ルアト⑥
「昼に見たやつらがウロウロと……。あんたら何の義理があって、この村を助けるんだ?」
黒い眼鏡を光らせて、ポケットに片手を突っ込む男は、苛立たし気にそう言った。
昼間に、伝説の剣が突き立てられていた場所に現れた、ガラの悪い人間たち。この村に眠っている魔道具を狙っているという話らしいが、それはルアトには関係のない話だ。
そんなことよりもこの村の状況。
それを目の当たりにしたルアトの思考は、冷静とは程遠いものだった。
「義理はありません。ですが、見ていられないんです」
「正義振りかざしてるってだけの偽善者ってか。一銭にもならねえってのに、よくやるわ」
肩を竦め、それから左手を動かそうとする。
見た目は普通の左手だが、その手には赤い紋章と、手の甲には青い珠が埋め込まれていた。それが何か、ルアトにはわからないが、その男の一挙手一投足には警戒を払う。
「僕個人が、許せないだけです。この村の状況は、僕の故郷の最後と、よく似ていますから」
「んなこと知らねえよ。勝手に感傷に浸ってろ」
「そうですね。確かケイナズ、と言いましたか。あなたには関係のない話です。ですので、まああなたたちの悪事を止められると思えば、それだけで価値のあるものなんですよ」
「減らず口が――っ」
彼が指を鳴らす。するとどこからか現れた無数の斬撃が、ルアト目掛けて襲い掛かる。
だが、ルアトはそれを防ぐ素振りも見せない。やがて飛んできた斬撃を、その身で受けて、体には傷一つ残らない。
「やはり斬撃を所定の場所に生み出し、それを飛ばす魔道具か何かでしょうか。残念ながら、僕には効果の薄いモノですが」
「……そうみてえだな。だが、手札はこれだけじゃねえ。俺の体には様々な魔道具が埋め込まれててな。あんたみてえな生意気なやつを殺す道具は、いくらでもあんだよ!」
ケイナズが苦笑しながら、そう告げる。しかし、何も起こらない。左手を見ても、彼がそれを動かしたようには見えなかった。
そして瞬間、轟音が鳴り響く。
紅蓮の炎を上げながら、ルアトの足元から起こった爆発が、周囲を巻き込み空気を燃やす。
「はっはァ!! 防御不可の爆炎だ。これなら効くだろ――」
炎が消え、煙が燻る。やがてルアトを包んでいたそれらが風に拭われると、男の声が止んだ。
着ていた衣服は焦げているものの、その体には傷一つない。
「……まさか、これで終わりですか?」
「――っ!! んなわけねえだろ!! まだまだ出力なら上げられる!!」
ケイナズの指が弾かれる。斬撃が体に降り注ぐが、一滴の血も流れ出ない。
爆炎がルアトを包み込む。熱や衝撃が身を焼くはずだが、そこには冷たい瞳を湛えた青年の姿が、映るだけ。
「な、馬鹿な――っ!? 今ある俺の、最高出力だぞ!? それが、こんな野郎一人に防がれるなんて、そんなはずは――」
「――僕の、故郷の話をしましょうか」
煙が晴れる。昏く、夜の湖面を彷彿とさせるような底が知れない顔が、松明に照らされた。
肚の底には煮えたぎるような激情が湧いている。見えない灼熱に身を焦がし、それを視線として目の前の標的にぶつける。
一歩、ルアトがケイナズに詰め寄ると、彼はその足を後ろに退いていく。
「僕の故郷は田舎でして。それでも平和に暮らしていたんです。この平和がずっと続いていくと、そう思っていました」
冷たい声は、誰に向けたものなのか。ケイナズか、あるいは自分自身に対してか。
ただ自分でも、思っていたよりも重く、低い声だなと、そう思える。
「ですが、それもある日唐突に終わりを迎えました。自分勝手な人間たちに、襲われたんです。――ちょうど、この村みたいに」
「だから、同じ結末にならねえように、暴力を振るうってのか?」
「……いえ、そう思っていたんですが、今の僕の心にはそんな高尚な想いはどうやらないみたいです」
本当はもっと人に誇ることができる、そんな理由であれば格好もついたのだろうが。
残念ながら、心はずっと淀んだまま。感情的に、感傷的に、この村の一幕を憂い、そして冷たい怒りに身を任せていた。
「これは、ただの憂さ晴らしです。あの時、ここを救えなかった僕自身への憎悪。それから、何でも自分たちの思い通りになると思っている、傲慢な人間たちに対する怒り。僕の理想は、本当に達し難いことだと痛感します」
ルアトの理想は、魔獣と人の共生できる世界を目指すというもの。ただ、目の前にいるケイナズのような人間がいては、共生はきっとままならない。
「……それでもシリウス様は、あなたたちを殺さないようにと仰ったんですから、あの方には感謝してくださいね。シリウス様が言わなければ、僕はきっと、あなたを殺してしまっていたでしょうから」
「なんだ、この魔力は――」
不気味な風がそよいだ。
その奔流は次第に強く、ルアトを中心に渦を巻き始める。
「この姿を見せるかどうかは迷ったのですが、戦闘を終わらせるにはこちらの方が手っ取り早いでしょう」
「何を――」
風は霧を呼び、雲となりルアトの姿を覆う。小さな暗雲が花畑に立ち込めたかと思えば、やがてそれは膨大に膨らみ、やがて――
「――【化する空の王】」
雲が晴れると同時、それは姿を現した。
「――っ!? ドラゴン、だと――っ!?」
頭部はまるで蛇。二本の長い髭に、大きな翡翠の双角を生やす。巨大な翼と丸太のような尾を揺らすその姿に、ケイナズは息を呑んでいた。
ルアトの体表を覆う薄緑の鱗が、松明の明かりに照らされて水面のような輝きを放つ。
「……てめえ、どういう種族だよ。魔獣なのか、人なのか……」
「僕は人間と竜の血を引く者ですよ。もっとも、これをお話ししたところで、結果は何も変わりませんけど」
ルアトはその尾をゆらりと動かす。緩慢な動作だが、巨木を前にしたような迫力に、ケイナズもその警戒度を高めていた。
「ちぃっ!! ドラゴンだかなんだか知らねえけどよ! 攻撃を当てやすくなっただけじゃねえのかよ!!」
斬撃、そして爆炎。その二つが竜化したルアトを襲うものの、結果は先ほどと変わらない。緑の鱗が生半可な攻撃を全て防ぐ。その衝撃は、内部にさえ伝わらない。
「……あの女性の方が、数倍強かったですね」
ルアトは、その尾を思い切り振り被る。対象はもちろん、目の前にいるケイナズだ。
「ちょっ、待っ――」
「終わりです。生きていれば、また会いましょう」
翡翠の尾が勢いよく振りぬかれる。突風を生み出し、周囲の家々が軋み、音を立てた。
「――――――――――――――っ!!?」
振り被った尾の一撃受けたケイナズは、声も出すことなくそのまま吹き飛ばされ――
そしてその身は遥か後方、夜の闇へと消えていった。
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