海運都市アイクティエス③
「ど、どうしてこちらにいらっしゃるんですの?」
何か村長と繋がりでもあるのだろうかと、リリアはメンカルとフェルグとを交互に眺める。しかし、フェルグも彼は彼で予想外のことらしく、虚を突かれたように目を丸くさせていた。
「なに。買い物がてら街へと降りただけのこと。そこである噂を耳にしましてね」
「……噂?」
「ええ。かの悪名高い、魔王の関係者を捕らえた、と」
「――っ」
思わず、声にならない悲鳴を上げそうになってしまう。その反応を見たメンカルは、場違いにも優しい微笑みを浮かべてみせた。
「その衛兵によれば、捕らえた魔王の関係者は、美しい少女だったと。宝石のように綺麗な紅蓮の髪に、海よりも遥かに透き通った蒼眼。そしてその隣に立つのはこれもまた、筆舌に尽くしがたいほどの美人と、柔和な黒髪の青年。これらを捕らえたというではありませんか」
「それがどうしたんだ?」
フェルグがぶっきらぼうにそう言った。まるで突き放すかのように向けられた言葉の刃に、空気は締まり、居たたまれなくなる。
「それと、メンカルさんがここにいるのに、何の関係がある?」
「関係なら大ありです。その特徴を持った方々に、わたしは救われたんですから」
「救われた、だと?」
まるで変な発言をすると。到底信じられないかのように、眉を顰めるフェルグ。それはそうだろう。彼は勇者の息子で、そしてシリウスは魔王の娘。敵対しているはずの存在が、誰かを救ったなどという話を、真に受ける方が難しい。
「人違いだろ。いまこっちで捕らえてる魔王の関係者が、救いの手を差し伸べるはずがないからな」
「その方々は、シリウス、シャーミア、ルアト。とそう名乗ってはおりませんでしたか?」
「……」
机に積まれた紙を捲り、僅かにそちらへ視線を向けたかと思うと、フェルグはわざとらしく大きな溜息を吐く。
「……で、それがどうしたんだよ。メンカルさんが救われた話と、俺があいつらを許すのに、関連性はないだろ?」
それはそうだ。彼は勇者としての立場があって、そんな話をされても一時的に良いことをしただけにしか見えないシリウスたちを、許すことはないだろう。
解放を提案してくれたことには感謝するが、それでも罪人である彼らをそう簡単に野に放つわけにはいかない。リリアは半ば、諦めながらその場で見守ることしかできないでいた。
「そうですね。では、救われたのはタウリ村だと、言い換えましょう」
「何も変わってないだろ……、いや――」
瞬間、フェルグの眼の色が変わる。何かに気がついたような、一つの真実を導いたように、僅かに揺らぐその瞳を正し、それから真っ直ぐにメンカルへと向けた。
「まさか……」
「ええ。彼女たちは村を、星々の眠る墓を墓荒らしから守ってくださりました。その中には当然、アーレイシャ=ピスケイス様。フェルグ様のお父様も、お眠りになられています」
「……そうか」
そしてまた、その瞳が揺れた、ように見えた。
それは、葛藤の現れなのかもしれない。敵であるはずの存在が、自分の父が眠る墓を守ってくれた。心では悪者ではないとわかっている。だからこそ、自らの立場との折り合いがつかない。そうした迷いや戸惑いが、一瞬だがその表情に現れたような気がした。
「わたしから言えることは、これ以上はありません。あとは、フェルグ様のご判断にお任せします」
「……わかってるよ」
立ち上がり、そして窓の方へと歩いていく。
沈みかける夕陽が、蒼かった空を橙色に染めて、白い雲諸共巻き込んで色溶ける。
リリアが座るそこからでは、空しか見えないが、それでも街の印象は目に浮かぶ。少し昔、ここへは一度訪れたことがある。その時は、母に付き添ってきたが、夕刻に馴染むアイクティエスは、見惚れるほどに美しかった。
三羽の鳥が、その空を自由に泳いで彼方へと消えていく。
それを見届けるほどの時間が経った後、フェルグは外を眺めたまま声を上げた。
「レーヴァ」
「ここに」
いつの間に入ってきていたのか。先ほどまで部屋の外にいたはずの、彼の執事がフェルグの元で膝を折っていた。
その二人は互いに視線を合わせることなく、ただ言葉だけを交える。
「さっき捕らえた賊をここに呼べ。詳しい話を聞きたくなった」
「畏まりました」
言うが早いか、執事の姿が消えた。きっと、牢屋にいるシリウスたちの元へと向かったのだろう。
「フェルグ様……っ」
「おい、勘違いするなよ? 別に情に流されたとかじゃないからな? ただ話し合いもせずに、判断を急ぐ理由もないって、そう思っただけだ」
「ふふ、そうですわね」
「おまえ、わかってないだろ」
「大丈夫ですわよ。全部わかっておりますわ!」
フェルグは呆れたように溜息を吐くが、対するリリアは上機嫌に頬が緩んでしまっていた。
リリアは彼のことを十全には理解していない。所詮一度しか会っていない間柄で、歳も離れている。
それでも、彼が優しい人間であることは、わかる。希望的観測でしかなくて、リリアの直感にすぎなかったが、きっとそうだろうと。そうであってほしいと、彼女は願う。
果たして、その願いは届いたのか。
間もなくして、廊下を歩く数人の足音が聞こえてきた。
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