時代となった途端、ついていけなくなった。
人々が平和だと浮かれて、モノが溢れかえるとそれを取り扱う同業も増える。競合が増えた結果、自分のやり方ではもう通用しなくなってしまっていた。
それでもなんとか食らいついていたが、ついにコネも商材も底を尽きた。必死にできることを探していた時、出会ったのがここアイクティエスでの取引だった。
取引内容は魔道具の設計書。
しかも魔道具は廉価で粗悪。使い道も人を傷つけることに特化したようなもの。この平和な時代に、そんなものが売れるのかは甚だ疑問だ。
だがやるしかなかった。故郷では妻も子も待っている。
だから、この取引の場にやってきた、のに――
「まさか自爆するとはね。見誤っていたな」
落ち着いた勇者の声が静かに渡る。爆発の衝撃で水面は揺れ、ちゃぷちゃぷ、と小さな声を上げている。
何軒か、周囲にあったはずの家屋は崩れ、地面も抉れている。それが爆発の威力の高さを物語っていた。
だが、体ごと爆発させた小太りの男を除いて全員生きている。
「ありがとうございました、勇者様……」
「確かに、爆発による衝撃は防げた。でもまさか、追撃用の石片まで仕込んでるとは思わなかったな。僕の周りにいた君たちは守れたけど……」
背中に声が降りかかる。と、同時に注がれるのは憐憫の視線。
「商人たちは守れなかった。いや、傷ついたのはそこの男だけか。守ったんだな、その少年を」
声には僅かに優しさが込められていた。息も絶え絶えな中、庇うように背中を丸めるカピオは、目の前で震える少年を見つめる。
「ああ、良かったな……。怪我は、なさそうだ……」
「……っ」
優しく言葉を掛けたつもりだったが、少年の表情が曇ってしまった。そういえば最近息子と接していない。ちょうど目の前にいる彼ぐらいの歳になっているだろうか。
「二人は知り合いなのか?」
「……いや、ただちょっと、故郷の息子を思い出しただけだ……」
「そうか」
素っ気ない返答だ。しかしその中に温かさもあるように感じる。
「言い残すことは、それだけか?」
「……は?」
勇者の言葉に反応したそれは、果たして誰のものであったのか。カピオ自身から出たものか、あるいは少年か、衛兵か。
ただ、勇者以外の全員が、彼の発言を受け止めきれずに固まっている。
「あ、あのセフィカ様? 殺す必要なんてないんじゃ……。もう抵抗もできないと思いますし、そもそもそれほどの罪を彼らは犯していません」
「罪に大小はないよ。小さな罪だって、傷つく人がいて、秩序が乱れれば大罪と変わらない。それに――」
声が一段低くなる。その場全てを睨むような、そんな圧が一帯を支配する。
「さっきみたいに自爆しないとは言い切れないだろう? もし護送中にそれが起動したら? 夜市の真っ只中で発動されれば、僕でもその場にいる全員を守りきれるかわからない」
「そ、それは――」
衛兵も言葉が詰まって、それ以上言えなくなってしまう。
なんというあっけない最期だろうか。上手い話があると騙されて、そうして挙句の果てには殺される。抵抗しようにも弁明しようにも、生憎と痛みで口が上手く回りそうにない。
自分の運命を受け入れるつもりはないが、どうしようもない。諦めかけたその時、目の前の少年が立ち上がった。
「お、おい……! そんなの、無茶苦茶だろ!」
可哀想なほどに声は震えている。必死に勇者の方を睨み、少年は運命に抗おうと立ち向かう。
「オレたちは、ただ騙されたんだよ! なのになんで殺されなきゃいけないんだ!」
「それが正義だからだよ」
刃物のように冷たい声。心などないのではないかと、そう思ってしまうほどに、勇者の言葉は凍てついていた。
そして、同時に剣を構える。
「君も同罪だよ、少年」
「――っ!」
彼が放つ雰囲気に呑まれ、一歩下がる。誰もこの場にいる彼に逆らえない。せめて少年だけでも逃がさなければ、と。そう脳は理解しているものの体が動かない。
「お、オレは――」
「恨むなら、そういう星の下で生まれた自分を恨むんだね」
構えた剣を勇者が振るう。風を切る音。その次の瞬間には、少年の体は斬られているだろう。
無情な刃が、鮮血を撒き散らす――
「セフィカ!」
「――っ!?」
突如、少女の声が勇者の名を呼んだかと思えば、その刹那、甲高い音が響き渡った。
剣と剣が打ち合う音。その音は、勇者が振るう剣と、そして――
上空から飛来した黒い外套を目深に被る、紅蓮の瞳を持つ少女が持つ短剣とで、生み出されていた。
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