リオレ皇国
リオレ皇国は古くから闘争によって領土を拡大してきた国だった。最も強く最も残忍。その教えの元、世界一の国土を有する国となった。
しかしそれも昔の話。民も多くなり、平和となったこの世界で、その思想が残ることはなかった。
ただそれはあくまでも、リオレ皇国に住む平民の中でだけの話だったが。
現皇帝は強硬主義であった前皇帝の息子が務めている。その意志を継いだ皇帝は今なお強引な手段を取ることが多く、それに流されるように貴族含む権力者もまた、力と金で全てを解決するような人間たちで構成されていた。
それを、勇者レガルスは享受していた。この国の体制は生まれた時から変わっていない。力こそが正義であり、弱者こそが罪なのだ。世間の風潮に流されるように、民たちの思想が変わったのは良いことだが、上層部が変わらなければ何も意味はないだろう。
だが、レガルスが自ら立ち上がり、貴族たちの考えを改めさせようとは思わない。
何故弱者と言葉を交える必要がある?
何故強者が手を差し伸べなければならない?
そんな思考が根底に付き纏う。
彼もまた、強さに魅入られている者の一人だった。
「――よく戻った、レガルスよ。長旅ご苦労だったな」
「吾輩にはもったいない、有難きお言葉。今後とも、皇帝の手となり盾となれば、これほどの幸福はありません」
そこは豪奢な空間だった。黄金や宝石を散りばめたような広い部屋。赤い絨毯が入口から伸びておりその最奥に、背の高い椅子が設けられていた。そして、そこに座る王冠を被った若い男が、跪く男を一瞥して頷く。
「うむ。魔獣狩りの戦果は十分だと報告で聞いている。後ほど褒章をやろう。今は旅の疲れを癒すがいい」
「皇帝が望むことこそ、吾輩たちの誉。それこそが何よりの褒美でございます」
その言葉にもう一度、椅子に座る男が首肯すると、跪いた男は洗練された仕草で立ち上がった。
身を正した彼の体躯はまるで巌のようだった。極限にまで鍛え抜かれた肉体はその場全体を支配するほどの威圧感を放っている。
「それでは、これにて吾輩は戻らせていただきます」
「うむ、大義であった。下がれ」
頭を下げて、身を翻す。余計な言葉すら発せられない雰囲気の中、開かれた扉を抜けて、男はその部屋を後にした。
「レガルスさん、お疲れ様です」
「大変でしたでしょう」
そんな男、レガルスを待っていたかのように、二人の男が彼に駆け寄り、労いの声を掛ける。
「ああ、まったく気が休まらない場所だ。ああいう場所はどうにも苦手だな」
「我々は入ることすら叶いませんから空気のほどは知れませんが、毎回騎士団長であるレガルスさんが疲弊した顔で出てくるので、相当疲れる場所だということはわかります」
二人の男の内、眼鏡を掛けた青年の言葉に、ニヤリとレガルスは笑う。やはり騎士団の連中と話す方がいい。取り繕う必要もなく、慕ってくれる彼らに張っていたレガルスの緊張は徐々に解れていった。
「そうです! この後行きつけの店で一杯やるのはどうですかね!」
隣を歩くもう一人の若い男が、そう元気よく提案してくる。それに対して眼鏡を掛けた青年が溜息と共にそれを窘めた。
「レガルスさんは疲れてるんですよ? 一刻も早く身を休めた方がいいでしょう」
「……いや、悪くない提案だ。団の奴らを連れて、呑もうじゃないか」
やった! と若い男が元気よく駆け出した。
「それじゃ、俺は他の団のやつらに言ってきます!」
「あ! 私も行きます! それではレガルスさん、また後でお会いしましょう!」
そう言って、二人ともレガルスの元から走り去ってしまった。その光景を眺め終えたレガルスは、その場で一人佇む。
そこは赤い絨毯が敷かれた豪奢な廊下。ただの廊下ではあるものの、そこが王が住む城であることを主張するかのように並べられた絵画やランプには、荘厳さが顕れている。
レガルスの他には誰もいない。ただの廊下だ。巡回の騎士が通りすぎるぐらいで、人通りが多い場所ではない。
「……人は払った。用件は手短に済ませろ」
臓腑に響くような、鋭く重い声を吐き出したレガルスに応える声はいない。その場には誰もいないのだから当然だろう。
そのはず、だった。
「初めまして、『王の勇者』。わざわざ人払いなんて、律儀ね」
どこからともなく、女性の声が響いた。振り返れば、誰もいなかったはずのその空間には、二人の女性がいた。
一人は背が高く、口元まで隠すようなロングコートに身を包んでいる。そしてもう一人、妖艶な雰囲気を放つ、艶やかなドレスに身を包んだ女性。
彼女は愉しそうな表情で、宙に浮かびながらレガルスへと視線を流す。
「ボクは魔王臨在学会所属、第一席のアルメリィナ。今日は勇者と交渉がしたくてここに来たの」
「……交渉、だと?」
「そう。エリオ、アレ出して」
アルメリィナと名乗った女性がそう促すと、隣に佇む彼女が手のひらを上向きにして差し出す。
何かを乗せるような仕草だ、と。警戒していたのも僅かな時間。
瞬きする間もなく、彼女のその手に、それは現れた。
「――っ!? それは――」
瞬間、全身が沸騰したように熱くなる。それまで働いていたはずの思考は霧散し、熱に浮かされたように現実が浮いて見える。
そこに出現したのは、生首だった。それも、見ず知らずの人間のものではない。
騎士団長であるレガルスの部下の首が、そこにあった。
「キミさあ、シリウス様を殺すために、部隊を送り込んだわよね? こんなのあの方の敵じゃないのは知ってるけど、それでも見過ごすわけにはいかなかったから、ちょっと壊滅させたわ」
「――――!!」
自然と、体が動いていた。突風が廊下に吹き荒れたかと思えば、斬撃がレガルスの周囲を切り刻む。
「さすが白兵戦最強の勇者、早いわね」
それでも、二人の女性には傷一つついていない。浮いた状態のまま、クスリと笑うアルメリィナを睨むものの、彼女の表情に変化はない。
「でも残念。あなたの斬撃がボクたちに届くことはないわ。いつものように、力で覆ることはないの」
妖しい声が紡がれる間にも、レガルスの警戒が緩むことはない。それを知った上で、アルメリィナは言葉を続ける。
「それに、殺したのはこの一人だけよ。あの場で待機させていた他の人間たちは、全員生きているわ。……今のところは、だけど」
「――何が目的だ」
相手の言葉がどこまで本気なのかはわからない。よって、自分の要求だけをぶつける。いつまでも敵のペースに乗せられたままでいるわけにはいかなかった。
「それじゃあ、交渉の時間ね。今から話すのは未来のこと。今後、世界の行く末についての話し合いよ」
未だ途切れることのない、彼女たちから放たれるのは悪意のある魔力。二人がその気になれば、恐らくこの城にまで影響が及んでしまうだろう。
今はただ、相手の言葉を聞いた方が賢明のようだった。
殺意を込めた瞳で、アルメリィナを睨むと、彼女は眩しいほどに純粋な眼で返す。
そして、次に届いたその言葉に、思わず耳を疑った。
「――ボクたちと手を組もう、勇者連合軍。ボクたちのため、キミたちのため、そしてこの世界のために、ね」
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