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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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『星の勇者』セフィカ=バルザ

 一隻の船が港に着いた。小舟のような小さな船ではなく、かといって交易船のような大規模なものでもない。それは漁船ほどの大きさで、乗組員が体を伸ばしながら降りてくる。


「いやあ、助かりました。航海中にまさか魔獣に襲われるなんて。さすがは勇者サマだ」


 その船に乗っていた乗組員の一人が、振り返ってそう言った。言葉の先にいた青年は爽やかな笑みを浮かべて、小さくジャンプして港に足を着ける。


「海で漂っていたところを拾ってくれたんだから、これぐらいはさせてもらうよ。勇者とかは関係ないさ」

「いやいや、それも勇者サマの人徳があってこそ。活躍は聞いてますぜ。なんでも海の向こう、華ノ国の大陸の魔獣たちをばっさばっさと斬り伏せてきたそうじゃありませんか。そんなお方と少しでも同じ時を過ごせたこと、光栄に思いますぜ」

「本当に大した人間じゃないんだけどね、僕は。ただ悪を許せないだけの、器の小さな人間さ」


 謙遜したように首を振る彼に、男たちは大きく口を開けて笑う。船乗りらしい、豪快な男たちに比べれば、彼の体は細く、しかし筋肉がないわけではない。

 鉛のような鈍色の髪に稲穂色の瞳が目を惹く。優しいその瞳には、軟弱さとはかけ離れていて、意志の強さのようなものが窺えた。


「んじゃ、確かに送り届けましたよ。どういう用事があるかは知りませんが、海運都市アイクティエスを楽しんでってくだせえ」

「ああ、ありがとう。君たちの、今後の航海に幸多からんことを」


 彼は首元から下がる銀色のネックレスを持ち、男たちに向けて祈りを捧げる。男たちが立ち去った後もしばらくそれを続け、やがて姿勢を戻した彼は踵を返して港から移動しようとする。


「久しぶりだね、フェルグ。いや、久しぶりというほど時間は経っていないか? こうして面と向かって会うのは久々だけど」


 彼の目の前には、深い紺の短髪に眼鏡を掛けた少年が佇んでいた。今度はその隣にいる長身の男へと視線を移し、微笑みながら挨拶をする。


「レーヴァさんも、久しぶり」

「ご無沙汰しております。セフィカ=バルザ様」


 恭しく腰を折ってお辞儀をするレーヴァから、セフィカは視線を少年へと戻す。彼はどこか不服というか、不思議そうにこちらを見ていた。


「そうだな、『星の勇者』様。俺の親父が死んだ時以来か。その時はあんまり話せなかったけど、相変わらず元気そうで何よりだよ」

「それはどちらかと言えば僕のセリフじゃないか? 親が病で亡くなって、悲しむ暇もなくこの都市を治める君の方が、僕は心配だったんだけど、どうやら元気にやっているみたいだね」

「親父が守りたかったこの都市を守るのが俺の役目だ。ちゃんとやらないと親父に怒られるだろ」

「そうだね。君の言う通りだ」


 溢すように笑うセフィカとは対照的に、仏頂面のままフェルグは鼻を鳴らす。

 港に他の人の気配はない。朝ならいざ知らず、正午を過ぎて夕方へと向かうこの時間に、港で働く人はいない。観光地でもないので、ここには三人しか人影はなかった。


「それで、随分早い到着だな。明日の昼に着く予定じゃなかったか?」

「ああ、それなんだけどね。大陸からここに向かう途中、乗っていた船が魔獣の巣に流されてさ。海に飛び込んで魔獣は討伐したから被害はゼロだったんだけど、間が悪く嵐に巻き込まれちゃって。そのまま僕だけ漂流していたところを、この都市の漁船が拾ってくれたんだよ」

「……相変わらずってわけか。巻き込まれ体質というか、大体何か事件に関わってるよな、お前は」

「しょうがないだろ。そういう星の元に生まれてきたんだからさ」

「星の元、ね」


 肩を竦めるセフィカに、少年は溜息を吐いた。そんな呆れている少年に、隣に立つ執事が身を屈めて彼に耳打ちをする。


「フェルグ坊ちゃま、そろそろ……」

「ああ、わかってる。早く着いたのは想定外だけど、問題ないだろ」


 静かにそう返すと、レーヴァは元の姿勢に戻り、それからセフィカに向けて手を広げる。


「どうぞ、セフィカ様。長旅でお疲れでしょう。屋敷にご案内いたします」

「ああ、ありがとう。あ、そうだ。魔王の娘とやらはまだ来ていないのかい? 詳しくは知らないけど今回はその討伐で、ここに来たんだ。ディアフルンを出て数日。何事もなければこの都市に着いていてもおかしくないんじゃないか?」


 彼の言葉はいつも通り。先ほどと同じ柔和なモノだ。しかし、その視線、その放つ雰囲気には裏があるように感じられる。表面からでは汲み取れない、強い正義感を覚えるフェルグは、しばらく黙った後、踵を返しながら言葉を吐き出した。


「……まだ来てないよ。もしかしたら別の都市に向かったのかもしれないし、あるいは既にこの都市に忍び込んでいるかもしれないな」

「そうか。まあ、あの魔王の血族だからな。君の監視の目をかいくぐっていても不思議じゃないか」


 納得したように頷くセフィカに、表情を崩すことなくフェルグは歩き出す。それに続くように、『星の勇者』も歩き出す。

 彼の背に備わる大剣が、陽光に反射しキラリと煌めいて、やがてその身は倉庫街へと消えていった。

お読みいただきありがとうございました!


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