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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
202/263

夕暮れに漂う陰気

 そこはアイクティエスのある区画。

 中心街からは程よく離れていて、しかし決して閑散としているわけではなく、適度に商人やこの街の住民が歩いているような、そんな地区。

 アイクティエスは海運都市と呼ばれているだけあり、海に近い。どこにいても塩の香りが漂っており、水の音が絶えず響く。それら場所ごとに大した違いがあるわけではないが、その区画はまだそういった要素が少ない場所だと言えた。


「かあ~、やっぱこの街は臭え臭え。俺にゃ合わねえわ」


 そんな区画の中にある、路地裏。とある建物の二階から、そんなわざとらしいほどの大声が飛んだ。


「ちょ、兄貴。わざわざ大きい声出さないでくださいよ」

「良いんだよ。言わないとわかんねえんだから。全員が全員、理解があるわけじゃねえんだよ」

「はあ、俺は好きですけどね」


 ほとんど何もない部屋の中、ソファに深々ともたれる黒いジャケットを羽織る細身の男に、その傍らに立つ小太りの男が頭を搔きながらそう溢した。


「俺ァ山育ちだからよ。根本的に合わねえんだな。ったく、流通の要所じゃなけりゃあこんなところに来なかったってのによ」

「仕方ないですぜ。それもこれもオートカール兄貴の偉大な計画の、その一歩のためなんですからねえ!」

「でけえ声だすな」

「いてえです」


 オートカールと、そう呼ばれた男が傍らに立つ男の太ももを叩くと、乾いた音が静かな室内に響いた。それを受けた男はニヤニヤと笑って、オートカールを見下ろしている。


「はあ、キリアンナの野郎は薬草を上手く扱えなかったらしいし、取引計画は全部勇者に潰されたって聞いた。生き辛い世界だ。正直言って不安だ。上手くいかねえんじゃないかって、今も脅えてる」

「兄貴なら大丈夫ですって。まったくいつも自信がないんですから」

「お前に俺の気持ちはわからねえさ」


 溜息を何度も繰り返し、みっともない表情を隠しもせず、爪を噛む。小刻みに足を揺らし、神経質な瞳を不安そうに巡らせた。


「さっきお前、勇者がこの街に来たって言ってたよな? キリアンナの取引を潰したやつか?」

「そうですね。さっき街にいたのは『星の勇者』なんで、間違いないかと思いますぜ。いやあ、とにかく凄い人気で。勇者ってのはどいつもこいつも人気者なんですねえ」

「感心してる場合かよ。俺の取引が掛かってるんだぞ」


 オートカールは落ち着かないのか、ついには立ち上がり窓の方へと歩き出す。それを変わらず笑いながら小太りの男は肩を竦めた。


「慎重なところが兄貴の良さですぜ。キリアンナの旦那は調子に乗って分の悪いギャンブルに負けた。でも、オートカール兄貴は違うでしょう」

「当然だ。この計画に、一体どれほどの時間と費用を費やしたと思ってる。入念に準備を重ねて、ようやく実現しそうなんだよ」


 窓から外を眺めながら、オートカールは何度目かわからない溜息を吐く。


「なのに、なんでそんな日に限って勇者が来るってんだよ」

「心配しすぎですって。アイクティエスの地理も調べて、『涙の勇者』の特異星(ディオプトラ)の対策もしてます。余程の事態にならない限りは、兄貴の取引が頓挫することはないですよ」

「だといいんだがな」

「なら、今日は取り止めますかい?」


 小太りの男の提案に、オートカールは黙り込み、外を見る。

 窓から映る景色は変哲のない民家が並ぶばかりで、特別目を惹くようなモノは映らない。目に映るのは、通りを行き交う数人の人々と、それから天蓋に眩しい空。先ほどまで青かった空は僅かにオレンジ色に染まりつつあり、それが時間の経過を報せていた。


「……魔道具商会『パラべレム』も最近動きがねえ。不気味なほど静かだが、シトラの野郎が動いてねえ今が販路を広げるチャンスでもあるんだよ。それに、俺たちの業界じゃ信用は命よりも遥かに重い。計画が完全にバレてるってなら話は違うだろうが、そうでもなくてビビッて日程を変えたってのが知られたら、今後俺の商売に支障が出る」

「ですよねえ。やるしかねえってことですかい」

「そうだ。俺たちに退路はねえんだよ。心配なことは無限にあるけどな、ビビッてちゃ商談の場にすら辿り着けねえ」


 沈みつつある太陽に目を細め、オートカールは外に背を向ける。顔色は変わらず不調そうではあったが、固い意志を湛えるその瞳には光が宿っていた。


「色々と事情はある。この街から異端を取り除きたい『涙の勇者』に、常道を正す『星の勇者』。誰よりも儲けたい取引相手に、それから販路を拡大したい俺たち。全員が全員、思惑がある。そいつらよりも俺たちは劣ってはいる。力じゃ勝てねえし、俺にはこれといった才能もねえ。だけどな――」


 革靴が床を鳴らし、オートカールは扉へと向かう。小太りの男もそれに従うように、後ろを歩く。


「商談はより準備した方が勝つ。下準備じゃ、俺は誰にも負けねえ自信があるからな。必ず成功させよう」

「もちろんですぜ」


 そう言って、男たちはその部屋を去った。

 空が眩み始める。アイクティエスの街にあった熱を帯びた活気は、また別の熱気へと変貌し、やがて点々と灯りが並び、露店が立つ。

 そしてそれら明かりに群がるように、人々は向かう。

 様々な思惑が渦巻く中、アイクティエスの夜市が始まった。

お読みいただきありがとうございました!


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