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魔王の娘  作者: 秋草
幕間④
166/262

『杯の勇者』シトラ②

「取引か。最近、そのような物言いで寄ってくる輩が増えたものだが、流行っておるのか?」


 先日現れた二人の魔獣を思い出す。魔神臨在学会と名乗った彼女たちも、シリウスに提案を持ち掛けてきた。到底賛同できるものではなかったから、それを受けることはなかったが、昨日の今日での出来事だ。少々訝しんでしまう。


「ああ、魔神臨在学会の方々でしょう? 存じ上げていますよ。貴女に提案を持ち掛けて、それを貴女が断ったことは知っています。……まあ知っているというよりは、予想できたと、そう言った方が正しいかもしれませんが」

「それを知った上で、余に取引を持ち掛けるとはな。随分と、勝算があると窺える」

「もちろんです。商人として、これほど運が良いタイミングを逃すのはあり得ませんから」


 シリウスはテンションが高めのシトラを前に、溜息を吐いた。

 相手は憎き親の仇、勇者の一人。それを前にして、手出しできない歯痒さはあるものの、しかしこの相手であればさして脅威にはならない。いつでも殺せる相手に、今を犠牲にする必要はないと判断して、シリウスは彼の話を聞くことにした。

 もっとも、現状そうすることしかできない、というのが正しかったわけだが。


「……それで、余に何を求める? お主に与えられるものなど、死以外ないわけだが」

「心得ていますよ。取引が成功した暁には、私を殺すなり封印するなり好きにして構いません。それぐらいの代価は払うべきでしょうから」

「その覚悟で、いったい何を望んでおるのだ?」


 単刀直入にそう尋ねる。彼の目的に興味はなかったが、その意図を知る分には有益だ。シリウスの疑問にシトラは、待っていましたと言わんばかりに大仰な身振りでそれに答える。


「貴女に、とある場所に行っていただきたいんです」

「とある場所だと?」

「ええ。貴女もご存じだと思いますが、東の地には一人の勇者が治める島国があります。東都アウラム。その勇者の名は『(たま)の勇者』ミボシ。貴女には、その勇者の元に行っていただきたいんです」


 東都アウラムと言えば、海運都市の先にある島国だ。独特の文化が形成されたその国に、勇者連合を率いた勇者の一人がいることは、シリウスも当然知っている。

 しかし、何故この男は、わざわざその国に行けと言うのだろうか。

 眉を顰めていると、シトラはわざとらしく困った顔を見せた。


「貴女の疑問ももっともです。仇に突然そんなことを言われても、到底頷けないし怪しむことでしょう。ですが、これは私のためでもあるんです」

「お主のためになるようなことに、余が進んで動くとでも?」

「そのための取引ですよ。当然、貴女にも利のあることですから、それを聞いた上で判断をしてください」


 灯りの乏しい薄暗い部屋でも、彼はその笑みを崩さない。自分の優位を理解している様子だ。自分は殺されない。自分はこの取引で下手を打たない。そういう自信が、垣間見える。

 シリウスが答えないでいると、シトラはそれを肯定と捉えたのか、満足そうに頷いた。


「では、貴女へのメリットを提示しましょう。ずばり、勇者全員の居場所をお伝えします」

「……それならば間に合っておる。余の情報網を侮るなよ」


 復讐を誓ったあの日から、ウェゼンから勇者の情報は聞いていた。各々がどこを拠点として活動しているかぐらいは、わかっているつもりだ。

 しかしシトラは怯まない。その答えを予想していたかのように、悠然と佇みながらすぐに応じる。


「ですが『(つい)の勇者』の居所は知らないでしょう?」

「……」


 勇者の場所は大体把握している。それが大幅に変わることもないだろう。

 ただ一人だけ、どこにいるのか不明な存在がいる。

 それが『(つい)の勇者』。ウェゼンに呪いを施した、張本人だ。誰も彼がどこにいるのかは知らないし、探しても見つからない。それがシリウスの知る『対の勇者』の唯一の情報だった。


