晴天、花舞う山の中腹で
「シリウス様に、シャーミア様、それとルアト様ですわね! よろしくお願いいたしますわ」
にこやかにそう微笑むリリアは一人ひとりに視線を合わせて、楽しそうな表情を浮かべた。
倒れていた彼女のことを、初めは勇者が送り込んだ刺客か何かかと警戒をしていたシリウスだったが、そのあまりの邪気のなさと纏う神秘な雰囲気に、当初ほどの警戒心はなくなっていた。
しかし完全に信用するわけにはいかない。慎重に言葉を選んでいると、先に彼女の方から声が飛んできた。
「お声を掛けてくださって助かりましたわ! あのまま寝ていたら動物様たちのご飯になるところでしたもの」
「本当にびっくりしたんだけど、まあ元気そうで良かったわ……」
シャーミアが疲れた様子でそう言うと、彼女は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「勘違いさせてごめんなさいませ。……それで、皆さまこちらへはどのようなご用事でいらっしゃったんですか?」
「海運都市アイクティエスに向かう道すがら、余たちはこの先にある始まりの村を見たくてな。リリアと言ったか、そういうお主は何故ここにおる?」
花弁が風に舞う、道すがら。歩きながら彼女に問いかけた。
疑念からの質問だったが、対するリリアはそれに不愉快を感じた様子もなく、申し訳なさそうな顔を見せる。
「実は道に迷ってしまっておりましたの。海運都市アイクティエスに向かおうと思っていたのですが、あれよあれよと獣道。気がつけばあの場で疲れ果てて、眠ってしまったんですのよ。私少しばかり方向音痴なところがありまして」
「方向音痴とかいうレベルじゃない気がするんだけど……」
彼女がどこからやって来たのかは知らないが、アイクティエスへ辿り着くのに基本的には迷うような分かれ道はないはずだ。にもかかわらず真逆に山を登っている彼女は、何か別の意図があるのか、あるいは本当に重度の方向音痴なのか。
呆れ果てるシャーミアに、けれどリリアは晴れたように笑う。
「ですから、あなた方に出会えてラッキーでしたの! 私一人でしたら、あの場で飢え死にしておりましたから」
「大げさじゃありませんか?」
「いえ! これは最早運命ですわ! ちょうど、アイクティエスへと向かう方々と出会えるだなんて! もしよろしければ、同行させていただいてもよろしくて?」
キラキラと目を輝かせる彼女視線から逃げるように、ルアトがシリウスへと顔を向ける。
その様子に溜息を吐くと、首を静かに横に振った。
「駄目だ。道案内程度ならばよいが、同行までするとなると話が変わる」
「……そうですか。わかりましたわ!」
意外にも、その言葉で身を引いたリリアが見せる寂しそうな顔に良心が痛む。彼女がいくら身元不詳の人間だとしても、人助けに繋がる行いには抵抗はない。
目的地は同じ。どうせ同じ道を通る。
ただ、数日前ならばいざ知らず、今のシリウスと関わりを持つことは、意図せぬ危険に彼女を曝す可能性があったのだ。
「今の余たちには、なるべく関わらぬ方が身のためだからな」
言葉はそよ風に乗って、流れていく。
シャーミアもルアトも、それにただ黙って応える。そして、リリアは眉を顰めて、しかしすぐに明るく振る舞った。
「それでも、私はあなた方と仲良くしたいと思っていますの」
真っ直ぐに、揺らぐことのない視線を、静かに受け止める。
彼女の意図は図れない。何か思惑があるのかもしれない。いや、十中八九あると言えるだろう。
だが、リリアからは勇者から感じるような不快さは感じない。比較対象がおかしいだけかもしれなかったが、少なくともシリウスは彼女は善人寄りの人間だと、そう解釈している。
「……友好的なのは嬉しい限りだが、一方的に言い寄られても困るな」
「あっ、そうですわよね! 私ったらついはしゃいでしまいましたわ。ごめんなさいませ」
そう謝罪をしたかと思えば、彼女は手を虚空へと伸ばした。
