アイクティエスの夜市で今宵
「それでは最後に作戦の振り返りだ」
仄かな明かりが灯る部屋で、シリウスの凛とした声が響く。シャーミアは視線だけで続きを促し、ルアトとリリアは無言で頷いた。
「フェルグから貰った地図によれば、取引がある可能性のある場所は合計十か所ほど。恐らくこの内のいづれかが本命の取引となるのだろう。そしてそれら全てに同時に対応することは、当然不可能だ」
彼女が見せる地図には、細かく記されたアイクティエスの地形と街に点在する主なモニュメントの記載、そしてその上から赤い丸印が幾つか載せられている。いずれも中心街からは外れた場所に丸印は書かれていて、それぞれの距離にはバラつきが見られた。
「よって、順番に対処していく。余が時計回りに、そしてシャーミアが反時計回りに丸印にあたる。オートカールという人物は長身の男だそうだが、怪しい人物であればそれに該当せずとも対処にあたれ」
「わかってるわよ」
「うむ。それと、心配はしておらぬが、くれぐれも――」
「騒ぎは起こすな、でしょ? 大丈夫よ」
シャーミアはそれに頷いてみせ、胸の前で腕を組む。元より、そのつもりだし、闇に乗じて相手を無力化していく方がやりやすい。シャーミアのその返事にシリウスもまた頷いて、今度はルアトとリリアの方へと視線を向ける。
「そしてルアトとリリアは万が一騒ぎになった際に、場を治めてもらう。……ルアト、リリアのことをよろしく頼む」
「任せてください」
「わ、私も、皆さまの足を引っ張らないように頑張りますわ!」
柔和な笑みを浮かべるルアトとは対照的に、リリアは緊張した様子で声を張った。
「そんなに力まなくても大丈夫よ。リリアの出番がないことが一番なんだし」
「シャーミア様……。ですけど私は……」
淡い空色の髪を揺らして、不安そうな瞳が滲む。仮にも仕事を依頼された身として、責任感を感じているのかもしれない。シャーミアが彼女のための言葉を探していると、シリウスが先に声を掛けた。
「余たちは混乱が起こらぬよう立ち回るが、取引を行っておる商人たちが暴れる可能性もある。そうなった際、被害を受けるのは無辜の民だ。そうなった時、親身になって寄り添えるリリアの存在が大事になる。お主の役目もまた、余たちの役目と同じぐらいには大切なことなのだ。よろしく頼む」
「わ、わかりましたわ! 私もこの街の方々に傷ついてほしくありませんから」
まだ緊張している様子だが、先ほどよりも気合いが入ったリリアを見て、シャーミアは微笑ましく笑う。もし彼女が闇取引の連中に絡まれても、ルアトがいる。安心して背中は任せられる。
「作戦と呼べるほどのモノではないが、これで話すことはない。元より、余たちが持っている情報も少ないからな」
「できることはやるつもりですが、不測の事態が発生した際はどうしましょうか? 僕が代わりますか?」
「いや、憂慮できぬ全ての事態には、余が対処する。お主たちは、自らの役目を全うしてくれればそれでよい」
「わかりました」
不測の事態。それが意味するところは複数あるだろう。物事が上手くいくことなど、ほとんどないのだから。
そしてその最たる存在を、シャーミアは思い浮かべる。
鉛のような鈍色の髪に、稲穂色の瞳。しなやかな体躯を持つ、柔和ながらも憂いを帯びたあどけない顔立ちのその、勇者のことを。
それをシリウスもわかっていて、敢えて口には出していない。この街における、今最も特異な要因を、彼女が忘れるはずもなかった。
「この依頼をこなして、東都アウラムに向かう。今は時間稼ぎに構っておる暇はない」
シリウスのその言葉に全員が頷く。部屋に飾ってある時計が、かちりと静かに音を立てた。
「行くぞ」
そうしてシリウスたちは黒い外套を羽織り、夜市へと向かうのだった。
◆
「やっぱり僕も夜市に行くよ」
机に並べられた料理を食べ終えたセフィカは、正面に座る少年にそう言い放った。少年は食事の手を止め、眼鏡の奥に輝く青い瞳を僅かに揺らす。しかしそれも一瞬。彼はすぐに興味を失った様子でまたも手を動かし始めた。
「手を借りたくないと、そう言ったつもりだったけど、伝わってなかったか? それに、お前が出ると騒ぎになるだろ。夜市を握手会会場にするつもりか」
「はは、大げさだよ。別に混乱を引き起こしに行くつもりじゃないから、安心してほしい」
「なら、どういう風の吹き回しだ?」
静かにそう尋ねてくる少年、『涙の勇者』フェルグに、セフィカも静けさで間を埋める。沈黙していた時間はほんの僅かだったが、時を刻む時計の針が、それを永遠だと誤認させる。
「そうだな。これでも僕は一応勇者だから、悪事が発生するのを黙って見ていられない、というのはどうだろう」
「知るかよ。お前の身勝手で、アイクティエスに混乱を呼ぶつもりか?」
「もちろん、そんなことにはならないように努力はするさ。僕が着れそうな頭巾が付いた外套も調達してきたんだ。これならそう簡単に僕の身もバレないだろうさ」
フェルグが瞳をセフィカへと向け、セフィカもそれを悠然と受け止める。しばらく見つめ合っていた二人だったが、先に動いたのはセフィカの方だった。
「心配しなくても、君の邪魔はしないさ。僕は僕の正義に基づいて、混乱を起こさないよう悪を討つ。誓ったっていい」
立ち上がりながらそう言って、部屋から立ち去ろうとする。
この場は二人だけの空間。誰も邪魔をする者はいない。ただそのもう一人が、扉に手を掛けるセフィカを呼び掛けた。
「お前の役目は勇者殺しの討伐だ。それを忘れるなよ」
冷たくも、落ち着いた声。彼の言葉が何を意味するのか、わからないセフィカではない。
「当然だろ。僕は『星の勇者』セフィカ=バルザ。その力は悪を討ち、正道を進むモノを救うために振るわれるんだからね」
セフィカはそう言い残して、部屋を立ち去った。
夜市は人で溢れかえる。
楽しむ者、商売に心血を注ぐ者、物見遊山でぶらつく者。その目的は様々だ。
いつも通りで、いつもと違う。
今宵、夜市が活気を帯び始める。
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