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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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輝く星は夜空に唄う

 柔らかい風が吹いて、紅蓮の髪を撫でて過ぎる。すっかり静かになった村には、虫の声が鳴り響いていて、耳心地がいい。

 空は晴れ。雲もなく、星が美しく瞬いている。蒼い瞳にその数々を映しながら、シリウスは思いに耽る。


 浮かぶのは、あのリリアという少女について。

 彼女の扱う回復魔術は、シリウスも間近で見た。通常の魔術師が行使する回復魔術は、安定した精神力と不純物のない清廉な魔力が必要だ。それも一朝一夕にできるようなものでもなく、相応の鍛錬と長時間の修練の末に会得できるもの。加えて、才能という部分が占める割合も多く、誰でもできるという代物ではない。


 しかし、リリアは違った。流れ出る血を止めるどころか、傷を癒し、さらには千切れた腕の再生までやってみせた。シリウスにもそれはできるが、余りある魔力を盛大に使ってようやくできること。それほど魔力量も多くないリリアにはできない芸当なはずだ。

 おおよそ一般な魔術師から出力されるレベルにない、その治癒能力を観測した結果、導き出された答えは一つ。


 彼女は――


「――――――――――――」


 弦楽器を弾いているかのような、そんな綺麗な声がシリウスの耳に届く。

 いや、それは声というよりは、唄だ。

 美しく伸びる旋律は、穏やかに流れて染み入り、夜の帳に搔き消える。温かく無邪気に、けれど神聖さを帯びる歌声と共に星が煌めき、澄み渡る。しばらく聞き入っていたシリウスだったが、やがてその調べを唄う者の元へと向かい始めた。


 花畑を臨みながら、墓地を歩いていく。声の響きは次第に強く、五感全てが打ち震える感覚を覚える。

 そうして辿り着いたその場所は、昼間に訪れた伝説の剣のレプリカが刺さる広場。階段を昇った先に、目当ての人物は立っていた。

 淡い空色の髪は編み込まれ後ろでまとめられていて、夜を見上げるその顔つきは見惚れるほどに綺麗だ。


 唄は風に乗り、その場を包む。まるで全霊に鼓舞されているような安心感と、悩みを埋没させる力強さがそこにはある。

 しばらくして、歌声が止むとシリウスは拍手を送った。


「シ、シリウス様っ!? いつから見ていらしたんですの!?」

「途中からだが、心地良い歌声だったぞ」


 空を見上げていたリリアがシリウスの姿を見止めると、恥ずかしそうに口元をその手で隠し、視線を逸らす。


「……こんな唄、全然ですわよ」

「恥ずかしがることなどないだろう。今のは、聖歌か?」


 遥か西方の地。そこでは聖なる象徴として、聖女と呼ばれる存在が多くの人々に崇められていた。聖女は全ての報われぬ者に手を差し伸べ、世を正しい方向へと導く人間として生きる。その先導者を中心として出来上がったのが、聖都。

 聖歌とは、そういった聖女の教えや想いをなぞらえたものだと、ウェゼンから聞いていた。

 シリウスが聖都に足を踏み入れたことはなかったが、リリアが聖都の出身だという情報を踏まえれば、その推測は必然だと言えるだろう。


「ええ、そうですの。と言っても、ただの聖女様の教えを唄にしただけですけど。面白みのない、つまらない唄ですわ」

「歌詞はそうだろうが、それを唄うお主は、美しかった。抑揚があり、耳に馴染む透き通ったその声は、唄そのものがつまらないといった感想を抱かせぬ。それほど、素晴らしいものだった」

「……そう、ですのね。ふふ、お世辞を言っても、何も出ませんわよ?」


 心の内から出た言葉だったが、リリアはそれを冗談か何かと受け取ったようだ。けれども、彼女のその表情は明るく、嬉しそうだった。


「リリアは唄が好きなのか?」

「どうして、そう思いますの?」

「唄っておる姿に精気と活気が満ちておったからな。何より、楽しそうだった。直感的な回答ばかりになってしまったが、その様子を見て嫌いだと思う方がおかしいだろう」


 機嫌よく遊んでいる子どもに、楽しくなさそうだなと思うようなものだ。穿った見方をしていない限り、直接的な感想を抱くのが普通だろう。

 リリアはその疑問に即答せず、少しだけ間を置いてから口を開く。


「唄を、唄うことは好きですわ。気分が晴れますし、言葉とは別の方向で色んな方を勇気づけられますから。ですが、この唄はあまり好きではありませんの。幼い頃から親しんできた聖歌ですのにね」


 自身でも戸惑っているように、視線を泳がせて語る。沈黙が漂い始めると、リリアはそれから逃げるように、パッとわざと明るい表情を作り出した。


「ですけど、死んでしまったらこうして唄も唄えませんでしたから、助けていただいた皆様方には感謝していますわ。本当に、ありがとうございました」


 そう微笑んで、シリウスへと瞳を向ける。

 等身大の少女らしい反応をする彼女は感情豊かで、裏表もなさそうな純粋な性格を有している。出会ってから僅かしか時間を共にしていないが、リリアという人間性について、少しずつわかってきていた。


「リリア。あの時、何故ケイナズに立ち向かったのだ。回復魔術だけでは、彼奴には勝てぬだろう。本当に、死んでしまっていた可能性だってあった」

「それは……」


 咎めるつもりはない。この質問はリリアという人物像をより明確にするためのものだから。


「勝てないことは、(わたくし)にもわかっておりましてよ。攻撃手段も持っていませんもの。でも、それでも逃げるなんてことはできませんわ。傷つく人を前にして、何もしなければそれこそ無力な人間になってしまいますもの」

「そうか」


 やはり彼女は善性だ。悪に立ち向かえるほどの勇気を持ち、誰よりも他人のために動ける者。

 成熟していないからこそ見られるその甘い正義感に、シリウスは尊敬の念を覚え、それから空を見る。晴れた空が、星々を映す。隠れるモノもない、澄んだ空間。透明感のある空気が横たわる中、リリアとの距離をきちんと捉えようとした。


 魔王の娘である自分と、聖なる土地からやってきた少女、リリア。こんな辺鄙な片田舎で、交じり合うはずのない二人がこうして出会ったのは果たして偶然か。

 無論、そんなはずはない。けた外れの回復魔術に、彼女の体内に刻まれている魔術刻印がその結論を裏付ける。

 何故ならば、恐らく彼女は――




「リリア。お主、勇者の関係者だろう」


お読みいただきありがとうございます!


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