するとすぐに、何もない虚空から一本の杖が現れる。草の蔓を編んだかのような造りで、先端には手のひらほどの輪がついていた。リリアはそれを握ると、自分の胸元へと寄せる。
「改めて私のことをお伝えいたしますわね。出身は聖都。年齢は十五歳。得意なことは回復魔術ですの」
「……回復魔術が得意とは、珍しいな」
歩きながら自慢げに杖を抱くリリアを見やりそう言うと、シャーミアが小首を傾げた。
「そうなの? おじいちゃんもシリウスも使ってるから、てっきり普通のことかと思ったけど」
「まあ! シリウス様も回復魔術を扱えますの!?」
リリアが嬉しそうに声を上げるが、そんなに期待の込めた眼差しをされても困る。というか、ウェゼンはシャーミアに何を教育していたのか。
「よいか? 一般的に魔術とは自らの内に眠る、生命エネルギー、つまり魔力を吐き出す行為だ。水をイメージすればわかりやすいか」
シリウスが手のひらを差し出すと、その上に球体状の水の塊が生まれた。
「これが生命エネルギー、魔力だとする。制御せずこれをそのままぶつけることもできるが、しかし魔力を扱える者たちは皆、それをさらに有効活用しようと努力した。それが、詠唱と魔術陣だ」
言いながら、手のひらに浮かぶ水に、様々な魔術陣を付け足していく。緑色の四角いものであったり、紫色の丸いものであったり、小さな魔術陣が、次々と付与される。
「魔術陣や詠唱により、意味をもたらされた魔力は、時に破壊の雷となり時に全てを燃やす炎となる。意味をもたせるのだ。そうして魔術は魔術として行使されるのだ」
「それじゃあ回復魔術もそうなの?」
「回復魔術はまた別でな。あれらには詠唱も魔術陣も存在しない。純粋に魔力として使用することで、回復を図るものだ。その魔力の質によって、回復結果は変わる。荒々しい魔力であれば回復には向かず、陽だまりのような魔力の持ち主であればその回復魔術は随一のものとなるだろう。向き不向きがあるということだ」
シリウスが手を振ると、浮かぶ水をさらに上空へと飛び上がり、それはやがて霧散。宙に輝く水滴へと姿を変えた。
「それでは、シリウス様も才能があったということでしょうか?」
ルアトがそう尋ねてくるものの、静かに首を振って否定する。
「才能、と。そう言うことは簡単だが、扱えるようになるには相応の努力が必要だった。自身の魔力を磨き上げ、澱みないものとするため研磨する。そうすることで初めて、余は回復魔術を行使できる」
初めから回復魔術を使用できない者が、その魔術を会得するには最低でも四十年は掛かると言われている。それも、極めて初歩的な回復魔術でしか、出力できない。シリウスやウェゼンといった魔力の扱いに長けた者であれば結果は違うが、それでも攻撃魔術の行使よりも時間が掛かることに変わりはない。
「つまり、回復魔術は才能持つ者か、あるいは相当に修練を積んだ者しか扱えぬということ。故に珍しい、と。そう意図しての発言だ」
そう締め括るとすぐそばで拍手が鳴り響いた。音の出所は見るまでもない。リリアはひとしきり拍手を堪能した後、尊敬の眼差しをこちらへと向ける。
「シリウス様すごいですわ! 魔術に対しての知見が高いんですのね! お若いのに聡明ですわ」
「いや、これも師の受け売りでな。余はそれをそのまま伝えただけだ。回復魔術師はそれだけ貴重な人材だという話なのだが、聖都出身というのであれば納得もいく」
「……博識ですのね」
「これでもこの中では最年長でな。魔術の歴史であれば諳んじることができる。……だが、今はその話をする時ではないな」
花畑の中を進んでいくと、さらに開けた場所が眼前に広がった。
今いる場所から少し下った先にあるのは、無数の花々。代わり映えのしない色とりどりが大地に揺れる中。
立ち並んでいたのは、数多くの無機質な石碑だった。
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