勇者が残した傷跡②
イデルガの特異星、混昏命沌は元々は魔獣を人間へと創り変える能力だ。
それを用いて、魔王討伐の際には多くの戦果を生み出した。倒した魔獣は全て彼らの戦力となる。それも、勇者たちにとっては不要である命から生まれた増援だ。雑に扱おうが誰も咎めない。
ただ、対価は当然ある。
生み出す存在が大きければ大きいほど、必要な魔力量も増えるという点。
ただ数を用意すればその条件も簡単にクリアすることができるらしく、多くの魔獣たちは歴戦の猛者へと創り変えられていた。
そして、彼はこの十年で自身の特異星をさらに進化させていた。対象を人間から魔獣へ。かつて苦戦した敵を創り出すという力を手にしていた。
雑兵、例えば固有名も持たない魔獣であれば彼自身の魔力で賄えるだろう。必要なのは、もっと膨大な魔力、及び生命力だった。
「グラフィアケーン兄上を倒した際、紅い核を手に入れた。そこには確かに、複数の人間の鼓動があった。それを生命力として、魔王の子たちを創り出したのだろう。……そして、ほとんどの魔王の子に使われておった核は回収できた。イデルガを封印した際にな」
シリウスが懐から取り出したのは、小さな革袋。その中を覗き込めば、いくつかの紅い球体が妖しい輝きを放っている。
「今のグラフィアケーン兄上の体は、余が創り出したモノだ。この国の人間を素材にはしておらぬ。……だが――」
「オレの体にはまだイデルガの核が残ってるってことじゃな」
ファルファーレの呟きに、シリウスは静かに頷いた。ファルファーレもイデルガに創られた身。今、彼が自分の意思で行動できているのは、彼がイデルガの呪縛を自身で解いたからに他ならない。
そのおかげで敵対せずにいたわけだが、いまだこの国の人間の命を利用して、彼は動いているのだ。このままでいいはずがない。それは一番、ファルファーレがわかっているはずだった。
「ならば遠慮はいらん。一思いに回収するんじゃ」
「ファルファーレさん!」
「ルアト。お前さんがいればシリウスの旅は安泰じゃろう。わがままな妹じゃが、頼んだぞ」
覚悟を決めたように、晴れやかな笑顔でそう話すファルファーレに、ルアトは表情を曇らせる。
そう。今ファルファーレを動かしているイデルガの核を回収するということは、彼の活動もそこで終わりを迎えるということだ。
その場の全員がそう理解していたが、対してシリウスは小首を傾げてみせた。
「いや、お主にはまだ働いてもらうぞ?」
「は? いや、じゃがシリウス、お前さんはさっきオレの核を回収すると言ったじゃろうが。そうなると、オレもこの世に留まっていられんじゃろう?」
「まあ、ただ回収すればそうなるが、その空いた穴に、代わりに余の魔力を注ぐ」
「……そう簡単に契約が書き換えられるわけないじゃろう。オレのこの身は、あの『影の勇者』のモノじゃからな」
元々その体はイデルガによって創られた。この地に生をもたらす代償として、イデルガの命令に従うという契約で。
ファルファーレはそれを一方的に破棄。体だけをもらって逃走していたのだが、所有者は依然としてイデルガのまま。基本的には魔術には、発動者の権利が存在する。簡単に言えば契約だ。それをそう簡単に歪められるはずがなかった。
だが――
「できないと思うか?」
シリウスは迷うことなくそう言いのける。曇り一つないその言葉に、ファルファーレは溜息を一つ吐いた。
「……いや、大丈夫じゃろう。ひと思いに頼む」
「任せろ。――一瞬だからな」
言いながら、ファルファーレの首元に手を充てる。手から黒い光が滲んだかと思えば、彼の体内から紅い球体が取り出された。
「そら、終わったぞ」
「――本当に、終わったのか? 愚弟の体に変化はないが……」
「ベースは弄っておらぬからな。本当に、供給元を入れ替えただけだ。見ての通り、核も抽出に成功しておる。……ファルファーレよ、体調に不安はないか?」
そう尋ねられ、自分の身を確認するファルファーレ。体を捻り、羽をチェックし、不思議そうな顔をする。
「驚いた……、本当に一瞬じゃった」
「そうだろう。何せ、今の余はイデルガを封印しておるからな。お主との再契約など容易い。これで、お主の体は本当に自由となった」
それから、その手に落ちた紅い核を握りしめる。この国の人間たちはまだ救われていない。その手に掛かる重さに、シリウスは心を痛ませながらも毅然とした態度は崩さず、落ち着いたままだ。
「あとは、この核にされた者たちを元に戻さねばならぬが……、少々時間がかかるな」
「シリウス様でも難しいんですか?」
「作成者のイデルガでさえ難しいだろうな。この核は、複数の人間でできておる。それをきちんと一つひとつ元の形に戻すというのは、複数の真っ白なパズルを組み上げるようなものだ」
しかし、それが可能なのもまた自分だけだ。どれほど難解だろうが、どれだけ時間が掛かろうが、やり遂げる他ないだろう。
「故に、余はこれから少しの間、集中させてもらう。この者たちを、元に戻すためにな」
「――わかりました。あの、何か手伝えることは……」
「ない」
不安な面持ちでそう尋ねてくるルアトに、シリウスは短く返す。だが、それで終わらずに、優しく、寄り添うように言葉を続ける。
「余のことは気にせず、お主にはお主のできることをするがよい。強いて挙げるのならばそれが余のためになる」
「……っ! わかりました! どうか安心して、シリウス様はご自身の務めを果たしてください」
大げさに、しかしどこか嬉しそうにして跪くルアトに、シリウスは背を向けた。
「焦る必要などない。お主の旅は、始まったばかりなのだからな」
その言葉は風に乗って、宙を舞う。
ルアトも、グラフィアケーンも、ファルファーレも。
全員が全員、違う道を歩むだろう。目的地は違い、目指す距離もバラバラ。
それでも、前へ向かおうという意志は等しく。
その事実が、シリウスの背中を強く押すのだ。
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