「これが私から出せる情報です。誰も知らない『対の勇者』の情報を、私は貴女に授けることを約束しましょう」


 それは喉から手が出るほど欲しかった情報だ。勇者を倒していけば自ずと知れるかと思っていたが、こんなところで手に入れられるとは思わなかった。

 だが――


「……何のつもりだ?」

「何がでしょう」

「お主も勇者の一人。何故、敵に仲間の情報を売るような真似をするのだと、そう聞いておる」


 これは裏切り行為だ。このシトラという人間のことはよく知らないが、一目見てもシリウスの仲間になりたいという意志がないことはわかる。

 行動であっても、仕草であっても、全てを取り上げても彼はこちら側では断じてない。

 当然の疑問にシトラは考える様子を見せ、しかしすぐにニヤリと笑った。


「言ったでしょう? これも私のためでもあると」

「……何を考えておる」

「そうですね。私は、世界が良くなることを望んでいるんですよ。平等に、分け与えられる、そんな世界を目指しています。その上で、勇者たちと貴女には平等に戦ってもらう必要があるんです」

「余がお主の思い通りに動くわけないだろう」

「動きますよ。私が思い描く貴女通りなら、ですが」


 即答され、シリウスも思わず言葉を失ってしまう。それを見て、また彼は嬉しそうな表情を作り出す。


「まあそう警戒しないでください。上手くいけば、貴女が戦う相手が二人減るんですから」

「……どういう意味だ?」

「詳しいことは私からはなんとも……。ですが、実りある旅路になることは約束しましょう」

「……勇者には全員、余の手に掛かってもらうつもりだ、が――」


 この男は全てが胡散臭い。正直、話すのも躊躇うレベルだが、しかし一笑に付すわけにはいかない。

 『(つい)の勇者』の情報をこの男が持っているかどうかは、この際どうだっていい。殺してでも吐かせればいいだけの話だ。わざわざ彼の取引に付き合う必要もないだろう。


 重要なのは、彼の意図が読めないという部分。表情からも仕草からも、シトラの思考は読み取れない。

 しばらく、沈黙が場に流れる。その間もイデルガの残した珠の解析は行っているが、集中できているとは言い難かった。

 どれほど時間が経過しただろうか。時を示すものがないこの部屋に、続いて訪れたのは溜息だった。


「――わかった。お主の取引に応じよう」

「……いいんですか?」

「何故お主が驚いた顔を見せる。お主から持ち掛けた話だろう」

「いえ、てっきり断られるか回答を先延ばしにされると思っていましたから。正直、意外でした」

「この提案は余に対してのリスクがない。受けるだけ余が得をする。当然、そんな取引をお主が持ち掛けるわけもないだろうが、その時はお主の計略ごと破壊すればよいと、そう判断したまでだ」

「……大胆、それでいて冷静ですね。まさに魔王の娘に相応しいではありませんか」

「御託はいい。それで『(つい)の勇者』の居場所についてだが――」


 シリウスの言葉を、シトラは首を横に振って躱した。


「すみません。そちらに関してはまだ詳細は話せません。貴女への情報提供は、東都アウラムでお話しましょう」


 提案を受けてもシリウスがシトラの思う通りに動くとは限らない。だが、情報を持った人間が道標となれば、シリウスもそこを目指さざるを得ない。

 確実に、シリウスに意図通り動いてもらう。そんな思考が見て取れる。シトラの思惑が何かは知らないが、どちらにせよシリウスにも東都アウラムを目指す理由はある。

 そこに勇者がいるのだから。


「代わりと言ってはなんですが、一つ情報提供を」

「なんだ?」

「貴女が『影の勇者』を討ったことは既に勇者全員に知られています。彼の黄金の髪飾りがこの世界から消えましたからね。いよいよ、彼らの中でも警戒度が高まっています。今後貴女の復讐は難しくなるでしょう」

「覚悟の上だ。勇者もとい、世界全ての敵に、余はなるつもりだからな」


 本心で、その声を紡ぐ。この旅が平穏無事に終わるなど、到底思っていない。自らのわがままで始めた復讐譚は、ハッピーエンドに至らない。


「大したお方だ。ですが、それで東都アウラムに入国できないのも私としては困りますので、こちらをお渡ししておきましょう」


 感嘆するような声と共にシトラが紙を一枚、その場に置いた。薄暗がりで詳細はわからないが、手紙のようだ。


「これは私の名前を認めた、貴女が無害な人物であることを示す保証書のようなもの。どこでも使える、というほど便利なものではありませんが、海運都市アイクティエスに入るのには役立つでしょう」


 これでも勇者ですから。と、そう締め括る彼に、シリウスは何も言わない。


「それではまた、アウラムでお会いしましょう。――歩む汝に幸運あれ」


 言いたいことをただ告げて、シトラは優雅に踵を返した。本来ならば殺すべき対象。しかし、現状シリウスがそれを遂げることもできず。

 ただ殺意の籠った恨めしい視線を送ることしか、できないでいた。

お読みいただきありがとうございます!


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