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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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リリア②

 変な夢を見た。悲しくて、苦しくて、最悪な寝覚めの、夢。

 目を覚まし、窓の外を眺めても空は遠い。どころか星の一つさえ映してくれない。しかたないので、長い空色の髪を魔術でまとめながら、小さく欠伸を噛み殺す。

 せっかくだから、夜の散歩でもしよう。どうせ、しばらくは眠れそうにないのだから。


 リリア=アルデバランという少女は、幼くして親から様々な期待を求められていた。次世代を担う重要な役割を持ち、その力を存分に振るうように言われ続けてきて、多くの時間を割いてきた。

 彼女が生まれ育った聖都では、聖女崇拝が思想の根底にある。発展しているとは言えない都市ではあったものの、市民たちは不平不満もなく、聖女さえいればそれでいいという考えの持ち主が多数を占める。


 そんな場所だったからか、リリアはそれこそが日常であると思って過ごしていた。

 魔王が討たれ、街はより平和に彩られる。親が求める理想に近づくために、邁進し続ける。それでいいと、思っていた。

 しかし、現実は違った。


 魔王という脅威が去ったことで、人間たちの矛先は魔獣たちに向けられる。そして、その数も減らしてくると、今度は人同士で傷つけあうようになった。特に、リリアが住む環境ではよく醜い争いが目に付いた。

 次の権力者の椅子に自分で座れるように、様々な根回しや黒い噂を見聞きする。その光景にほとほと嫌気が差していた。何故人間たちは、仲良くすることができないのか。よくそんな疑問を抱いたものだ。


 この旅は、親から命じられて始めた旅だった。目標はある。だが、親から与えられたその目標もまた、理解し難いものだった。旅の中で、様々な人々と出会うだろう。そこでの出来事は、きっと疑問の解消に役立つかもしれない。そう思って、今は旅を続けている。

 どうすれば人々が争わずに済むのか。そんなくだらないことから目を背けさせるに、何かできることはないのか。その答えはしかし、未だに見つけられないでいる。


「よしっ、できましたわ」


 普段外出する際はもっと時間を掛けて髪を結ぶのだが、今は人目もない夜中。多少簡素でも怒られないだろう。

 リリアは普段着に着替えを済ませ、それから部屋を出た。彼女が泊まっているその場所は、タウリ村の村長が有する古い一軒家。他に誰も泊まっておらず、静寂な廊下を歩きながら玄関口を目指す。


「……? いま、何か声がしませんでしたこと?」


 明かり一つ灯っていない廊下を歩きながら、耳を澄ませる。来訪者も少ない村の夜に、騒ぐ人間などいない。そう思っていたが、どうやらやはり外から声が飛んでくる。

 それも聞き覚えのある声だ。


「村長様かしら」


 玄関扉を開けると、花の香りが鼻をくすぐった。気持ちの良い山風が、髪を撫でて過ぎていく。

 そして同時に、耳に届く声がクリアになった。


「こんなことをして、許されるとでも思ってるんですか!」

「交渉の余地もねえんだ。仕方がねえよな?」


 一人は村長であるメンカルのモノだ。そしてもう一人、彼と喋っているのは、確か昼間にいた男だろうか。

 名前は確か――


「ケイナズさん。悪いことは言いませんから、どうかお止めください」

「そいつは無理な相談だ。おいお前らいいぞ、やっちまえ」

「やめ――」


 直後。

 村長の声を遮るように爆音が響き渡った。それと同時に、馬鹿馬鹿しい下品な笑い声も上がる。

 急いで声の方向へ走った。その場所は意外にもすぐ近くで、目に飛び込んできた光景に思わず足を止めてしまった。

 松明が闇を照らす中、スコップやツルハシを持った男たちが花畑を荒らしている。墓があろうが、どれだけ綺麗に花が咲いていようが関係のない様子で、彼らは躊躇うことなく蛮行を繰り返す。


「――っ!! すぐに辞めさせてください!!」

「ああ、ああ、うるせえうるせえ。――ちょっと、黙ってろ」


 そんな人道的とは言えない行為を辞めさせるべく、村長が黒い眼鏡を掛けた男、ケイナズに詰め寄った。

 彼はそれを一瞥したかと思うと、左手をポケットから引き抜いた。


「――――――――っっ!?」


 瞬間、鮮血が飛び散った。鋭い斬撃が村長の体を袈裟斬りにしたのだと、そう認識した時にはその身が宙へと吹き飛ばされていた。


「村長様――っ」


 リリアの体は、自然と動いていた。全力疾走で村長の元へと駆け寄りながら、その手に杖を現出させる。

 ゆっくりと倒れる村長の体を、咄嗟に抱き留めたリリアは、すぐに回復魔術を施し始めた。

 とはいえ、それも一瞬のこと。緑色の光に包まれたかと思えば、村長が負っていた傷は一瞬で消えていた。


「あん? あんた昼間に伝説の剣のとこにいたヤツか。いや、そんなことより、今のは――」

「あなた方何をしていらっしゃるんですの!? どうして、こんな……っ」


 あまりにも軽く、壊れそうな村長を抱き締めながら、言葉を紡ごうとする。

 何故こんなことができる?

