『涙の勇者』フェルグ=ピスケイス
街は多くの人々で賑わっていた。
ここアイクティエスは朝は新鮮な魚介類を取り扱う市場で賑わい、昼間はここを訪れる観光客で、そして夕方から夜にかけては夜市で街の住人と観光客とで喧騒に満ち、落ち着く時間帯の方が少ない。
とはいえ、今はある程度人の流れが落ち着いた時間帯と言えるだろうか、昼間のピークを過ぎて、夜市に向けて休息を取る人も多く、道をすれ違うのも困難、という状況ではなくなっていた。
そんな中、三人の男たちが街を歩く。その三人を見て、ある者は黄色い歓声を上げ、ある者は興奮した声を出し、通り過ぎる人々全員が、憧憬の視線を送っていた。
「なるほど。今、アイクティエスも色々と大変なんだね」
「ええ。そもそも、アイクティエスは中心街の外れの治安が昔から悪く、観光地化した今なおそこには、一般の方にとって危険な思想を持つ人間が多くいまして。正直闇取引をどうにかしたとしても、この街の問題の根本的解決には至らないのです。ですので、魔王の娘に来られると迷惑と言いますか。人員が足りないのが現状でして」
その場を歩く全員、周囲からの眼差しを気に留めた様子も見せず、会話を続けて目的地へと向かい続ける。
繁華街を抜けて、大通りを出て、しばらく歩けばフェルグの住居兼仕事場である屋敷に着く。今はまだ繫華街の中にいるが、もう少し進めば落ち着いた場所に出られるだろう。フェルグは堂々とした足取りで、先陣を切り『星の勇者』を導く。
「なら、丁度良い時に来たね。僕も闇取引の阻止、手伝うよ」
「お前はそう言うと思ったよ。ただ、お前には魔王の娘の方に専念してほしい。闇取引の問題は、俺たちアイクティエスの問題だ。部外者の手はできるだけ借りたくない」
ちらりと、セフィカの方を見ながら伝える。本来明日到着するはずの『星の勇者』がもうアイクティエスに来たのは想定外だったが、要はシリウスたちの出発まで彼と会わせなければいい。夜は闇取引の阻止にシリウスたちに動いてもらい。その間、セフィカには門前を見張っていて貰えば、彼と彼女たちが接触することはないだろう。
「……そうか。うん、そうだね。君の考えも理解できるよ。それなら、お言葉に甘えて僕は魔王の娘の討伐に専念させてもらおうかな。でも何かあったらすぐに言って欲しい。いつでも力を貸すからさ」
「ああ、その時は頼んだ」
どうやら話がうまく纏まりそうだ。気疲れしたようにフェルグが溜息を漏らしたその時、遠くから聞き覚えのある少女の声が飛んできた。
「あ、フェルグ様!」
視線を向けると淡い空色の髪を揺らしながら、こちらへと駆けてくる少女と、それを追いかける数名の男女が映る。
まずい、と。フェルグがそう思ったところでもう遅い。淡い空色の髪を携える少女、リリアが連れる魔王の娘の仲間と、セフィカが出会ってしまった。
「どうしてこちらへ? ……この方は?」
明るい調子でいつも通りそう尋ねるリリアに、嘆息を吐いて切り替える。大丈夫だ。今まで大陸にいたセフィカはまだ魔王の娘の仲間の情報はおろか、その魔王の娘の容姿すら見たことがない。後は彼に勘付かれなければこの場は穏便に終わる。
「ああ、聖女の娘はまだ会ったことがなかったか。こいつは『星の勇者』セフィカ=バルザ。用事があってこの街に訪れたんだ」
「――っ!? 貴方様が、まさか……」
予想もしていなかったのか、彼女は一歩後退り、隣に立つ青年を見やる。さすがに聖女の娘。彼の話ぐらいは聞いたことはあるようだ。
しかし今は、タイミングが悪い。当惑と脅えで表情がぎこちないリリアに、フェルグは肝を冷やす。
ただ、さすがにリリアも下手なことは言わないだろう。背後で見守っている銀髪の少女と黒髪の青年もすぐに察したのか成り行きを見守ろうとしている。
「紹介に預かった通り、僕は『星の勇者』セフィカ=バルザ。この国へと訪れるかもしれない勇者殺しを討つために、さっき到着したところだよ」
「あ、そ、そうでしたのね……」
駄目だ。この聖女の娘は壊滅的に誤魔化すのが下手くそだ。目が泳いで声も震えている。その様子にさすがのセフィカも眉を顰めている。
「えっと……、僕何かしたかな。粗相をしたなら謝るよ」
「い、いえ! 大丈夫ですの! ただちょっと……」
言い淀むリリアはそれ以上の言葉を引き出せない。これ以上変な態度を取られるとセフィカも訝しむだろう。フェルグが空気を切り替えるために口を開こうとして、けれどそれは柔和な声に阻まれる。
「リリアさん。長時間の観光で疲れてしまったんですね。先に宿に戻って、休みましょう」
「え? あ、そ、そうですわね」
黒髪の青年の優しい声に、初めに見せていた元気を消したリリアは、丁寧にお辞儀をして『星の勇者』へと向き直る。
「申し訳ございません、勇者様。本当はもっとゆっくりお話がしたかったのですけれど……」
「構わないさ。体調が悪いなら仕方ない。……しかし、聖女の娘か。確か勇者殺しの犯人を追いかけるように聖女である『夢の勇者』から命じられていたと聞いたんだけど、この街にいるということは、彼女もここにいるのかい?」
「あ、え、いえ、それは――」
またも言葉が濁る。セフィカも詮索するつもりはないのかもしれない。まさか、リリアが魔王の娘に絆されているなんて夢にも思っていないだろう。
ただいつ違和感を表に出されてもおかしくはない。強引にでもフェルグがこの場を収めようとしたその時、背後にいた学生たちが騒ぎ出した。
「あ、あの! 『星の勇者』様! 活躍は伺ってます! 良ければ握手をしてもらってもいいですか!?」
「ん、ああ、君たちはエリフテレアの学生たちだね。いいよ、握手ぐらいならお安いごようさ」
「やった! ありがとうございます!」
その学生たちの発言に、その場一帯の空気が弛緩した。目の前に魔王を討った英雄がいるのだ。憧憬の的になって、その象徴に触れたいと思うのは当然だと言えた。
「あ、あの! 自分もいいですか?」
「ずっと前から憧れてました!」
そして学生たちの対応を皮切りに、それまで周囲で見守るだけだったこの街の住人たちや観光客も押し寄せて、あっという間に彼との握手をするための長蛇の列が形成された。
「あはは……、こりゃ凄いな」
「どうするんだ? 軽はずみに要望を受け入れたのはお前だぞ」
「いやあ、もう断れないよ。皆と握手してから、屋敷に戻るとするさ」
「わかったよ、好きにしろ。一応、レーヴァにここで列を捌くのを手伝ってもらうから、終わったら案内されてこい」
「わかった」
力強く頷いた彼を見て、それからフェルグはレーヴァと目配せする。勇者が勝手にどこかへと行かないように、彼に見張りをさせる。その意図が伝わったのか、レーヴァも首肯し、そのまま勇者との握手会の警備に向かった。
いつの間にか魔王の娘の仲間たちは消えている。思わぬ危機を迎えたが、どうにかバレずに済んだだろうか。『星の勇者』の心の内はわからないが、ようやく去った緊急事態に、心の底から息を吐いて、フェルグもまたその場を離れたのだった。
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