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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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シャーミア=セイラスの憂鬱②

 このサグザマナスの街に訪れたことは何度かあった。

 回る場所は大体決まっていて、お気に入りのアクセサリーショップを覗いたり、武器屋で短剣の手入れをしてもらったり、甘いモノを食べ歩く。それもこれも、村にいるとできないことばかりだ。


 シャーミアのいた村から、今いる中心都市サグザマナスはそれほど遠い距離ではない。歩いて一日も掛からないほど近いが、それでもあまり足を運んでいなかった理由は、入都市審査が無駄に時間が掛かるからだ。


 元々が流通都市としての側面を持つカルキノス国は、人やモノの流入が多い。ただでさえこの都市を訪れる人は多かったのに、勇者の雑な提案で祭りを高頻度で開催するようになり、無駄に観光客が増えた。


 だからだろうか、シャーミアの行きつけの店はどこも人だらけ。ゆっくりと買い物をする時間も取れず、彼女の心に苛々が募る。


 ――いや、この感情は何も行く先々に人の山がいることだけが原因ではない。


「はあ、ムカつく……!」


 そう吐き出す息と共に叫んでみるものの、気持ちが晴れることはない。

 分かっている。こんなことをしても無駄だということは。簡単に解消できる問題でもないということも。


 これは、自分自身の弱さに起因するものだ。

 先ほどまで隣にいた紅い長髪の少女には、シリウスには迷いがない。時折子どもらしい一面は見せるものの、勇者に対しての復讐心は本物だ。それは、昼間の彼女を見て確信できた。


 勇者を見た時の、シリウスの表情に変化はなかった。相も変わらない無表情。しかしそれは無感情という意味ではなかった。


 ようやく見つけた仇。想い、焦がれた相手を目の当たりにして、彼女は――

 その瞳は、湖のように静かで、しかし同時に嵐のような激しさを伴っていた。


 それに比べて、自分はどうだろうか。

 彼女のような黒い感情に染まっているだろうか。未だ白に馴染んでいるのではないか。

 結局、答えを出せないまま、迷い続けている。

 復讐を遂げるという覚悟が、未だ芽生え切っていない。


「あたしに、どうしろって言うのよ……」


 今日一日行動して分かった。今のシャーミアには彼女は殺せない。それは愛着が湧いたとか、そういった感情面での話ではない。

 シリウスを殺すイメージが湧かないのだ。無論、シャーミアの力不足という側面もあるが、それ以上に、彼女の首を落とせる気がしない。


 迷っているから殺せないのか。力がないから想起できないのか。あるいはその両方か。

 思考をぐるぐるとかき混ぜられて、迷子になってしまう。それは頭の中に留まらず、歩む足にも出ていたらしく、気がつけば人気の少ない路地裏へと来ていた。


 遠くには、夜にもかかわらず賑わっている雑踏が聞こえる。

 散歩、という気分でもない。かといって、宿に戻るのもイヤだった。とりあえず人混みに紛れよう。そうすることで、気分を紛らわせようと踵を返した直後、曲がり角の先で声がした。


「あ、あの――っ。返してください!」

「お前が姉ちゃんを逃がすからこうなったんだろ。せめて俺たちと遊んでいけよ」

「それは、困っている人は放っておけませんから――っ」

「じゃあ、俺たちも遊び相手いなくなって困ってるんだわ」

「それは――」


 明らかに困惑している女性の声に、威圧的な男性の声。会話のみで状況は窺い知れないが、大体事情は把握できる。

 それはよくある光景だった。人が多く入り乱れるこの都市には、それこそいけ好かない人間も紛れ込んでくる。故にこの都市を守る騎士がこういった人の目が付きにくい場所を巡回しているはずだが、それを待つ理由をシャーミアは持たなかった。

 何よりも、彼女の体は自然と動いてしまっていた。


「ちょっと俺たちと遊ぶだけだって――」

「アンタたち何やってんの?」


 男の言葉が終わりきらない内に、シャーミアはその角から躍り出る。視界に映るのは男三人に、眼鏡を掛けた女性一人。そして、男の一人は杖を持っていた。

 そこにいた全員の視線が、突如現れた彼女に向けられる。


「なんだ? 姉ちゃんも混ぜてほしいってか?」

「んなわけないでしょ。そこの人が困ってるから、ダサいこと辞めなって言いに来たのよ」

「おいおい、喧嘩でも売りに来たのかよ」

「……もうそれでいいわよ。その方が手っ取り早いし」

「生意気だな。ちょっと痛い目、見てもらおうか」


 明らかにこちらを舐めている態度に、シリウスの言葉を思い出す。


『敵の力量を測り間違えると手痛いしっぺ返しを食らうからな』


 どうしてここで彼女のセリフが出てくるのか。何故、自分がこんなにモヤモヤしなければならないのか。

 焦燥感と、劣等感に近い何かが溢れ出し、シャーミアはただポツリと呟く。


「――悪いけど、憂さ晴らしさせてもらうから」

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