 どうして平気な顔で、傷つけるようなことができる?

 言葉に詰まったリリアに、ケイナズは呆れたような態度で応えた。


「俺たちはあくまでも紳士的に話し合おうとしたんだ。だが、この爺さんは聞く耳も持たねえ。だからちょっと実力行使に出ただけだ」

「嘘ばっかり! あなた方が無理やり、奪おうとしているだけですわ!」

「……」


 どれだけ叫んでもこの怒りが収まる気配はない。

 どれほどぶつけても、彼が改心する様子もない。

 それでも、リリアは感情をぶつける。それが自分自身の正義なのだから。

 だが――


「が――っ!?」


 地面を埋める花々が、深紅の血に染められる。

 遅れて、灼熱の痛みがリリアを襲った。そしてそのまま、バランスを崩しその場に倒れる。

 体を、柔らかい花が包み込み、甘い香りが鼻をくすぐった。


 力が入らない。視界に映るのは、風に揺れる花とそして、誰かの左腕。見覚えがあるそれを見て、そこでようやく、自分の腕が斬られたのだと、理解した。

 まるでまだ夢の中にいるようだ。あるいは、夢の中であった方が、マシだったかもしれない。


「うるせえんだよ。ちょっと黙ってろ」


 ケイナズの冷酷な声が落ちてきて、耳に入り込んでくる。こんなやつらの言うことを聞くために、この場にいるのか?

 もしそうだったなら、とんだ馬鹿者だ。いま、自分がここにいる理由は、そんな情けないものじゃないだろう。


「うるさい……、ですわよ――」


 痛みと眩暈で上手く立ち上がれない。片腕を失ったことで、バランス感覚が狂っている。

 それでも。

 リリアは信念と気力だけで、なんとか立ち上がる。

 そして視線をケイナズに据えたまま、杖を掴んだ右手を振るった。


「……やっぱりな」


 感心、あるいは納得したようなケイナズの耳障りな声が纏わりつく。そんなことは、関係ない。自分は今できることをやるだけだ。

 リリアが杖を振るうと同時、緑色の光が彼女の左腕を包んだ。そこには既に腕はなかったはずだが、その一瞬、緑の光が晴れると共に、瞬く間にリリアの腕は元に戻っていた。


「傷も何もかも、完全復活とは大したやつだ。それほどの回復魔術を持ってるやつは珍しい。……決めた。この村の魔道具と一緒に、あんたも連れて帰る」

「誰があなたの言いなりになんかなるもんですか!」

「口の減らねえガキだな」


 彼が指を弾くと、見えない速さで斬撃が飛んだ。それは真っ直ぐにリリアの両腕を切り裂いて、彼女自身を吹き飛ばす。


「――っ!!」

「どんな傷でも治せるなら、どんだけ壊してもいいってことだよな」


 倒れ伏すリリアに、一歩ケイナズが近づいた。

 どうして人間たちで争う必要があるのか。言葉を交わせるというのに。せっかく平和になったというのに。

 どうして、血が流れて、傷を負う人が生まれてしまうのか。


 自分のことは、どうだっていい。

 ただ歴史を紡いできたこの村が、無知な輩に蹂躙されているこの事実に、リリアは苦しみ、涙を流す。

 誰でもいいから。

 救ってください。

 祈る手を失ったリリアは、それでもそう祈りを捧げる。


「まずはそのうるせえ喉を切り裂いちまうか」


 祈りは、届かない。

 所詮自分は何もできない、小さな人間だった。そんな諦めが、彼女の瞳を閉ざしてしまう。

 やがてケイナズが指を弾く、その音を聞いた。

 ぱちん、と。軽い音が鳴り、やがて斬撃はリリアを切り裂くだろう。

 そう思い、身構える。


 しかし、どれだけ経っても、痛みが彼女を襲うことはない。恐る恐る、瞼を開く。

 そこには長い黒髪を縛っている、男の後ろ姿があった。

 見覚えのある恰好。それはつい先ほど、別れたばかりの青年の姿と、酷似している。


「――何もんだ? あんた」


 ケイナズのその問い掛けには、俄かに緊張感が帯びていた。リリアを庇うように立つその青年は、少しの間を置いた後に凍えるような声で言い放つ。


「生憎と、蛮族に名乗るような名前はありませんね」

お読みいただきありがとうございます!


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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


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