タウリ村④
「ど、ドラゴン……っ!?」
「いや、そんなことよりケイナズ様だ!」
「あのお方がいなくなると誰がお金を支払ってくれるんだ!?」
「追いかけるぞ!」
巻き起こった一幕にざわつく男たち。彼らは慌てたように、すぐに吹き飛ばされたケイナズを追いかけ始め、やがてその姿を村から消した。
「……何だったのアイツら?」
纏っていた黒い外套を宙に溶かし、シャーミアは去っていった彼らを眺めながらそう呟く。あっという間に、周囲は静寂。男たちが持っていた松明の明かりは既にない。暗闇もまた、その場を包もうとしていた。
しかし――
「……晴れてきたな」
先ほどまで空を覆っていた雲は、いつの間にかどこかへと流れていて、僅かにある雲間から、月明かりがその場に注がれる。
それを受ける翡翠の竜は、薄緑の鱗一枚一枚が輝き、まるで宝石のような美しさを放っていた。
「――村長様っ!? ご無理をなさらないでくださいまし!?」
神秘と静穏が同居する空間に、そんな戸惑いの声が響く。見ればシリウスの傍にいたリリアが、起き上がろうとしている村長に駆け寄っていた。
彼女自身も、怪我人であるはずなのだが、それでも意識しているのは他人のことばかり。きっとそれが、彼女という人間性なのだろう。
「わたしは大丈夫です。それよりも……、ああ、夢でも見ているのでしょうか?」
村長はその場全てを見渡して、息を漏らす。
荒れた墓。踏み折られた花々。悲惨な景色を前にして、しかし彼の瞳は絶望に打ちひしがれてはいない。
「いえ、全て現実なのですね。墓地が壊されたことも、それを実行した方々も。――そして、それらを追い払って下さった皆さまも、目の前にいらっしゃる竜も、何もかもが、現実。……その方が、きっと良かったのでしょう」
「村長様……」
彼の肩を支えるリリアは、何も言えない。
雲が流れ、月明かりがさらに村全体を包み込む。ルアトはその全身に雲を纏い始め、やがて姿を人間のものへと戻す。
「ルアト様……、本当に竜だったんですわね」
「驚かせてすみません。説明の暇も、ありませんでしたから」
申し訳なさそうな雰囲気で話すルアトにリリアは首を振った。彼女の美しい髪が、月の光を浴びて虹色に輝く。
「ルアト様が謝ることなんて、どこにもありませんわ! 寧ろ、感謝をお伝えしたいぐらいですの! 皆さま方、本当に――」
綺麗に、よく通る声は、しかし村長の制止によって、最後まで紡がれない。
リリアの発言を止めた村長が、今度は一歩前へと出て、少しの間を置いて口を開いた。
「この村を救ってくださり、本当にありがとうございました。ここがなくなってしまうと、ここに眠る全員に、どんな顔をすればいいか……。皆さまには感謝しても、しきれません!」
今まで守り抜いてきたこの場所を、失う危機に瀕していた。震える村長の声が、いったいどれほどの重みで発せられたものなのか、想像もつかない。
それに対して、シリウスはいつも通りに、事もなげに肩を竦めて、応じた。
「感謝される覚えなどない。余たちは偶然、戻って来ただけだ。感謝するのであれば、自らの命を顧みず、お主を救ったリリアに向けられるべきだろう」
「わ、私ですの!?」
「無論だ。お主がいなければ、村長が今こうして、立っていることもままならなかっただろう」
「私なんてできることを必死にしただけでして、感謝されるようなことはありませんのよ!?」
慌てて、否定するリリア。その姿を見た村長は破顔して、軽快な笑い声が満ちた。
「そ、村長様!? 笑いごとではありませんのよ!?」
「いや、すみませんな。まさか誰も感謝を受け取ろうとしないとは思いませんでしたので。……皆さまには、お見せしてもいいかもしれませんね。どうか、着いてきてください」
柔らかい表情でそう言いながら歩き始めた村長は、ある墓の前で立ち止まる。
何の変哲もない、その墓を大事そうに撫でる彼はそれからしゃがみこんで言葉を紡ぐ。
「――眠る星よ、どうか安らかに」
直後、その墓は地面を擦るようにズレ始める。やがて動きを止めたその墓があった場所には、ぽっかりと地下へと続く穴が開いていた。
「魔術による結界のようなものか」
「左様です。では、どうぞこちらへ」
村長が底へと続く梯子を下りていき、シリウスたちもそれに続く。
そうして辿り着いた場所を見て、シャーミアは息を呑んだ。
「地下に、こんな空間があるなんて……」
そこは円形に掘られた広間のようになっていた。壁には幾つもの燭台が並べられていて明るく、その全貌を照らしている。
そしてその中央。数々の武具が置かれている中心に、見覚えのある剣が台座に突き刺さっていた。
「周囲の魔道具も、きちんと管理されていますね。それに、あの剣……」
「あれって、地上にあった伝説の剣、よね?」
昼間に見た伝説の剣。それと酷似している剣を見て、振り返るシャーミアに、答えたのはシリウスだった。
「地上のあれはレプリカだな。本物の伝説の剣は、お主の目の前にあるそれだろう」
「え!? あれって偽物でしたの!?」
驚嘆するリリアの声に、村長がまた笑い、それから感心したような声で反応を示した。
「さすがですね。今まで気がついた方は、とある魔術師を除いて誰もいませんでした。……あれは本物を隠すために用意した偽物でして、あのケイナズのような輩から星々が残した魔道具を守るための、策だったのです。どうか、許してください」
「そうだったんですのね……、ですが、どうして私たちに、そんな大事なモノを見せてくださったんですの?」
「……これも、何かの思し召しだと思ったのです」
「思し召し?」
地下に響く言葉が、優しく滲む。リリアの疑問に村長は微笑み、その場全員を見やった。
「この村は始まりの村。最初の勇者が生まれた、伝承に残る地です。わたしはそれを守る役目を担っていますが、しかし同時にこうも思っているのです。この地が滅ぶその時は、潔く諦めようと」
「そんな……」
「もちろん必死に守りはするのですが、及ばない時はどうしたって来るでしょう。今回がまさに、そうなると思ったのですが、どうやらまだその時ではないようでした。眠る星々は、この地を守れと言っているようです」
困ったように笑う彼は、さらに続ける。
そこに迷いはない。胸を張って、ひと際明るく言葉を並べる。
「これは、誠意です。この村を守るために戦ってくださった皆さまへの、せめてもの感謝の気持ちとなります」
「村長様……」
墓は何も言わない。祀られている魔道具も、言葉を話すことはない。
だがきっと、眠る者が生きていたならば、そうするだろう。村長が示したのはそんな想いの一端だった。
「村長、お主の想い、しかと受け取った。これほど重要なモノを見せるという決断を下したその心境、察するに余りある。余も、かつての勇者が手にした武具、その実物を一目見ることができて良かった。感謝する」
「そう言っていただけると幸いです。それに申し訳ございません。お疲れのところを無理やり連れて来てしまいまして。どうぞ今夜はこの村で寝泊まりしていってください」
村長のその言葉を肯定するように、小さな灯りに照らされた並ぶ武具は、きらりと輝きを反射させているのだった。
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