答えは朝焼けと共に
何度も、眠れない夜を過ごしてきた。父を、家族を喪ってからの十年間。勇者への復讐に憑りつかれたシリウスは、眠ろうとするその度にその時のことを思い出してしまう。
魔王である父が討たれた、その日のことを。
だから、というわけではないが、シリウスが眠りにつくことは少ない。思い返せばここ最近で眠ったのは勇者討伐時ぐらいなものだ。その時だけは、過去に囚われずに眠ることができるということなのだろう。
「アンタいつも朝早いわね」
ふわあ、と。宿の前で大きな欠伸をかましながら盛大に体を伸ばすシャーミアは、しかし寝ぼけているといった様子は微塵もない。彼女も彼女であまり眠らなくてもいいと言っていた気がする。
「ちゃんと寝ないと成長しないわよ?」
「そうだそうだ!」
いつの間にかシャーミアの銀髪の上に乗っているヌイが、調子良さそうに野次を飛ばす。そこにジトリと視線を這わせると、小さい分体はべっ、と舌を出してまた彼女の中に隠れた。
「お主たち人間と一緒にされては困るな。今が成長期であるお主たちと違い、まだまだ時間がある。睡眠は確かになくてはならぬものだが、一年ぐらいはまともに取らなくても問題はないだろう」
「……魔獣ってみんなそうなの?」
「いや、余が特別なだけだな。他の魔獣は人間たち同様に眠り、成長の糧とする」
あっけらかんとそう言うと、シャーミアは呆れたような顔を見せる。
「アンタやっぱり普通じゃないわね」
「それでも、僕は今のシリウス様が好きですけどね」
春先の陽光のように爽やかな笑顔を浮かべ、ルアトがシリウスの隣に立つ。別に自分の成長が主軸の話ではないのだが、まあそこは好きにさせておこう。
太陽が昇ってから、数刻。シリウスたちはタウリ村を出立するべく、宿の前に集まっていた。元よりここで一泊する予定もなかったわけで、勇者殺しの罪人がいつまでも平和なこの村に留まっているわけにはいかない。
しかし、シリウスには僅かに出立を待つ理由があった。
「シャーミア、ルアト。お主たちには話しておかねばならぬことがある」
「改まって、急にどうしたのよ?」
降って当然の疑問に、シリウスは二人の顔を交互に見つめ、それから応える。
「リリアという少女についてだ」
「リリアちゃん? そう言えば、起きてこないけど、あの子がどうかしたの? てっきり見送りぐらいには来ると思ってたんだけど……」
少しだけ寂しそうな顔になるシャーミア。ルアトはただ黙って、シリウスの話の続きを待っている。
それに応じるように、口を開き降り注ぐ柔らかい陽光に声を溶かす。
「昨夜、リリアにはこの旅に同行しないかと提案をしてな。その気があれば、余たちが出立するまでに合流するよう伝えておったのだ」
「え!? どういう風の吹き回しよ? アンタ、昨日までは同行なんてさせられないって言ってたじゃない」
「事情が変わった。彼奴は勇者の関係者だ」
「あー勇者のね……、は?」
間抜けな声を上げるシャーミアと目を丸くするルアト。その中、シリウスは淡々と言葉を並べる。
「あれほどの回復魔術に長けた人間を余は他に一人しか知らぬ。其奴は聖都におる聖女、『夢の勇者』フレヤデス。その息が掛かっておると、余は見ておる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでそれがわかってるのに、旅に同行させるわけ!? 要は勇者の刺客ってことでしょ!?」
信じられないといった様子で声を荒げる彼女に、ルアトも頷いてみせる。
「シャーミアの言う通りですよ。危険です。一刻も早く、この村から離れましょう」
「別にシリウスの心配をしてるわけじゃないんだけど……」
相変わらず馬が合わない二人を見ながら、宥めるようにシリウスも声を発する。
「何も問題ないと判断した。勇者からの刺客が、情報を流す間者であったとしても、それで余が敗北するなどあり得ぬ。それすら覆せぬようでは、勇者全員に復讐など夢のまた夢だ」
「そうだとしても、わざわざ勇者側に情報を渡す理由はないはずです」
ルアトの言葉も理解できる。というよりは、正論だ。本来ならば勇者の息が掛かった者を身近に置くなど言語道断。単純に敵の有利を許すだけの展開になるはずだ。
それは無駄なこと。到底理解されない行為。
