シャーミア=セイラスの憂鬱
「――まずは情報収集だ」
宿の部屋に着くなり、シリウスはそう言った。荷解きをしながら聞いていたシャーミアが眉根を寄せた。
「情報収集って、なんの?」
「決まっているだろう。勇者を殺すための情報だ」
事もなげにそう言ってのけるシリウス。あれだけ慕われている勇者を前にして、どうやら彼女の覚悟は揺らがないらしかった。
「アンタ、本気なのね……」
「当然だろう。そのために、余は生きていると言っても過言ではないぞ」
「そんなに自慢げに言うことじゃないでしょ……」
呆れて首を振ると、彼女の特徴的な銀髪も共に揺れる。そしてその紅い瞳は、改めてしっかりとシリウスへと向けられた。まるで彼女の真意を図るように、瞳は煌めく。
「というか、アンタならあの勇者に突っ込んでいくと思ったわ。本当に、復讐したいならの話だけど」
「ウェゼンに散々教わったからな。感情は、復讐には不要なモノだと。もっとも、最後まで彼奴は余のすることに反対しておったが」
「おじいちゃんが……」
「昔の余であれば、先刻のお主みたく復讐相手に向かっておっただろうな」
「それじゃあたしがまだまだ未熟みたいじゃない!」
顔を真っ赤にしてシャーミアが怒鳴るが、それに対してシリウスはただ頷き返した。
「そうだ。敵の力量を測り間違えると手痛いしっぺ返しを食らうからな。そういう意味では、シャーミアは余の実力を測り損ねていたと言えるだろう」
「……そんなこと――」
彼女は何か言葉を出そうとしたようだったが、ついに口を閉じてしまった。シリウスはその蒼い瞳でそれを見届けて、続ける。
「『殻の勇者』アルタルフ。彼奴の周囲を僅かに魔術が覆っておった。それも相当固い防御魔術だ。恐らく、暗殺などの対策だろうな」
「本当に? 全然気がつかなかったけど……」
「鍛錬を積んだ手練れの魔術師だろうと気がつかぬ。それほどまでに、彼奴が纏う魔術はレベルが高い。余が半端な攻撃をしたところで、傷一つ付けられぬだろう。さすがは勇者、と。そう呼ばれるだけはある」
決して心からの賛辞ではなかったが、言葉だけはそう並べておく。
実際、相手をする分には厄介だ。こちらの攻撃は防がれるということは、幾らでも時間を掛けられるということ。足止めをされている間に、別の勇者を呼ばれては勝ちの目は薄くなってしまう。
だからこそ、彼が独りのタイミングで襲撃をしたかった。
「故に、余には情報が足りぬ。少しばかり街へと出て、勇者について聞いて回ろうと思うが、シャーミアはどうする?」
勇者の情報を集めたところで、その復讐に加担しないシャーミアからすれば、無駄な時間となってしまう。
彼女もそう思っているだろう。何か言いたそうに口を開きかけたものの、やがて左側頭部でまとめた銀髪を指で弄りながら、視線を明後日の方向に向けた。
「そうね。あたしも久々にこの街に来たし、色々見て回りたいと思ってたところよ」
「そうだな。それが良い。のんびりと観光することも悪くはないだろう。――それではここからは別行動だな。日付が変わる前には、またこの宿に戻ってくるつもりだ」
「……分かったわ」
窓から差し込む光はその勢いを弱めつつあり、間もなく陽が落ちることを告げていて。
シリウスはその黒衣の外套を翻し、紅蓮の髪を靡かせて部屋を立ち去る。
彼女はその背中に注がれていた弱々しい視線に、気づくことはなかったのだった。




