人も魔獣も眠りにつく頃
「本当にこんな別れ方で良かったのですか?」
隣を歩くルアトがそう尋ねてくる。
街から伸びる街道は、夜だからか当然人気はない。灯りが道を示してくれることもなく、シリウスの光の魔術によってようやく、夜の闇は拭われていた。
歩きながら、シリウスは遠くを見る。
ぼんやりと空に映るのはいくつもの星々。天蓋にあるそれらは、何も言わずにただそこで輝きを放ち続けている。
「この街で余の存在は異物でしかない。寧ろ、きちんと別れを済ませられた方だろう」
「そうね。ダクエルさんにも家を出る時にお別れ言えたし、あんまり派手に送り出されるのも、性に合わないんじゃない?」
シャーミアが言いながら振り返って、街の方を見やった。少しだけ寂しそうにする彼女は、しかしすぐに前を向いて、言葉を続ける。
「それにしても、アンタからすぐ街を出るって聞いた時はびっくりしたんだけど。何があったの?」
「そうですね。とりあえず街を出る準備は進めていましたが、肝心のその部分について訊けてませんでした。急がなければならない用事が?」
二人からそんな疑問が飛んでくるのは当然だ。シリウスがイデルガの核の解析を終わらせてすぐ、二人に街を出るとだけ告げていた。
シャーミアもルアトもそれについて詳しくは聞かない。今の今まで、聞かないでくれていた。
もう話してもいいだろう、と。シリウスは溜息混じりに口を開く。
「『杯の勇者』と遭遇した」
「――っ! 勇者!?」
「ああ、そう警戒しなくてもよい。向こうに交戦の意思はなく、穏便に取引だけをしたのだ」
「取引って……、アンタ――」
シャーミアが何かを言いたそうな瞳をこちらに向ける。
彼女の気持ちは汲み取れる。何故勇者と取引をしたのか。相手は復讐する対象ではないのか。そう問いたいのだろう。
「……取引に応じる価値があると、そう判断したんですね?」
「ルアトの言う通りだ。『杯の勇者』は余にこう持ち掛けた。『東都アウラムに行け』とな」
「アウラム、ですか。確か、独自の文化で築かれた島国ですよね。そこを統治しているのも、勇者だったはずです」
「うむ。そこには『珠の勇者』がおる。その勇者ミボシに会えというのが、『杯の勇者』の依頼だ」
そんな会話を不機嫌そうに聞いていたシャーミアは、ついに我慢できなくなったように声を上げる。
「なんでそんな取引に応じたのよ? まんまと勇者の手のひらで転がされて、平気なわけ?」
「まあ、そう怒るな」
「別に、怒ってないわよ」
あからさまに機嫌が悪い彼女に、眉を下げてしまうものの、彼女の怒りももっともだと理解する。これが復讐の旅だと、シャーミアが認識している証拠だろう。
その上でシリウスは、自分の意思でそうしているのだと主張する。
「余も勇者の言葉など一切信用しておらぬ。だが、どの道アウラムには遠からず訪れる予定だった。その時期が定まっただけのこと。勇者の都合に合わせるのは釈然とせぬがな」
「だったら――」
「それに――」
シャーミアの不平に被せるように、シリウスが語気を強くする。
正直、次の目的地のことなどどうだっていい。勇者を倒す順番は『殻の勇者』アルタルフを最優先にするということ以外は決まっていないのだから。
重要なのは、『杯の勇者』が持ち出した、この取引の対価。
「師の仇を討つ機会が、得られるかもしれぬのだ。よって多少のリスクを負ってでも、応じる必要があった」
「……アンタの師って――」
彼女の言葉に、これ以上答えないと言外に告げるように、シリウスは首を横に振る。
この旅は、シリウスの復讐の旅。ウェゼンに呪いを掛けたのが『対の勇者』だと、シャーミアに知られるわけにはいかない。
彼女の仇が自分であると、そう思ってもらった方がいい。そう判断して、話題を元に戻す。
「次は『珠の勇者』に会いに行くつもりだ。だが、そこへ辿り着くには、海路で向かう必要がある」
「……海運都市アイクティエス、ですね」
ルアトの相槌に、シリウスも頷いて返す。
「東都アウラムは島国だからな。当然海路で入る必要がある。だが、港に入るには正式な手続きをなされた船でしか入れぬのだ。その船が出ているのが、海運都市アイクティエスというわけだな」
「では次の目的地は――」
「うむ、まずはアイクティエスを目指す」
海運都市アイクティエスは今シリウスたちがいるカルキノス国の隣に位置している。ちょうどこの街道をまっすぐに進めば、辿り着けるはずだ。
そう目標を示すシリウスに、大きく吐き出される溜息が一つ。
「……これじゃ、あたしだけわがまま言ってるみたいじゃない」
「お主もまだまだ子どもだからな。わがままを言っても許されるだろう」
「そういう問題じゃないんだけど……」
その言葉にさらに呆れたような息を吐いた。
言いたいことがあるのだろう。無理やり、旅に付き合わせてしまっているシリウスとしても、どれだけ言葉を尽くしても彼女に許されるとは思っていない。
それでもこうして、隣を歩いてくれるのは。
ひとえにシャーミアが強いからに他ならない。
「どうせ、色々訊いてもアンタ、話してくれないんでしょ?」
「すまぬな。今はまだ、話せぬ」
「そう、ならいいわ」
自分が何のために旅をしているのか。彼女の心にあるその想いを尊重したい。そう思うものの、シャーミアが浮かべた取り繕った表情に、胸が痛む。
「時が来れば、必ず話す」
「……わかったわ」
潤んだ彼女の紅い瞳が、月光に煌めいている。大人っぽくも映る彼女は、それから子どもっぽい笑みをシリウスに向けて浮かべた。
「まあ、あたしがアンタに復讐するのが先かもしれないけどね」
「それはさせませんから。殺すなら先に僕を殺すことですね。といってもシャーミアには、殺されませんけど」
「なら、今ここで試してみてもいいわよ?」
「望むところです」
いつの間にか、シャーミアとルアトが火花を散らそうとしている。その光景もなんだか懐かしく思えて、シリウスの胸に温かい感情が流れ込む。
「まったく……、よさぬか、二人とも」
それを顔に出すことはなかったが。
シリウスの言葉には僅かに、そのぬるま湯のような心地が含まれていた。
「なんだ? 喧嘩なら余が審判を務めるぞ!」
「お主はお呼びではない」
「なんだと!? 余がいなければ大変なことになっておったのだからな!」
「わかったわかった」
賑やかに、いつも通りに、そうして再び彼女たちの旅は幕を開けた。
次の目的地を目指して。
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