タウリ村②
「何なんですの!? あの不愉快な連中は!?」
オレンジ色に焼けた空が眩しく光り、雲の衣を纏う頃、そんなリリアの怒声が響き渡る。
伝説の剣が飾られている場所から、シリウスたちは村の中心に戻っていた。中心、と言っても家が数件あるだけで、人の気配もない。
活気のない村の中、彼女は感情を爆発させながら先頭を進んでいた。
「すみませんね。彼らは数日前ここに訪れた、魔術都市の人間だそうです。特にあの黒い眼鏡の男は、名をケイナズというらしく、見た通り危険な人物です。彼はここにある魔道具を欲しているようでして、荒事も辞さないと、日々脅されているんですよ」
「どうしてそんなに平気な風ですの!? もっと抵抗しなさいな!」
まるで自分のことであるかのように、激昂するリリア。それが彼女の性格なのだろう。不当な暴力や理不尽な圧力を嫌い、そしてそれを口に出すことができる清廉な人間だ。
それに同調するようにシャーミアも頷いた。
「……確かにアイツらムカつくけど、なんでアンタは大人しくしてたわけ?」
視線は、そのまま隣を歩くシリウスへと向けられる。その瞳をちらりと横目で見て、それから大げさに溜息を吐いてみせた。
「お主、まるで余が素行の悪い者全員に噛みつく犬か何かかと思っておらぬか?」
「違わないでしょ? アンタ、ああいうの嫌いそうだし」
あたしも嫌いだけど、と彼女はそう付け加えた。
確かに好きか嫌いかで分類するならば、間違いなく好まない。横暴で、身勝手な存在は勇者たちだけで十分だ。
だが、それもまた人間たちの特性であることを、シリウスは理解している。だからこそ、手当たり次第に咎めるようなことはしない。
「余は正義の味方ではない。そんな高尚な存在であれば、今頃もっと人を救っておるだろう。自分勝手な旅路にお主を伴わせることもなかったはずだ。余はどちらかと言えば、彼奴らと同じ側の存在だ」
復讐を誓い、師の弔いにシャーミアを旅に連れ出した。そして世界で生きている人々の生活を歪めてまで、勇者殺しを遂行している。そんな存在が、手前勝手な正義を振るうなど笑い話だ。
「それに、彼奴らはまだ村長と対話しようとしておった。手段は荒っぽいがな。余が介入をするのは、どうしようもなくなった時だけだ」
そう言って、風が吹く中を歩いていく。シャーミアはそれに対して何か言いたそうにしていたものの、諦めたように肩を落とした。
「はいはい、アンタはそう言うやつだったわね。それで? これからどうするつもりなのよ」
「目的のモノは拝見できましたからね。僕はシリウス様の決定に従いますよ」
二人の言葉に空を仰ぐ。花弁が散り、夕空に蔓延って舞う。気がつけば天が纏う雲はその数を増していて、暗雲を覆い始めていた。
「……この村を去る。長時間の滞在はここに迷惑を被らせてしまうからな」
今こうしている間にも勇者たちが放った追っ手が来てもおかしくはない。一定距離の探知は可能だが、広範囲の魔術による攻撃や戦いに無関係な人々を巻き込んでしまう恐れがある。
できるだけ関係者は少ない方がいい。シリウスはそう判断し口にした。
「そんな……っ! もう陽が沈むのに、山道を歩くのは危険ですわよ!」
「問題ない。少し離れた場所に開けた岩場があるだろう。今晩はそこで野宿をするつもりだ」
「私野宿はあまり好きではありませんでしてよ」
「誰がお主を連れていくと言った。大人しくこの村で一夜を明かすとよい」
「そんなあ……」
見るからに元気をなくすリリアから視線を外し、村長へと移す。
「世話になった。どうかこの先も、息災でな」
「とんでもございません。若い方たちに来ていただけて、嬉しい限りです。皆さまの旅が、無事に目的地へと辿り着けるよう、祈っていますよ」
その笑顔に送り出されるように、シリウスたちは村を出立する。風に押されて、その足は自然と前へ進んでいた。
「せっかくだから、泊っていけば良かったじゃない」
しばらく歩いた後、シャーミアがそう口火を切った。
辺り一帯に咲いていた花々はすっかりなくなり、周囲は彩りもない岩石地帯に差し掛かっていた。
鉛雲が空を蓋しているせいか、すでに暗がりが形成されて、これ以上前に進むのも灯りが必要なほど。
もう十分すぎるほどにタウリ村との距離は離れ、ここで留まる分には、別に周囲に被害は及ばないだろう。
「なんだ? シャーミア、お主も野宿は嫌か?」
「別にイヤじゃないんだけど、一晩ぐらいあの村にいても良かったんじゃないの?」
その疑問に、焚き木を集めていたルアトが身を屈めながら答える。
「シリウス様は周りを巻き込みたくないだけですよ。それだけお優しく慈悲深いお方です。それに、あの場には他にお客様もいらっしゃいましたから」
「他のお客って……、あのケイナズってやつとかのこと?」
小さな村だ。他に思い当たる人物もいなかったのだろう。シャーミアの声に、シリウスは指先に火を灯しながら答える。
「そうだな。加えて、リリアも余たちとは無関係な人間だろう。彼奴は良い奴だと思うが、だからこそ余と関わるべきではない」
初めこそ怪しい人物という評価ではあったが、少し過ごしただけでわかる。彼女は善人だ。
放つ神聖な雰囲気も、言動も、リリアという人間の心が清らかであることを物語っていた。
「せっかくいい仲間ができると思ったのに……」
「なんだ!? 誰だシャーミアを泣かせたやつは!」
夜の闇が焚火に払われる。そんな中、静寂を打ち破るほどの騒がしい声の主が、シャーミアの胸元から現れた。
「ちょっとヌイ! 別に泣いてないでしょ!?」
「む、そうなのか? まあよい! 今日の夕餉はなんだ?」
小さな体をふわりと浮かせ、キラキラとした瞳を瞬かせるヌイに、シリウスは冷めた瞳をぶつける。
「悪いがお主に食わせる食材はない」
「なんだと!? 本体の分際で偉そうだな!? 余はこれを楽しみにしておるというのに!」
そんな荒ぶるヌイをルアトは宥めて、シャーミアは呆れ果てながらも抱き寄せた。
そうして賑やかに夜は更けていく。
空を覆う曇天は未だ晴れない。
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