リリア③
松明の灯りが闇を払う中、黒髪の青年とケイナズとが対峙する。倒れ伏せながら、その光景を眺めるリリアは、自身を庇ったその青年を知っていた。
「ルアト様……、どうして――」
シリウス含め、彼らは先にこの村を出立していたはず。それなのに何故いま、ここにいるのか。回らない頭に数多くの疑問符が並ぶ。
それを、ルアトは優しく見つめ、そっと彼女を抱き抱える。
「すみません、リリアさん。来るのが遅くなってしまいました。……すぐに傷の手当を――」
「もんだい……、ありませんわ」
息も絶え絶えだが、彼女が瞼を閉じるとリリアの体を緑色の光が包み込む。その輝きはすぐに彼女の傷を癒し、欠損した腕すらも元に治した。
「私、回復魔術なら誰にも負けない自信がありますの」
「――これは、驚きましたね」
リリアを抱くルアトの眼が見開かれ、その光景に息を呑んでいた。気味悪がられてしまうだろうか。だが今はそれを気にしている場合ではない。
こうしている間にも、墓荒らしは行われ続けているのだ。それを早く止めなければ。
「な、なんだお前――、ぐあああっ!?」
と、少し先の闇の中、驚嘆と同時に悲鳴が響いた。
「なに? アンタたち、見た目の割に情けない声出すのね」
その声に、思わず視線を向けると、美しい銀色の髪を持つ少女が、スコップを持った男を地面に寝かせていた。
「シャーミア様まで……、どうして……」
「余は、人間が好きだ」
その呟かれた疑問に対して、すぐ隣から凛とした鈴の音のような声が鳴った。見れば、紅蓮の髪を伸ばす少女が、蒼い瞳を瞬かせて立っている。
「だが、人間にも様々な種が存在する。心優しい者も、調和を重んじる者も、そして、それらを虐げる者もな。そういった輩には、言葉よりも実力でわからせる必要があるだろう。故に、余たちが正す。二度と、このような蛮行に及べぬようにな」
本当は、目立つべきではないのだがな、と。そう締め括った彼女は、ルアトに視線を向けた。
「というわけだ。リリアと村長は余が預かる。ルアト、お主は――」
小さく細い指を、睨むケイナズに向けて、淡々と告げる。
「彼奴に灸を据えてやれ」
「任せてください。二度とシリウス様の前に映らないよう、心まで砕きましょう」
言うが早いか、リリアの全身を浮遊感が包む。それはシリウスの魔術によるものだと、すぐに理解できた。
――暖かい、ですわね。
身を包むその魔力は、暖かく、陽だまりのよう。眠りたくなるほどの心地良さを覚えてしまうが、すぐに意識を覚醒させて目の前のルアトに忠告する。
「ルアト様! お一人では危険ですわ! その方は不思議な斬撃を放ちますの! いったん距離を置いた方がいいですわよ!」
「……ご忠告ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。先ほども斬撃を貰いましたが、僕の脅威には到底なりませんでしたから」
そう言って振り返り笑う彼を、リリアは不安な瞳で見つめる。確かに先ほど、リリアの喉元目掛けて振るわれた斬撃はどこかへと消えていた。それをルアトが受けて、なおかつ傷らしい傷も負っていないのであれば、確かにこの不安は杞憂だろう。
だが理屈ではない。
戦う者を安心して送り出せるほど、まだリリアの心は成熟していない。
「案ずるな、リリア。ルアトは強い。あの程度の相手であれば、労なく勝てるだろう」
「……シリウス様」
「未だお主と余たちとの間に、明確な繋がりはない。何しろ出会ったばかりなのだからな。信じろと、そう言われても難しいだろう。だが――」
座り込むリリアに、シリウスの視線が注がれる。
その瞳は綺麗で。
一つの濁りもない、透き通った蒼だった。
「その眼で見ておいてほしい。彼奴がどういう存在なのか。余たちが、何者なのか。お主自身で、見極めるがよい」
「私、自身で……」
窮地を救ってくれた、シリウスたちには感謝している。だが、彼女たちにも打算があるのではないか。無償で人を助けたのだろうか。ひと段落したら、法外な金額を請求される可能性もある。
そう思考するものの、しかしすぐに首を横に振った。
見なくたってわかる。
これまでの彼らの言動、想い、それらに触れて、そんな浅い考えが浮かぶこと自体が間違っているだろう。
人の悪意は、小さい頃から見てきた。
だからこそわかる。
彼、彼女たちは――
「それならもう、わかりきってますのよ」
信用するのではない。
信頼していたい。
シリウスもシャーミアもルアトも、全員が彼女にとっての、希望の光となりえると。
そう、リリアは答えを出す。そうして改めて目の前の光景へと、目を向けることにするのだった。
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