リリア
空が暗んできた。生憎、月の明かりを閉ざすような分厚い雲が天を覆っているせいで、美しい夜の到来を眺めることはできなさそうだったが。
「……ついていかなくて、良かったのですか?」
今にも雨が降りそうな空の下、上を見上げていたリリアに、柔らかい声が届く。
「――私、そこまでワガママなレディではありませんでしてよ」
視線を下げると、焚火に火をくべる村長が映る。炎は盛んに燃えていて、時折、薪が爆ぜる音が閑静な村に響いた。
村長は焚火にくべられた薪の位置を調整しながら、赤く照らされた顔に、皺を刻んで笑う。
「そうでしたか」
「ええ。ですので、全然寂しくなんてないんですから。ご心配なさらなくても結構ですわ」
「失礼しました。てっきり、先ほどからどこか浮ついた様子でしたので、別れたくなかったのかと」
「……っ、全然、そんなことありませんわよ!」
「はは、そういうことにしておきましょう」
彼が笑うと、焚火もまた勢いが増したように火の手を上げる。その姿を見て、リリアは溜息を一つ。
本当は、あの紅蓮の少女の旅に同行したかった。しかし彼女と自分とでは接点がない。そんな自分が、彼女と旅を共にする理由は?
いくら考えても、思いつくことはなかった。
「村長様」
「なんでしょう」
「この村には、他に人はいらっしゃいますの?」
村に着いてからというもの、他に住民を見かけていない。村長一人で旅人をもてなしている。
ここは勇者の始まりとなった村。そんな伝統のある場所に、彼一人なはずがない、と。そう思って聞いてみたのだが、村長は苦い顔をして首を振った。
「いませんよ。このタウリ村には、わたし一人しか、住んでいません」
「……それは、皆様ここをお離れになったということですの?」
街に憧れて、生まれ育った場所から旅立つというのはよくある話だと聞いたことがある。特に、街からもそれほど近くはないこの村から、出たいと思う人はいるだろう。
しかし、それにも村長は首を振ってしまう。
「この村にいた大半は、先に逝ってしまいました。残されたのは、数人の村人たちと、それから孫娘だけでして」
「……その方々は、どちらへ?」
あまり踏み込んで聞く内容でもないと、そう思うものの暗い空間の中、揺れる炎を見ているとつい口元が緩んでしまっていた。
そのことに、村長も嫌な顔一つしない。薪をいじりながら、質問に応じてくれる。
「ほとんど、旅立ってしまいました。孫娘も、勇者を目指すと言って、この村を離れ、残ったのはわたしだけです」
「そう、でしたの……」
やはり聞くべきではなかった。表情を曇らせるリリア。そんな彼女とは対照的に、村長が明るく笑った。
「あなたが悲しむ必要なんてありませんよ。こうしてわたしは生きていますし、孫娘だってきっと元気でやっていることでしょう」
「……でも――」
生まれ育ったこの場所で、たった一人。
寂しくはないのか。
虚しくはないのか。
そんなお節介な想いが溢れて、表情に出てしまう。
「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」
村長の視線が、僅かに逸れる。その先には、風に揺れる無数の花々。
そして、名前が刻まれた墓が、並んでいるだろう。
「わたしは一人ではありませんから。墓を刻み、花を添え、日々祈りを捧げる。そうして、皆さまが眠っているこの場所を弔うこと。それこそが、わたしの生きる意味でもあります」
ほのかな光に照らされて、穏やかな表情を浮かべる村長に、リリアの胸中にほろ苦いものが溢れた。
そう、きっとこの村は。
村長にとって、とても大切な村なのだ。
「リリアさんは、どうして旅を?」
「え、私は――」
何故。
そう尋ねられて、即答できない。
迷うリリアに、村長は優しい瞳を向けていた。
「焦る必要は、決してありませんよ。それを見つけることもまた、旅の醍醐味でしょうから」
「……」
その声に、背中を押されたような気がした。今すぐにでも、何かをしたい衝動に駆られる。しかし現状、どこにも行けないし、行動できない。
だから、リリアは声を上げた。
「――あの、私、もっとこの村のことを知りたくなりましたわ」
「はは、大した歴史もありませんよ?」
「……いえ。きっと、私にとっても、大切なことな気がしますの。だから、村長様さえ良ければ、教えてくださりませんこと?」
真っ直ぐに、その瞳を見つめる。間で炎が揺らめいて、火の粉を飛ばす。それは夜の闇に呑まれて、儚く消えていった。
「いいですよ。夜更かししない程度には、お話しいたしましょう」
そうして、村長は話し始める。
くべられた薪がその仕事を終えて火の勢いが衰えるまで、しばらくリリアはこの村の歴史について、耳を傾けていたのだった。
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