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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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海運都市アイクティエス⑤

「はあ~……、やっと解放された~」

「ふふ、皆さま方、お疲れ様ですわ」


 綺麗に敷かれたシーツに勢いよく座り込むシャーミアを、リリアは安堵したような笑みで見やった。

 シリウスは窓際にある椅子へと腰掛け、ルアトはその背後で静かに佇む。


「それにしてもフェルグ様のお許しが出て、本当に良かったですわ!」


 中でも一番嬉しそうにしているのがリリアだ。余程心配だったのだろう。その声はいつもよりも数段明るい。


「そうね。おまけにこんなに広い部屋で寝泊まりしていいって言うんだから、勇者って意外と良い奴なのかも」


 思い切り伸びをして、シャーミアがそのまま寝転がった。

 先ほどまでフェルグの執務室にいたシリウスたちは、そのままこの場所まで連れてこられていた。どうやら貴賓室らしく、掃除が行き届いた部屋には丁寧に手入れをされた調度品が並ぶ。


「その方が都合が良かったというだけの話でしょう。現にいま街にシリウス様が出ると騒ぎになる可能性がある、と。そう危惧されてのことだと言ってましたし」

「方便でも詭弁でもなんだっていいのよ。こうしてベッドで寝られるんだから」

「……まあ、理由はどうあれ、少なくともあの身動きも取れない状況からは脱却できましたからね」


 ルアトが溜息と共に吐き出したその言葉に、寝転んだまま、そうね、と。シャーミアは適当な相槌を打つ。

 弛緩した空気が漂うが、しかしひと段落というわけにもいかないだろう。


「だがやるべきこともある。フェルグからの依頼を達成できないと、余たちは東都に向かう術を失うのだからな」


 アウラムへの安全な乗船を約束する代わりに、仕事をしろと彼は告げた。その内容については既に、聞かされている。


「確か明日の夜に、港で怪しい取引があるんでしたのよね?」

「そうですね。売人の名前はオートカール。その闇売人が商人に魔道具を売ろうとするところを阻止すればいい、ということみたいですね」


 改めて内容を確認するが、あまりにも曖昧な依頼だ。信頼されていないのか、それとも話せない事情があるのか。意図は不明だが、面倒ごとには違いない。


「いくら考えても答えは出ぬ。具体的な時間、場所はまた追って伝えるとも言っていた。意図がわからぬ分、気味が悪いが見方によってチャンスだとも捉えられるだろう。故に、今は体を休めることを大事としようではないか」

「賛成ね。あ、ここ湯あみができる場所があるらしいわよ。リリア、後で一緒に行きましょ!」


 ばっと起き上がったかと思えば、そんな気の抜けた会話を繰り出す。


「シャーミアめ。まったく緊張感のない……」

「……たまにはいいんじゃないですかね?」

「まあ、ルアトの言う通りかもしれぬな」


 思わず溜息が零れ出るが、しかしこれもまた気分転換か。シリウスは楽しそうに笑うシャーミアと困ったように、けれど嬉しそうに話すリリアを見て、穏やかな心地になるのだった。



 そして、シリウスたちが寛いでいるその一方。

 フェルグのいる執務室は静寂に包まれていた。しかし完全な無音ではない。時計の針が刻む音に、ページを捲る音。それからペンを走らせる音が混ざり、妙な緊張感に包まれていた。


「……しかし、本当に許してくださるとは。良かったのですか? フェルグ様」


 不意に、その場にいた老人が声を上げた。彼は読んでいた新聞を机に置いて、それからペンを握る少年の方を見る。

 少年は声に反応するようにその手を止め、視線だけを老人に向かわせた。


「こうなることを予想していたんだろ。でないと、あの登場の仕方はおかしいからな」

「滅相もありません。わたしも新聞を読んで驚きまして。訳ありな方々ではあると思っていたのですが、都市を救った英雄だとは思ってもいませんでした。しかし、彼らは何かに追われる立場でもあった様子。ですから何となく、長年の勘とでも言いましょうか。このアイクティエスに入る際に何かいざこざに巻き込まれるのではないかと、そう危惧したまでですよ」

「まぐれでも勘は勘、か。恐ろしいね」


 ふう、と。一息吐いて、フェルグが椅子の背もたれに体重を預けた。その顔はどこか思い悩んだ風であり、どこか憑き物が取れたようでもあった。


「しかし勇者の息子であるフェルグ様が魔王の関係者を許す可能性は低いと思っていましたが。何か思うところでも?」

「メンカルさんの言うようなことは、別にないよ。確かに他の勇者からの通達はあったけど、それが俺の何かを決定づけることではないからな。俺は、俺の見た全てを信じる、それだけの話だ」

「己の正義に誓って、ですか。あなたのお父様もよく仰っていましたね」

「ああ、親父は間違いなく勇者だった。自分の見たモノだけを信じて、そして魔王討伐以降精神を病んだ。それまで信じ込んできたこととの乖離が激しかったって、言ってたっけか。……親父は優しすぎたんだよ」


 遠い目をするフェルグに、何か告げようとしたメンカルだったが、やがて閉口して首を横に優しく降った。


「ご立派になられて、アーレイシャ様も喜んでおられることでしょう」

「やめてくれよ。まだ別れてそんなに日も経ってない。まだまだ、これからさ」


 フェルグの表情が僅かに綻んだ。年相応で、邪気のない顔。その若さでこの街の市長を務めているだなんて、誰が思うだろうか。

 しかしそれも一瞬。彼はすぐに表情を憂いのあるものに変えた。


「けど、ちょっと流れがよくないな」

「……流れ、と言いますと?」

「ヤツら、シリウス一行の旅路だよ、……ああ、悪いなレーヴァ」


 フェルグの傍らにいた執事が湯気の立ち込めるカップを彼の元に置き、そしてそのままメンカルの元にも同様にカップを置く。

 少年はそれに口をつけ、喉を潤してから再び口を開いた。


「一行に出した依頼は俺にとっても都合のいいものだ。この都市の連中の人間を使うと、何かと角が立ってしまうけど、ヤツらはただの旅人。言い訳はいくらでもできる」

「ふむ。別に問題はなさそうですが……」

「ただ、それだと一行の旅に間に合っちゃうんだよ。取引が今日の夜だったら避けられたんだけどな」

「……いったい何に間に合ってしまうのですか?」


 メンカルの出した疑問に、フェルグは瞳を細める。立ち昇る湯気はただ真上に進み続け、途中で乱れることはない。


「――『星の勇者』がこの街に向かってる。到着は、明後日の正午だ」

「……っ、それは――」

「ああ。シリウス一行を確実に討伐するために、決まったことだ。もっとも、他の国には別の勇者が向かってるから、ヤツらがどこに向かっていても、同じような結果だったかもな」


 フェルグの視線が窓の外に向けられる。夜の帳は完全に降ろされ、天幕には無数の星々が輝いている。


「……嵐が、来るな」


 誰に向けた言葉だっただろうか。きっと、その場にいる誰もがわかっていただろう。

 フェルグは雲一つないその空を見ながら、そう呟いた。

お読みいただきありがとうございました!


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