『星の勇者』セフィカ=バルザ②
「ふう、今ので全員かな?」
街中に突如として形成された長蛇の列は、レーヴァの尽力もあってか、一時間足らずで解消されていた。最後に握手をした子どもは、嬉しそうに親に連れられて立ち去っていく。その姿を眺めながら、セフィカは大きく伸びをした。
「そのようですね。お疲れ様でした」
「ありがとう。レーヴァさんがいなかったらずっと握手をせがまれていただろうね」
「お褒めに預かり光栄です」
フェルグの執事、レーヴァは顔色一つ変えずに腰を折り、そしてすぐに移動をするよう腕を広げる。
「到着早々、お疲れでしょう。どうぞ、フェルグ坊ちゃまのお屋敷にてお寛ぎください」
「歓待、感謝するよ。でも僕なら大丈夫。せっかくだし、この街を見て回りたいんだ」
「……しかし――」
「駄目かい?」
真っ直ぐな瞳でレーヴァを見つめる。それは、相手を責めるような言い方ではない。純粋な疑問としての、質問だ。
「ようやくたどり着いた観光都市で、観光もせずに引き籠るなんて味気ないと思わないか? もちろん遊ぶつもりじゃない。ちゃんと勇者殺しが来た時に備えて、この街の地理を知っておきたいんだ」
「はあ……、わかりました」
レーヴァが渋々、といった様子で溜息と共に首肯する。
「ただし、夕刻までにはお戻りください。セフィカ様は著名な勇者。夜市にまで現れては街の混乱を招きますから」
「わかったよ。心配しなくても、さすがの僕でもその辺りは弁えているつもりだ」
彼の表情を読みながら言葉を吐き出すと、レーヴァは小さく頷いて、その場を立ち去っていった。
そうしてその場にはセフィカ一人。近くを流れる用水路のせせらぎが耳心地良く流れ、遠くからは人々の喧騒が聞こえてくる。
「ようやく解放されたね」
誰もいないその場で、一人ごちる。返ってくる言葉もなく、誰にも聞かれていないはずのその声に、しかし反応する声があった。
「あら、その様子だと一人になりたかったの?」
「キシシ。人気者は大変だよなあ」
少女のような声と、少年のような声。何もない場所から響いてやがて、僅かな光と共にそれらは姿を現した。
「アスア、レト、僕をからかわないでくれ。人気者だなんて、そんなのじゃないさ。でも、そうだね。どうやら僕は随分と疲れているようだ。変な勘繰りもしてしまう」
現れたのはいずれも小さな人型の存在。アスアと呼んだ白い衣装に金色の髪を揺らす彼女は、小さな羽を羽ばたかせていて、レトと呼んだ黒い衣装に身を包む彼は、黒い蝙蝠のような羽をはためかせる。
彼、彼女は俗に妖精と、そう呼ばれる存在だ。
そんなアスアは、その小さな首を傾げて、純粋な瞳でセフィカを見る。
「勘繰り?」
「ああ、どうも『涙の勇者』は僕にできるだけこの街を歩いてほしくないみたいでね。もちろん、これは僕の勘違いかもしれないし、思い込みに違いないんだけど、態度というか雰囲気が変だったからね」
「そうかあ? 別に普通だったけどな? でも、今は一人にさせて、街も出歩いていいって話しじゃねーか」
レトが笑いながら周りを飛び回る。この姿は他の人も見えるが、今この場には僕以外にはいない。存分に飛んでも、変な眼を向けられることはなかった。
「そうなんだよね。だからこれは僕の思い違いでしかない、ということにしようと思う。人を疑うのは疲れるからさ」
「そうよ。その方がいいわ。せっかく海運都市アイクティエスに来たんだから、楽しまないと!」
「遊びで来たわけじゃないんだけどな」
苦笑いをするものの、アスアの言う通りだとも思う。難しいことを考えるのは得意ではない。嫌な予感というのも、いつもの感覚でしかない。セフィカはアスアの提案に乗ることにして、アイクティエスを見て回ることにした。
「ちなみにアスア。念のため聞きたいんだけど、異常な魔力反応とかないかい?」
「え? う~ん……、今のところは何も。『涙の勇者』の魔力でこの街が満たされてるぐらいで、特別変わったことはないわ」
「そうか。かの魔王の娘ともなれば、異常なほどの魔力を持っていると思ったけど、やっぱりまだ到着していないようだね。魔力を抑えているのかもしれないけど」
妖精であるアスアは魔力探知の能力を有している。勇者殺しの魔力があるかは不明だが、膨大な魔力が現れればすぐに気が付けるだろう。もっとも、魔力を垂れ流す行為を、勇者殺しがするとも思えない。故に、アスアへの確認はただの自己満足にすぎなかった。
「それじゃあ行こうか。アスアもレトも、悪いけど他の人がいる前では姿を見せないでくれ」
「わかってるわよ」
「キシシ、任せとけって」
くるりと、その場で回ると彼、彼女の姿が消える。それを見届けたセフィカは風に流されるように、喧騒届く街の中心部へと歩み始めた。
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