理屈では、そうなのだろう。理論的に考えれば、間抜けな提案だ。
「リリアは、ただの人間だ。勇者ではない」
「……!」
シャーミアもルアトも、口を閉ざす。シリウスの思考の全てを理解したわけではないだろうが、その想いを悟ったのだろう。短くも深い付き合いだ。互いに、察せられる部分はある。
それに甘えながら、シリウスは続けて語った。
「彼奴は恐らく勇者から何かしらの使命を以て、余の元に現れた。それが何かは知らぬが、余と行動を共にする意図があるのだろう。……今、リリアは自分の心と、勇者フレヤデスからの使命とで板挟みになっておる」
「だから、勇者の思惑通りにさせようってこと? アンタ甘すぎない?」
「かもしれぬな」
肩を竦めて、その指摘を受け入れる。そんなことはわかっている。復讐に重きを置くならば、そんな甘さは捨てるべきだと、理解している。
しかし、シリウスの中に流れる想いはそれだけではない。
父の想い。
師の想い。
そして自分自身の想い。全てが混ざり合って、今のシリウスがある。
「リリアが余の元に来たのは、ひとえに余に責任がある。余が暴れなければ、彼奴は平穏に聖都で暮らしておったはずだからな。ならば、せめてその変わってしまった人生が最適になるよう、選択肢を与える責任が余にはあるだろう」
「なるほど。だから強制ではなく、提案としたんですね」
ルアトの言葉に頷き返す。視線を晴れ渡る空へと向けると、眼に痛いほどの青が飛び込んでくる。
「リリアには自分の意思で道を選んでもらおうと思ってな。無論、来ても来なくてもよい。それが彼奴の選択だ。余はそれを尊重する」
「そう。ま、アンタが決めたならいいわよ。言ったって聞かないんだろうし」
シャーミアの溜息が耳に痛い。シャーミアとルアトには負担を強いてしまうことになるが、ここは譲れない部分だった。
無理やりこの旅に連れ出された者。
自らこの旅への同行を志願してきた者。
シリウスの周りにいる存在は、それぞれの想いがあってここにいる。そこに貴賤はない。どれもが間違いなく、正しい。
ではリリアは。
自らの意志で行動を共にするのか。それとも、別の道を歩むのか。
山の中腹に涼しいそよ風が流れる。小鳥の囀りが唄うように奏でられ、花々が楽しそうに揺れる。出ない答えを待つ間にも、そうして時は過ぎていく。
「……そろそろ出立しよう――」
そう、シリウスが言い切る直前。
やがて空色の髪を持つ少女の姿を、視界に見止めた。
「ご、ごめんなさいませ! 髪をまとめるのに時間が掛かってしまいましたの!」
慌ただしくやってくるその姿に、その場の空気が弛緩する。息を切らして合流したリリアのその顔色は、少し悪そうで、けれどもそれを感じさせないかのように、眩しく笑っている。
恐らくこの一晩、色々と考えたのだろう。
そしてその答えを持っていま、ここにいる。
「すまぬな。あまり、眠れなかっただろう」
「……お気になさらないでくださいませ。これは、私が自分でしたことですもの」
そうして見せた瞳には、微塵の揺らぎもない。真っ直ぐな碧眼を見つめ返して、シリウスはそして彼女の答えに踏み込んだ。
「では、答えが出たのだな」
その発した声に、ふわりとリリアは微笑んだ。笑う理由などないはずなのに、しかし彼女はあどけなく、そうしてみせた。
「ここにいる理由が、答えですのよ。……それに――」
視線が、ちらりとシリウスへと注がれる。描かれる虹彩は陽射しを浴びて煌めいて、宝石のようだった。
「あなたのお言葉を信じてみることにしましたの」
「そうか」
旅に同行するのなら、出立前に顔を見せる。そういう話だった。色々と彼女自身が考えた上で、いまここにいるのだろう。ならば言えることは一つだけだ。
「言っておくが決して楽な旅ではないぞ?」
「望むところですわよ! これからよろしくお願いしますわね、シャーミア様、ルアト様、シリウス様!」
リリアがその表情をパッと弾けさせると、柔らかい風が吹き抜けた。
満開に咲く花々は楽しそうに揺れ、色とりどりの花弁が青い空をなぞる。陽光に光る七色の欠片はまるで流れ星のように宙を駆けて。
目に鮮やかに、世界を彩るのだった。
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