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魔王の娘  作者: 秋草
第2.5章 眠る星々と命脈のプリズム
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魔王一行と始まりの村

 サンロキアから海運都市アイクティエスへと伸びている街道は一つ。起伏も少なく、整備された大街道が森林を貫いており、その通りに沿うように村々や小さな町が幾つもある。

 そのせいか夜間であっても人通りは多く、街道を行き交うのは商人や旅人、傭兵がほとんど。昼間は馬車が往来し、所々に露店や宿場町も点在しているところを見るに、本当に通行人が絶えないらしい。


「さすがは、経済の大動脈だな。想定しておったよりも、人が多かった」


 シリウスたちも昼間はその光景に驚きつつ目的地を目指していたが、翌日ともなるとその大街道を避けて移動するようになった。

 理由は単純。

 シリウスは勇者を殺した大罪人だ。例えその事実を知る人間が少なかったとしても、そんな人間が人通りの多い場所で姿を晒すわけにはいかない。


「だからって、こんな山道歩かなくてもいいんじゃない!?」


 シャーミアのそんな悲痛な声がこだました。

 彼女たちが歩いているそこは道なき道。木を渡っていかなければとてもではないが登れない斜面の山を、突き進んでいた。


「仕方ないでしょう。シリウス様を狙う追っ手がどこにいるかもわからないんですから」

「それにしてもよ! せめてちゃんとした道を通りたいんだけど!? そもそもここ道ですらないし!」

「あれこれ文句が多いですね……。おんぶしてあげましょうか?」

「それだけは絶っ対にイヤ! それされるぐらいならこの山を登るわよ!」

「ぜひそうしてください」


 最早慣れてしまったシャーミアとルアトの口喧嘩に、シリウスは溜息と共に崖と木の間を駆ける。二人にはもっと仲良くしてほしいわけだが、絶望的に馬が合わないらしい。

 不機嫌ながらも着いてきてくれるシャーミアに、宥める調子で声を掛ける。


「すまぬが、アイクティエスに訪れる前に寄りたい場所があってな。今はそこへ向かっておる」

「それってこんな行き方でしか行けないの?」

「いや、これは人混みを避けるための行程だ。だが同時に、その場所への近道でもある。地図にそう書いておった」


 斜面を登り、時には枝と枝の間を飛び移りながら交わす会話に、シャーミアが眉を顰めた。


「今後アンタに道案内は頼まないから……。それで、そこまでして行きたいその場所って?」


 その当然の疑問に、シリウスは少しの間を置いて、やがて口を開く。


「――始まりの勇者がかつて生まれたという、小さな村だ」

「始まりの勇者……?」

「さあ、もう着くぞ」


 枝を踏むたびに、足元から折れそうな不穏な音が鳴り、静かな森に異音として響き渡る。それを数回刻んだ後、辿り着いたその場所は木々すらない、開けた空間だった。


「綺麗な場所……」


 シャーミアの声が、ぽつりと零れた。

 そこは山の中腹に位置する場所。しかし急な斜面も、鬱陶しいほど視界を遮る木の乱立も、そこにはなかった。

 あるのは、色とりどりの花々。太陽の日差しを一身に受けるそれらは、時折吹く優しい風に揺れ、まるで喜んでいるかのように映る。


「ここがその村なの?」


 広がる花畑に、随分と機嫌を取り戻した様子のシャーミアが、元気よく尋ねてくる。

 ルアトもまた、この光景に見惚れているようで、風で舞い上がる花々に表情を和らげていた。


「いや、ここはそこに至るための通り道だ。だが、ここからすぐ近くに、その村はある」


 終わりの見えない花畑を歩きながら、三人は道を辿る。

 当然、村へと至る道はある。そして町へと降りるための道も。だが、大街道に比べてそこには他の人影もなく、静かだ。

 空は澄み、陽射しは柔らかく暖かい。風は心地良く、花々が咲き乱れている。

 平穏そのものと呼べる空間が、そこには形成されていた。

 そんな中を、先ほどまでの疲弊はどこへやら、上機嫌にシャーミアは先頭を切って歩いていく。


「……どうしてシリウス様はその村へと行きたいんですか?」


 ふと、ルアトがそう尋ねてくる。純粋な疑問、といった風に無邪気にそう問う彼に、シリウスは小首を傾げた。


「お主は気にならぬのか? 勇者となった者、その始まりが」

「気にはなりますが、そこまでの熱情を注げるかと言われると……」

「ふむ……、まあそうか」


 顎に手を充て、考える素振りを見せる。しかし、シリウスの中で既に答えは決まっていた。


「余は知りたいのだ。勇者がどうして、魔獣と相対することになったのか」


 勇者も人間だ。それなのに、魔獣に対しての敵意が強いと、そう感じる。

 あるいはそれは、勇者に限った話ではないのかもしれなかったが。


「ちょっと!? 大丈夫――!?」


 そんな会話をしていると、前方からシャーミアの焦った声が飛び込んできた。

 それはシリウスたちへ向けられたモノではない。誰か他に、その言葉を浴びせるべき人間がいるようだった。


「どうしましたか? シャーミア――」


 ルアトと共に駆け寄り、そしてシャーミアの驚嘆に納得する。

 人がようやく一人通れるほどの、花畑の間に設けられた道の真ん中。草が茂るその場所に、うつ伏せで倒れる女性の姿が、そこにはあった、

 と言っても、シリウスは彼女の存在を認識していた。この花畑に着いた時から、特異星《気心閲栓(オクニリア)》によって一定距離の魔力を感知できる。倒れている彼女のことには気がついていたが、まさか伏せているとは思わなかった。


「ねえ、アンタ大丈夫!?」


 シャーミアがうつ伏せの女性の体を揺らして意識を確認する。魔力が発せられていることから、目の前の女性はまだ生きている。だが、もしかしたら気を失っているのかもしれない、と。シリウスがそう思い至ったところで、その身が勢いよく起き上がった。


「はっ――!!? 寝ていましたわ!?」


 甲高く、しかし不快には一切感じないほどの美しい声が発せられ、その場の三人は思わず言葉を失っていた。

 その声はまるで、弦楽器のように繊細で、だがどこか力強い。

 アンバランスながら、そこに対しての不安感は一切ない、それほどまでに調和の取れた声音だった。

 容姿もそれに劣らず整っている。編み込まれた淡い空色の髪は後ろでまとめられて、それでも美しく手入れされた両鬢が長く下りていて、その容姿に一層淑やかさを足していた。


「あら? あなた方は――」


 見た目は若く、少女然とした女性が上品な口調で三人を見やり、そしてシリウスを見て言葉を止めた。


「……どうかしたか?」

「いえ! なんでもありませんわ! お綺麗な方々が揃っていて少し驚いてしまいましたの」


 そう言って女性が勢いよく首を横に振ると、揺れる髪が太陽の光に反射し、キラキラと虹色に輝いたように見えた。


「初めまして。(わたくし)、リリアと申しますの。気軽にリリア、とそう呼んでくださいまし」


 優雅に頭を下げるその仕草もまた、彼女を清廉な存在へと昇華させる。

 そして顔を上げた女性はふわりと、優しい微笑を湛えているのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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