表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
175/262

タウリ村③

 戦塵が空を覆う。


 空に近いはずのこの山の中腹であっても、広がる青を見ることは叶わず、代わりに蔓延るのは赤い色。

 家々から火の手が上がる、紅。

 呻き声を上げながら苦しそうに這いずり回る、朱。

 地面を濡らすほどに、飛び散り広がっていく、赤、赤、赤。

 そこで繰り広げられる光景は、惨憺たるものだった。


 人々が死に物狂いで逃げ惑い、それを四足歩行の怪物が追いかけまわす。追いつかれた者はその爪と牙で体をズタズタに引き裂かれて、悲鳴すら上げることもできないでいた。

 人間に満ちた潮が、破裂するようにはじけ飛んで周囲に鮮血を撒き散らす。

 それが幾重にも多発し、最早生きている人間も数えるほど。その惨状は筆舌に尽くし難く、燃える大地を背景に、人間だったものは次々に姿を崩していく。


『……悪く思うなよ、ガキ』


 その戦禍の中、両足で佇む男が一人、視線を見下ろしていた。そこにいたのは、金髪の少女。彼女は可哀想なほどに震え、瞳に恐怖と絶望を滲ませている。

 剣と盾を携える男は、その毛並みを火に輝かせながら、鋭い目つきで少女を睨んだ。


『元はと言えば人間どもが悪ィんだよ。オレたちを騙して、追い出そうとしやがって。やっぱり、オマエたちは信用できねェ』

『……な、なんで――』

『あるヤツから言われたんだよ。この村で、付近の魔獣一掃を計画しているってな。言っとくが、これはオマエたちが始めた戦いだ。オレたちはただ、生きるために抵抗しただけだ』


 それは果たして、罪の告白か。自分たちは悪くない。自分たちは生きたいだけ。そう言っているように、感じられる。

 そうして苦しそう顔を歪める魔獣の男は、その剣を少女に向けた。


『ガキに恨みはねェが、復讐されても困るからな。悪ィが皆殺しだ』


 刹那。

 その剣が放つ斬撃が、少女の首を刎ねるべく、振るわれる。

 積み重ねられた紅い土に、また鮮やかな色彩が加えられる、と。少女も男も、そう思っていた。


 だが、結果は歪む。

 少女目掛けて滑る剣が、甲高い音と共に、割り込んできた何かに止められていた。


『――すまない。助けるのが、遅れてしまったな』


 疾風と共に姿を現したのは一人の老翁だった。肌を刻む皺は多く、銀色の髪は長く後ろで結わえられている。

 彼はその深紅の双眸を目の前の魔獣に向けながら、携えた杖で彼の剣を受け止めていた。


『銀の髪に深紅の眼……、それに、鳥の羽をあしらったその杖――、アンタまさか――』


 魔獣の男は、先ほどまでの表情を崩し、明らかに動揺した様子で剣を引く。脅えを孕んだ視線を向ける男に、老翁は渋い顔で返した。


『お前さんたちの不安もわかる。だが、こんなことをして何になる? 言葉を交わせるんだ。もっと理性的に生きたらどうだ』

『……ウェゼン。アンタにゃわかんねェよ。オレたちは常に弱者だ。上位者から搾取されるだけ搾取されて、泥水を啜る生活をしてきたオレたちの気持ちなんて、わかるわけねェ』

『だから殺すのか?』

『ああ、これは、オレたちが起こした戦いだからな』


 魔獣の男がいま一度距離を取って、腰を落とす。逃走のための姿勢ではない。

 それは抗うための、意思表示だった。


『死ね――っ』


 瞬間、魔獣の男の足元が爆発した。

 否、爆発したように、地面が捲れたのだ。それほどまでに力が込められた足で、老翁との距離を一瞬で詰める。

 防御の姿勢も間に合わない。振るう剣が、老翁の体を捉える。


『残念だ……』

『――っ!?』


 だが、老翁にそれが届くことは、なかった。

 彼の背後。その上空に多数の光球が現れたかと思うと、そこから無数の光線が降り注いだ。

 音もなく降る雨に、地面が轟音と共に削れていく。

 大地は抉れ、空気は裂かれ、土煙が舞う中。

 魔獣の男は空を見上げるように、倒れ伏していた。


『が――、』


 その体は穿たれ、血溜まりに沈んでいる。両腕、両足は既にない。本来なら即死であろう状態の中、掠れた声が喉から絞り出される。


『……報いだ、な』

『……すまない』

『謝るんじゃねェ、よ……。悪ィのは、ただ一人だ』


 溺れたように、血が口から溢れ出る。小さく、弱々しかった眼の光は、それから間もなくして薄くぼやけて。

 やがてその瞳には、何も映らなくなった。


『お前さんの意思は確かに届いたぞ』


 そう苦しみながら言葉を唱えると、老翁は杖を天に掲げる。


全空照らす(ヘイリアル)未来の恩恵(=グロウクス)


 彼がそう告げると、天を覆っていた分厚い戦塵が瞬時に晴れた。突如として発現した異常に、暴れていた魔獣たちはその動きを止め、空を仰ぐ。


『聞け! 聡明な魔獣たちよ!』


 杖を打ち付け地面を鳴らすと、老翁の声が空間に響き渡る。

 決して大きいとは言えない声音だったが、戦禍が緩んだ今であれば、この村全域に届かせるには十分だった。


『お前さんたちの頭は討たれた! よって、これ以上の戦いは無益だろう! ここは大人しく引いて、以後人間たちを襲わないことを約束してほしい!』


 それは人間のための言葉。人語を解さない魔獣相手には通じないはずだ。

 しかしそれでも、四足の魔獣は頭を垂れて、老翁の言葉に平伏すように戦いの意思を消した。それから魔獣たちは大人しく歩み始め、やがて全員がその村から去っていった。

 残されたのは老翁と少女。それから傷を負った村人数人。

 静寂がその場を支配する空間で、老翁が未だ脅える少女に手を差し出す。


『怖がらせてすまない。これで魔獣の脅威は去った。……お前さん、名前は何という?』


 困惑と、憔悴。大事な人たちをたった今失ったであろう少女は震える手で、彼の手を掴む。


『……ミラ=アステイル』


 涙で掠れた声で、金髪の少女はそう告げたのだった。

お読みいただきありがとうございます!


「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