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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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アイクティエスの夜市で今宵③

 この街は様々な人が行き交う場所だ。

 人だけじゃなくて物や情報も、色々なものが入り乱れて、そうしてこのアイクティエスという街は形成されている。

 それはここが海運都市だから。内外から多様な人が流れて来て、住み着いたり、出て行ったりして、いつだって人で賑わっていた。


「この辺りだよな……」


 彼女もまた、この都市に流れ着いた人間だ。身寄りもなく、商人の荷物に紛れ込んで入都市した後、住む場所もない彼女に寝床を与えたのは、とある商人だった。

 そこはお世辞にも綺麗だとは言えない家屋だったが、屋根や壁があるだけで彼女としては満足で、商人に感謝していた。

 その代わりに、と。与えられたのは多くの仕事。観光客から財布を奪ってこいとか、年寄りを騙して金を奪ってこいとか、とにかくそんなことばかりを求められてきた。


 生きるためだ仕方ない。

 そう割り切って、彼女は犯罪に手を染める。罪悪感は特になく、幼い彼女はそれを生きるための手段だと認めて、日々を過ごしていた。

 始めは上手く喋ることができなかったが、騙すために言葉を覚えた。

 まともに地図も読めなかったが、今ではこの街の小さな路地ですら頭に入っている。

 全部、生きるため。

 彼女の世界は、それが全てだった。


 ――でも、もったいないわよ。こんなに可愛いのに。


 頭の中で、昼間に見たその女性の声がリフレインする。綺麗な人だった。それでいて、格好良くて、凛々しい。

 その女性のようになりたい。どれだけの努力だってするから、その人と同じ陽の下で生きていたい。

 彼女は初めて、憧憬の念というものを抱いていた。

 その日、道案内をして、自分にとって何でもない風景がその女性たちにとって物珍しいものだということを知った。

 その女性や他の人たちが驚く顔や楽しむ顔が眩しくて、自分のことのように暖かい気持ちになった。


 自分のような人間でも、こんなに人を楽しませることができるのかと、驚くと同時に。

 もっと色々な人を喜ばせたいと、そう思った。

 だから彼女は、その女性たちと別れてすぐ、拾ってくれた商人の元へと向かった。

 もう盗みなどしない。これからはこの街のガイドとして、きちんと生活していく。拾ってくれたお礼と共に、彼女は商人にそう伝えると、あっさりと快諾してくれた。

 ただし最後に仕事をしろと、商人から言われて、今に至っていた。


「よお、あんたがテトラってやつかい?」


 そこはとある路地裏。幾つかの水路を渡り、さらに薄暗い道を行った先にある、袋小路にテトラと怪しげな風貌の男はいた。


「そ、そうだ。あんたが取引相手だよな?」

「ああ、とっとと設計書を渡せ」


 ぶっきらぼうに差し出された手に脅えるものの、テトラは懐から束ねられた紙を取り出した。これを渡せば晴れて自由の身だ。緊張で手が震えるものの、湧き上がってくるのは高揚感だった。

 これが何の設計書なのかは知らないし、自分が何をしているのかよくわかっていない。これはただのおつかい。終われば自分は、彼女と同じようになれる、と。そう信じていた。

 しかし、袋小路に幾つもの足音が鳴り響き、突如として視界がオレンジ色に染められた。


「お前ら! そこで何をしている!」

「――!? 衛兵ども!? なんでこんなところに!?」


 取引相手の男が焦ったようにそう叫び、睨むように現れた男たちの方を向く。

 物々しい雰囲気だ。ただ、怪しい人物がいたから話しかけたというわけではなさそうだ。テトラは彼らが放つ圧に、思わず一歩下がってしまう。


「ちっ! 捕まるわけにはいかねえ!」


 取引相手の男が背を向けて塀をよじ登り始めた。その光景に呆気に取れていると、すぐに衛兵が駆け寄ってくる。


「逃がすな! 追え!」


 すぐ隣を衛兵たちが駆けて来て、塀を昇る男を追いかけようとする。


「こっちの子どもはどうする?」

「――っ」


 向けられる視線は明らかな敵意。事情を説明すればわかってくれるだろうか。テトラは及び腰で衛兵を見るが、話しが通じるかと言われると、とてもではないがそんな気がしない。


「……っ!!」

「待て!」


 だから、選択したのは逃亡。まだ自由に生きていたい、醜くも無駄な足掻きを選んだテトラは、いつものように背を向けて逃げ出した。

 どうしてこんなことに。

 自分はただ、自由になりたかっただけだというのに。晴れやかな思いは既に消え、出てくるものは惨めな後悔ばかり。もっと正直に生きていれば。もっと真面目に働いていれば、と。脳を過るものの、全ては後の祭りだ。

 テトラは衛兵に追いかけられながら、僅かな通行人を躱し、夜市を駆ける。



 近くを少年と、それから泡を喰ったようにそれを追いかける衛兵たちが通り過ぎて行った。

 それをちらりと一瞥すると、芯の細い黒いジャケットを羽織る男はそのまま歩みを止めることなく進み続ける。


「この街には、吐いて捨てるほどに人がいるな。ガキも、流れの商人も、全部が使いようだ。おかげで商売も今のところ順調。大丈夫、失敗なんてしねえさ」


 男はぼやくようにそう言った。その口調は疲れたようで、わざと口に出して不安を解消するかのようだった。


「おい、今度は向こうで、酒に酔ったやつが暴れてるらしいぞ」

「がはは、今日の夜市は賑やかだな!」


 酒瓶を片手に通り過ぎていく酔っ払いたちを避けて、男は静かに夜に消えていく。

お読みいただきありがとうございました!


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