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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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海運都市アイクティエス⑩

 街を行き交う人々が、何事かと勇者の列の方へと吸い寄せられていく中、それに逆らう三人は物陰に入ってようやく、溜まっていた息を吐き出した。


「ま、まさかあの『星の勇者』様がこちらに来ているだなんて……。実際にお会いしたことはございませんでしたけど、噂通り凄い人気ですのね……」

「大丈夫かしら? あの反応からするに、まだあたしたちのこと知らないっぽいけど……」


 リリアもシャーミアも、張り詰めていた緊張からいくらか脱したように見えるが、それでもその表情はまだ強張っている。当然だろう。自分たちは勇者殺しとして既に勇者たちに伝わっている。本来ならば問答無用で斬り掛かられていてもおかしくはなかったが、そうならなかっただけでも幸いとしなければならない。


「あまり勇者のことを口に出さない方がいいかもしれません。僕たちは彼の力を知らない。探知する能力のようなものがあった場合、今度こそ言い逃れできないでしょうから」

「そうね……。シリウスならともかく、あたしたちが勇者と戦う理由もないもの」


 シャーミアの言葉にルアトも頷く。この街の領主、フェルグもあの場を穏便に進めようとしていた節が窺えた。どこまで協力してくれるのかは不明だが、あの少年は義理堅い人間にも見えたので、シリウスたちを売るような真似はしない、と信じたい。


「……そうですわ! こうしてる場合じゃありませんわよ!? 早くシリウス様にお伝えしないと――」

「そんなに慌てずともよいぞ」


 突如、三人の背後から甘くも凛とした鈴のような声が鳴り響いた。全員が振り返ると、そこには紅蓮の髪を揺らす、無感情な一人の少女が立っている。


「し、シリウ――!」


 彼女の名前を呼ぶリリアの声は、シリウスが口元に人差し指を当てる仕草で止まり、それはリリアだけでなくその場にいた全員に伝播していった。


「お主たちが言いたいことはよくわかっておる。来たのだろう? 『星の勇者』が」

「……そうよ。まさか勇者が普通に街を歩いてるなんて思わなかったけどね。というかアンタ、なんでそのこと知ってるのよ」


 訝しむように尋ねるシャーミアに、シリウスがさも当然のように言葉を吐き出す。


「先ほど話を聞いてな。確かに、余が覚えておる彼奴の魔力と、ここに来た其奴の魔力は一致する。……見違えるほどには、成長しておるようだがな」

「……随分冷静じゃない。この国に勇者が二人もいるのよ? ちょっとは焦りとかないわけ?」

「冷静……、そうか。シャーミアにはそう見えておるか。ならお主の言う通り、余は意外にも冷静なのだろうな」


 そう言葉を溢すシリウスの表情の変化は乏しい。憎んだり怒ったり、そうした感情が彼女から見えることはほとんどない。

 しかし、その声には。

 多分に嫌悪が含まれていた。


「安心するがよい。余は確かに勇者への復讐を果たすつもりだが、時や場所を選ばずに喧嘩を売るつもりもない。ましてや、今はお主たちを共にする身だ。最早この旅は、余のためだけのモノではなくなっておるのでな」

「……別にそういう心配してたわけじゃないんだけど。でも、まあアンタならなんとかするんでしょ、どうせ」


 ふっ、と。呆れたように、けれどどこか安心したように彼女は笑い飛ばした。気がつけば、先ほどまであった緊迫感のようなものは消えていた。

 シリウスが来てから確かに、空気が切り替わったように感じる。ルアトの身に圧し掛かっていた警戒心も薄れ、目の前にいる少女の偉大さに感嘆すら覚えていた。


「しかし、あれがミネラヴァさんのお孫さんとは思いませんでした。確かに、優しい割には隙を見せないところは似てる気がしましたが……」

「ミネラヴァのイメージにつられるでない。この街にいるあの勇者は強く、何よりも厄介だ」

「それはもちろんですが……、シリウス様ともなれば劣勢になることもないのでは……?」


 これまでシリウスの戦いを間近で見てきたからわかる。そこらにいる相手ならば誰が来ようが負ける光景が見えない。

 しかし、相手は勇者。油断が即、敗北へと繋がるのだろう。それをわかった上で広げられるルアトの疑問に、シリウスは腕を組み応じる。


「そもそもこの街では戦わないに越したことはないのだ。無論、戦闘になる可能性もあるが、どのみち彼奴の対策はしようがないのだ。彼奴の特異星(ディオプトラ)は、少々特別だからな」

「特別……?」

「そうだ。『星の勇者』の特異星(ディオプトラ)は【零等星(プロタエゴネステラ)】。『星の勇者』の都合の良いように、周囲が導かれるというものだ、とウェゼンからそう聞かされておる」

「それは、どういう――」


 さらに詳細を尋ねようとしたが、シリウスが首を横に振ってそれを咎める。


「残念ながら、いつまでもここで話しておくわけにはいかぬ。既にこの街に勇者が来ておる以上、余たちは忍んで行動せねばならぬのだからな」

「それは、シリウス様の言う通りですわね。でも、わたくしたちが身を潜める場所ももうございませんのよ。フェルグ様のお屋敷には、あの勇者がいらっしゃるとのことですし」

「そうだな。だから既に別の宿を手配してくれた。旅の荷物もそこに置かれておる」


 リリアの言葉も見透かしたように、シリウスが宿の鍵と一枚の紙を彼女に渡した。その紙に視線を落とすと、この街の地図のようだ。


「それが今晩取引が行われると予想される場所だ。宿に戻って、しっかり確認しておくがよい」


 そう言い終えるとシリウスはその身を翻して、大通りへと出て行こうとする。


「ちょっと、どこ行くのよ?」

「少し現地調査だ。街をこの目で見ておきたくてな。お主たちは先に宿へ戻っておけ。よいか? くれぐれも出歩くなよ」


 言うが早いか。その場にいる三人が止める間もなく、彼女はフードを目深に被り、雑踏へと姿を消した。

 シャーミアはそれを見て呆れ、リリアはポカンと呆然としている。


「まあ、アイツなら大丈夫ね」

「そうですね。僕たちは僕たちのやれることをしましょう」

「え、と。あの方はいつもあのような感じなんですの?」


 戸惑うリリアに、シャーミアは笑い、ルアトもつられて破顔する。


「まあ、そうね。いつもああよ。あたしたちは慣れちゃったけど」

「リリアさんは慣れなくてもいいですからね」


 立ち去った方向を眺めるリリアは、それからシャーミアとルアトの方へと近づいて。

 そうして三人は、宿へと向かうのだった。

お読みいただきありがとうございました!


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