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魔王の娘  作者: 秋草
幕間④
160/262

勇者が残した傷跡

 破壊されたその直後から、復興を進めている街に帯びるのはある種の賑わいだった。祭りとは違う、日々の喧騒とは少し異なった人々の熱気が、各所から感じられる。

 しかし、そうした明るい部分だけではない。このディアフルンという場所には、様々な禍根がある。

 それは、イデルガ、もといラベレが残した命の果て。人の命を魔獣へと変えたその罪は重く、今でも人間だった者たちは魔獣として街を彷徨っている。


「シリウス様!」


 黒い髪の青年の声が空気に混じる。

 彼がいるその場所は大広場。魔王の娘とこの国の元王子を処刑しようとしていた面影はすっかり消えて、処刑台も崩壊している。それに人の気配も少なく、あるのは荒らされた街並みばかり。

 そこへ、紅蓮の髪をなびかせて少女が飛来した。彼女はルアトを一瞥すると、そのままゆっくりと着地する。


「ルアト、ファルファーレ、それにグラフィアケーン兄上。先の戦いでは世話になった。改めて礼をさせてほしい」

「いりませんよ。僕が自分の意思でやったことですから」


 その返答に、ルアトの隣に立つ長い髭を蓄えた偉丈夫と、深い藍色の髪をした男も頷く。

 彼らならばそう言うだろうと、わかっての言葉だった。今はただその想いに甘えさせてもらおう。そのままシリウスの視線が、大広場の外れに向けられる。

 そこはひと際、被害が大きい場所だった。巨大な何かが暴れたかのような、そんな崩壊の跡が見て取れる。

 その中に佇んでいるのは、数人の騎士たちと水色髪の女性。シリウスはゆっくりとその場へと近づいて、彼女の名前を呼ぶ。


「此奴らが実験体たちか、ダクエル」

「シリウスさん」


 ダクエルは振り返ってシリウスの姿を見やると、それから視線を戻した。


「ああ、そうだ。この子たちは、ラベレの興味によって姿を変えさせられた人間たちだ」


 この子たち、と。そう呼ぶ彼女の視線の先には、多様な魔獣の姿があった。羽を持つ者もいれば、鋭い爪や牙を持つ者もいる。だが、彼らは暴れるわけでもなく、じっと大人しくしていた。

 まるで、審判を待つ罪人のように。


「自我もある。私たちを助けてくれもした。この子たちは間違いなく、人間だ」


 ダクエルの声が俄かに震えている。迷いか、あるいは後悔か。幾つもの感情が入り混じる言葉を、シリウスは汲み取れない。

 あるいは、汲み取ろうとはしなかっただけかもしれない。いま彼らに必要なことは、寄り添うことではないのだから。


「ふむ、そのようだな」


 近づいても距離を取ろうとしない、魔獣たちを見てシリウスも同様の感想を述べる。その内の一匹に手を翳しても、彼らは動かない。警戒する素振りも見せず、シリウスのそれを受け入れた。

 彼女の手から、淡い光が溢れる。


「……イデルガとは違う方法で魔獣を創り出しておるのか。原案は恐らく、イデルガの能力だろうが、物理的に創り出そうとしておるところが違いだな」


 魔力を流し、その者の構造を知覚する。シリウスは手を翳した対象がどのようにしてそうなったのかを調べ、そして暴いていく。


「切って張って、繋げて安定させる。いくつもの肉片を併せて、人間としての体を無理やり魔獣へと変貌させておる。これは、余の範囲外だ。魔術による成形ならば、余がいくらでも対処できたのだが」


 その上で、残酷な答えを導き出す。手のひらから光が消えると、魔獣が顔を上げた。


「ネエ、モウイタイコトハ、サレナイ?」

「……っ」


 それを訊いて、顔を歪めたのはダクエルだった。彼女は何かを言おうと口を開いたが、それでも何も言えずに黙ってしまった。

 彼ら魔獣となってしまった人間たちが、どのような仕打ちを受けてきたのか。どれほど酷い目に遭ってきたのか。想像するに余りある。

 同情などできるはずもない。彼らは突如、日常を奪われて、そして暗い場所に閉じ込められて、数年間すごしてきたのだから。

 正常な人間ならば、正気を保っていられないだろうに。


「そうだ。お主たちの頑張りにより、呪縛は解かれた。痛みや肉体的な苦しみからは、無縁な生活がやってくるだろう」

「……ソウ。ヨカッタ」

「……すまぬな」

「ヘイキダヨ。……デモ、スコシダケ、ツカレタナア」


 魔獣がそう告げると、その潤んだ瞳を閉じる。そうして、彼らはゆっくりと体を横たわらせた。


「――っ」

「安心しろ、ダクエル。本当に、ただ眠っただけだ」


 魔獣たちは敵意も害意も見せず、眠りにつく。その寝顔は、まるで子どもが安心して寝入るように穏やかで、あどけなかった。


「これまで、よく耐えた。良い夢を見れるとよいな」


 できれば、苦しかった日々ではなく、幸せだった頃の夢を見れることを願って、シリウスはそう優しく囁いた。

 陽だまりに寝そべる彼らが、寝息を立てたのを聞いて、それからシリウスはダクエルへと向き直る。


「此奴らを、どうするつもりだ?」

「……当然、保護する。この国の人間だ。捨てる選択肢などあるわけがない」


 声が陽光に滲んでいく。ダクエルの責任感は、この国の防衛を任されている故のものか。

 あるいは、自分の弟と境遇を彼らに重ねているからか。その両方かもしれない。


「どれだけ掛かっても、元に戻す。それが、彼らをこうしてしまった私なりの贖罪なんだ」


 ダクエルは、その声をさらに強くする。自分に言い聞かせるように、誰かに、自分の想いを主張するように。


「そうか」


 だから、シリウスはそれ以上語らない。ただ頷いて、背を向ける。

 彼女は過去に囚われていない。ひたすらに前だけを見続けている。それを見届けてやるほど、過保護であるつもりはなかった。


「さて――」


 こちらもこちらでケジメをつける必要がある。気を取り直して、ルアトと兄二人の場所へと戻るシリウスは、わざとらしく咳払いをした。


「余も自らのやるべきことをしなければな」

「やるべきこと、ですか?」


 ルアトの疑問に頷いて、彼女は視線の矛先を変える。

 黒い羽を背負う、一人の青年へと。


「ファルファーレ。お主の中にある、イデルガの欠片。それを貰おう」

お読みいただきありがとうございます!


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