表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
187/263

海運都市アイクティエス④

「お主が『涙の勇者』の息子、フェルグ=ピスケイスだな? お初お目にかかる、余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。お主の父が殺した、魔王の娘だ」


 衛兵に連れられて、縄に掛かるシリウスはその部屋の最奥に目を向ける。そこにいるのは蒼い髪の少年。齢は十に満たないだろうか。直接、シリウスと彼との面識はなかったが、その顔立ちには見覚えがあった。


 間違いなく、魔王討伐に参加していた勇者、アーレイシャ=ピスケイスの血縁者だ。該当の勇者に息子がいることはウェゼンから聞いていた。人違いではないだろう。

 幼い顔立ちに、備わるのは落ち着いた双眸。眼鏡の奥に光る青い瞳が、シリウスの視線と交差する。


「存じているとも、勇者殺し。勇者からの通達もあったし、それに今朝方、新聞の一面に大きく取り上げられていたからな」


 彼は机の引き出しから新聞を取り出すと、放り投げた。それらは見事に捕らえられたままのシリウスたちの足元で広がり、床に落ちる。


「ほう、それは知らなかったな。『サンロキアにて新国王誕生。元国王であるイデルガは勇退』と。中々面白い記事だ」

「記事の中ではぼかされてるけど、赤い髪の少女が混乱を収めたと書かれてる。これ、おまえのことだろ? 事情がどうだったかは知らない。ただ、結果から見ればおまえはディアフルンの混乱の中、『影の勇者』をこの世から消したわけだ」

「どう捉えてもらおうとも構わぬ。元より隠すつもりもないのだからな」


 逃亡生活も覚悟の上だ。生半可な想いで道を歩んではいない。まっすぐに勇者の息子を見据えると、彼はふん、と鼻を鳴らす。


「それで、俺を勇者の息子だと知りながらここに来たってことは、俺のことも殺しに来たってところか?」


 脅えた様子もなく、かといって余裕な表情も見せない。彼の面持ちから感情を察するのは難しい。幾重にも塗り重ねられた虚栄の面が、フェルグの顔に張り付いているようだった。

 その年齢にはそぐわない様相に、シリウスもまた怯むことなく、あっけらかんと返答する。


「残念ながら余の復讐対象はお主の父君だ。フェルグ、お主は殺さぬ。子に罪はないからな」

「へえ、随分と甘いこと言うんだな。てっきり勇者の血族を滅ぼすような、復讐に憑りつかれた愚者かと思ってたよ」

「否定はせぬ。余は甘いし愚かだと自認しておるからな。……それに、余がここに来たのは偶然だ」

「偶然? にしては出来過ぎじゃないか? 俺がこの都市に戻ってきたのは最近だ。そんなの信用できるわけ……、いや――」


 何かを思い出したように、彼は懐から手紙を取り出した。その封書に、シリウスは見覚えがある。シトラから手渡されて、この都市に入る時に見せた手紙だ。


「……まさかこれ、本物だったのか」

「まあ、その気持ちも理解できる」


 確かに勇者に仇成す存在が、勇者からの封書を持っていればそれが本物とは誰も思わない。フェルグの判断はどこまでも正しい。

 しかし彼は被りを振って、溜息を吐き出した。


「いや、これはそれ以前の問題なんだよ。他の勇者からの封書なら、まあ大体信用できる。もちろん筆跡鑑定も通ればの話だけどさ。だけど、この手紙の差し出し主が『杯の勇者』ってのがダメだ」

「何がダメなのよ。仮にも勇者なんでしょ?」


 シャーミアが退屈そうに口を挟んだ。それにフェルグも嫌な顔を見せず、げんなりとした表情のまま、言葉を続ける。


「だから問題なんだよ。あいつは勇者なのに勇者らしくない。いや、それは他の勇者も同じか。まあぶっちゃけると信頼がないんだ」


 シリウスはディアフルンの地下で会った胡散臭い男を思い出す。シトラのあの言葉遣いや雰囲気、表情ですら全てが疑わしく、フェルグの言う通り信頼には足りえない。実際シリウスも彼のことを一つも信用していなかった。


「そういうわけで、まあこの手紙を読んでも問答無用で牢にぶち込ませてもらったんだよ。どうせ勇者の敵になるわけだし、元から信用してないシトラのことなんて考えなくていいって思ったからな」

