『星の勇者』セフィカ=バルザ③
街を歩いてみると、至るところから声が飛ぶ。客を呼び込む商人や、必死に商品を売りつけようとする店主。楽しそうに笑いながら通り過ぎていく観光客に、この街の住民だろうか、多くの荷物を抱える老女まで、多くの人がアイクティエスを行き交っていた。
「重そうな荷物だ。僕が持つよ」
「あら、すまないわねえ」
大荷物を一人で運ぶ老婆に声を掛け、セフィカは紙袋に入った食材を代わりに持つ。しばらく歩くと目的の場所に着いたらしく、荷物を家の中まで運んで立ち去った。
めまぐるしく変わる人々の流れ。祭りでもやっているのかと思うほどに賑わっているその活気に、思わず気分も高揚してしまう。
「あ、勇者様!」
「本当だ! すげえ!」
子どもたちが楽しそうに駆け寄ってきて、あっという間に囲まれた。その場全員に握手をして抱き抱えて、そして頭を撫でる。そうするとさらに興奮した様子で子どもたちが駆け回る。
と、その内の一人がはしゃぎすぎたのか、バランスを崩し、近くの水路に体が傾く。
「やば――」
「――っと」
しかし、その子どもが水路に落ちることはない。いつの間にか近づいていたセフィカがその子どもの手を掴み、優しく抱き寄せた。
「はしゃぐのは子どもの仕事だけど、ちゃんと周りを見ること。まだこの時期の水は冷たいだろうから、風邪を引いたら大変だ」
「あ、うん……、ありがとう」
その一瞬の出来事にまだ意識が追いついていないのか、子どもは呆然としたままそう答えた。セフィカはもう一度、その子どもの頭を撫でると、笑顔を見せて立ち去る。
「お、勇者様! 出来立ての焼き串はどうだい!」
「こっちの野菜も食べてってよ!」
「ほら、これも持っていきな!」
露店が並ぶ通りを歩けば、多くの声を掛けられる。料理を売っている者は、半ば強引に渡してくるので、急いで銀貨を渡そうとするものの、全員がそれを受け取らない。
「勇者様が食べ歩いてくれるだけで宣伝になるからさ!」
「はは。それじゃ、ありがたくいただくよ」
そうやって断れないまま、モノを受け取り続けたセフィカの両手には、先ほど老婆が運んでいた荷物よりも多くのモノが抱え込まれていた。
「……うん、おいしいな、これ」
両手が塞がったままだが、器用に出来立ての料理を口に運ぶ。
魔力を使用する者にとって、食事は必須。エネルギーがなければ魔力を練ることもできず、思う通りの力を出力できない。もちろん例外もあるが、少なくともセフィカは食事を取らなければ元気が出ないタイプだった。
思えば航海の途中で漂流したこともあって、まともな食事を摂るのは久しぶりな気がする。半ば無我夢中で渡された料理を食べ終えたセフィカの鼻孔をふと甘く香ばしい香りがくすぐった。
「あっちの方だな」
「おいおい、まだ食うのかよ」
「ほんとよ、食べ過ぎだわ」
周囲には人がまばらにいたが、構わずそう囁いてくるアスアとレトに微笑み共に応える。
「せっかく貰ったんだから食べないともったいないだろ」
「それはそうかもだけど……!」
「あ、君たちも食べるかい?」
「いらねえよ。妖精はモノ食えねえんだよ、キシシ」
その言葉を咀嚼と共に飲み込んで、楽しげな声を耳元で聴きながら角を曲がる。甘い香りが一層強くなり、やがてその香りを漂わせている発生源を見つけた。
「だんご屋……、へえ、初めて見るね」
露店を覗くと、炭を焚いたその上に、棒に刺さった白い玉のようなものを並べて焼いており、それをクルクルと回しながら人懐っこそうな壮年の店主が出迎えてくれた。
「いらっしゃい! 悪いけどそこのお嬢ちゃんが先でさ。ちょいと待っててくれや」
申し訳なさそうな表情を浮かべる店主の視線を追いかけると、そこには黒衣を目深に被った子どもがいた。
「あ、先客がいたのか。ごめんね、つい夢中になってしまって気がつかなかったんだ」
「構わぬ。それほどまでに、この露店の料理が魅力的ということだ。お主は何も悪くないだろう」
鈴のように、綺麗な声だ。山から恵まれる清流か、あるいは広がる春空のようにどこまでも透明か。そうした透き通った心地の良い声が、セフィカの耳を打った。感情の機微は感じ取れないが、しかしそれがまた透明感を覚える。声の感じからして、少女。年齢は十歳ぐらいだろうか。
吸い寄せられるように少女を見ていると、彼女はセフィカを覗き込むように上を見上げた。
被る黒衣から、蒼い双眸が覗く。
それは、まるで宝石。星々が輝く夜空のように深淵深く、けれどもっと突き抜けるような美しい青色をした彼女の瞳は、セフィカの思考をしばらく麻痺させた。
「……? 何か余の顔についておるか?」
「ああ、いや。気に障ったなら謝るよ。女の子の顔をジロジロと見るだなんて、確かに失礼だった。配慮に欠けていたよ」
「気にするでない。寧ろ、勇者の一瞥を受けることができて、光栄とも言えるかもしれぬな」
「いや、そんな大層なものじゃないよ。というか、僕のことを知ってくれているのかい?」
「当然だろう。お主の活躍はよく耳にしておる。なんでも、よく魔獣を討伐しておると聞く。何故、魔獣を狩る?」
「え、それは……」
少女からの思いがけない質問に、瞬時に答えることができなかった。別にやましいことをしているつもりはない。セフィカはそれを正義だと思ってやっているし、後悔もしたことはなかったのだから。
言葉に詰まったのは、自分よりも遥かに若いその少女が、純粋な瞳でそんな質問を投げ掛けてきたから。セフィカはどう伝えるか迷いながらも、言葉を選んで口にする。
「僕は、僕の信念に沿って行動しているんだ。魔獣にだって生きる理由があって、同じこの世界に暮らす存在だってことも理解してる。その上で僕が味方するのは人間であって、魔獣じゃない。魔獣にも様々な種がいることは知ってるけど、今のこの世界で、どちらも平等に生きることは不可能だからね」
「ふむ。お主の言いたいことは、伝わった。……では、お主にとっての悪とはなんだ?」
「また難しい質問だ。……でも、そうだね――」
これは考えなくても答えはすぐに出せた。思いつくがまま、セフィカは少女に自らの考えを突き付ける。
「歩み寄らない者、だね」
「そうか」
会話はそこで途切れてしまった。何も返す言葉に困ったわけではない。露店の店主が、割り込んできたからだ。
「はいよ、お嬢ちゃん。みたらし団子十本ね」
「うむ。礼を言う。これで足りるか?」
「金貨一枚!? 足りるどころかお釣りが出るぜ?」
「なら余った分は店主が貰っておいてくれ」
「あ、ちょっとお嬢ちゃん!」
店主が呼び止めるのも聞かずに、少女は立ち去ってしまった。困ったように店主は彼女を眺めているが、食い逃げとかではないならセフィカが彼女を追いかける道理などない。
それでも、どうしてもセフィカもまた立ち去る少女の背から目を離せない。
ここで見失うと後悔するような、そんな気がして。
黒衣を来た不思議な少女の姿が視界から消えてからも、しばらくセフィカは立ち去ったその幻影を追いかけて見続けていた。
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