「……それで、どうする? 余たちを処刑でもするか? それともお主の父に報告でもするか?」


 シリウスが何気なく放った一言に、フェルグの双眸が僅かに揺らいだ。その揺らぎは一瞬だったが、それでも言葉によって彼の何かに触れたことが、わかってしまった。


「俺の親父は死んだ。最近、病気でな」

「……そうか」


 震えのない、冷たさすら覚えるほどのフェルグの声を聞いて、なるほど、と。シリウスは内心納得する。

 道理で息子の魔力は感じ取れるのにもかかわらず、記憶にあったその父の魔力は感知できないわけだ。

 彼の心の揺れを、シリウスが把握できるわけではない。彼が父と仲が良かったのかどうかもよく知らない。

 しかし、少なくとも彼にとっての父は、大切な存在だったのだろうと、そう思えた。

 何よりも、彼の瞳がそう語っていたから。


「……俺は親父が生まれ育ったこの都市を代わりに守ることを誓って、この都市の市長をやらせてもらってる。だから、その事情を知らないおまえが、なんでここに来たのかが知りたいんだよ」

「ここに来た目的なら、その手紙に書いてあるだろう。東都アウラムに向かうためだ」

「目的は知ってる。俺が聞きたいのは、理由の方だよ。東都には勇者がいる。それを討伐するって理由なら、俺はおまえを止めなきゃならないからな」

「……」


 何を言うべきかと、逡巡する。

 彼はまだ子どもだ。放つ雰囲気や態度は年齢らしくないが、彼の言葉の端々にはシリウスに対する配慮が見える。

 それを踏まえた上で、しかしシリウスの答えは内心で決まっていた。


「無論、余は魔王討伐に加わった勇者全てに復讐をする。東都にいる『珠の勇者』もその対象だ」

「……馬鹿正直だな」

「お主と変わらぬだろう」


 返す言葉にフェルグは苦い笑いを落とした。意趣返しをしてやろうとかそんなつもりもなく、率直な思いを伝えただけだ。

 フェルグは持っていた手紙を机に放りだして、その瞳を真剣なものへと切り替える。


「おまえがタウリ村を救ったのは、そこにいる村長から聞いた。勇者をただ殺すだけの悪党ってわけでもないんだろ。いったんその事実の上で、おまえたちを信じてやる。だから、俺から言えるのは一つだ。東都アウラムで、『珠の勇者』に会え。それでもおまえの意思が変わらないって言うなら、晴れておまえは物語の悪役に成り下がるだろうさ」

「言われなくとも、そのつもりだ。余の目的は初めから変わらぬのだからな。悪にも敵にもなろう」


 しばらく、視線が交錯する。別に睨み合っているわけではない。それは互いの真価を測っているのだ。言葉や容姿、態度では測れない、心の奥底を調べようとしている。

 やがて、彼は目を閉じ、そして再び開かれたそこには、俄かに柔らかい光が射していた。


「……わかったよ。シトラの思惑に乗ってやる。おまえたち、三人の入都市を許可しよう」

「あ、ありがとうございますわ!」


 誰よりも早く、飛び上がって喜んだのはリリアだった。会話中ずっと青ざめた顔をしていたので気が気でなかったのだろう。

 それにフェルグは鼻を鳴らして、弛緩した空気の中、続ける。


「ただ、アウラムに向かう船への乗船は、こちらでは担保しない。この都市から身分不詳の人間を他所に出すわけにはいかないからな。どうしても認めてもらいたきゃ、見合った成果を見せて貰わないとな」

「……成果、ですか?」


 訝しげに、ルアトがそう尋ねる。頷くフェルグは机の引き出しから、一つの魔道具を取り出した。

 それは持ち手と思しき部分と長い筒のような部分でくの字になっており、鈍色に光沢を放っている。それを見て、シャーミアが声を上げた。


「あ、それ……」

「お、これを見たことがあるのか? これは魔道具レジオンと呼ばれるモノ、その粗悪品でな。大量生産されて、殺傷能力や使い勝手が大幅に劣化してるんだ。最近、これが闇市場に出回っててな。治安の面や暴発の危険性を鑑みても、これが世に蔓延るのは防ぎたい。そこで――」


 彼の瞳がシリウスたちを射貫く。これから何を告げられるのか、何となくだが想像できてしまった。


「明日の夜に現れるこの魔道具の売人同士の取引を潰してほしい。主犯格を捕らえられればラッキーだな。……おまえたちにはアウラム行きの乗船を保障する代わりに、働いてもらうよ」

お読みいただきありがとうございました!


「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