『殻の勇者』アルタルフ①
「おお……! ここが――」
サグザマナスに到着したシリウスは、思わず辺りを見回してしまっていた。
門から放射状に延びる舗装された大通りは人で溢れかえっており、活気と熱気で満たされている。特に中央を走る通りはひと際広く作られていて、店も人も犇めき合っていた。
周囲を歩けば、左方からは売り込み文句が店から飛んできて、右方からは通行人の賑わいが流れてくる。
様々な人が往来しており、街を飾る旗や花細工と併せて、映る視界にも非常に彩りが豊かに見えた。
立ち止まってじっくり見たいという気持ちもあり、早くこの通りの先を見てみたい思いにも駆られる。
表情には決して出ないものの、物珍しいモノが選り取り見取りであれば自然と体が動いてしまうものだ。
忙しなくフラフラするその様子を、隣を歩くシャーミアにも指摘される。
「アンタ、こうして見てたら見た目相応ね」
「仕方ないだろう。このような大都市へ赴いたのは初めてだからな。嫌でも気分が昂揚する」
「ならもっと楽しそうにしなさいよ。相変わらず無表情なんだから」
「む……。難しい注文だな」
試しに今の感情を表情に出そうとしてみるものの、頬はピクリとも動かなかった。
それを見て、彼女は溜息を吐く。
「まあ、アンタがどんな顔してたってあたしには関係ないけど……、って――」
ふとシャーミアが視線を向ければそこにお上りさんの少女の姿はなく、遥か後方にある出店の前で見覚えのある紅い長髪がしゃがみ込んでいた。すぐに彼女は少女のもとへ向かうため、人の流れに逆らいながら駆け寄る。
「ちょっと! 勝手にうろつかないでよ!」
「すまぬ。気になるモノがあってな」
シリウスが視線を投げた先にあったのは仮面だった。不気味なものから、ファンシーなものまで、様々な仮面が所狭しと並べられている。
「なに? 仮面屋さんなの?」
「おお、いらっしゃい。安くしとくよ」
眠そうな店主が覇気のない声でそう出迎えてくれる。
並ぶ仮面のどれを選ぶべきか、目移りするシリウスにシャーミアが尋ねた。
「……アンタ、もしかしてそれ買うの?」
「仮面は魔術的要素を持ちながら、古来より祭礼には欠かせないモノとして扱われてきた。それがこの値段は破格と言えるだろう」
「いや、少なくともこのお店で買えるヤツにそんな価値あるものないと思うわよ……」
「心配するな。お主の分も買ってやるぞ。金ならある」
「何も心配してないし、そもそも欲しいなんて言ってないんだけど!?」
結局、シリウスはその手に持った二つの仮面を購入し、一つをシャーミアへと渡した。
彼女は何とも微妙な表情を浮かべていたが、苦い顔で一応お礼を告げたのだった。
「さて、欲しいものも買えたな。これからどうする?」
「アンタ本当にこれ欲しかったの……?」
「まあ正直どちらでもよいモノではあるが、あった方が不都合はないだろうな」
「何よそれ……。まあ、いいわ。この後の話よね」
シリウスの意図が読めない彼女はこれ以上の会話を不毛だと判断したのか、いい加減仮面の話題は打ち切って話を進める。
「とりあえず泊まる場所の確保ね。ここ数週間はずっと祭りをやっててこの観光客の数だから、正直泊まれるところなんて限られてると思うけど」
「なるほど。祭りだからこの人の数なのだな。それで、何を祀る為の祝祭なのだ?」
「それは――」
シャーミアがそれを説明しかけたタイミングで、大通りの先の方でどよめきが起こった。人々の流れは滞留し、次第にどよめきは歓声へと変わる。
盛り上がりの波は徐々に伝播していき、ついにシリウスたちの目前にまで到達。だが肝心の歓声を上げた要因についてはシリウスの瞳には映らない。
「人が多すぎて見えぬ……」
何しろ歩む隙もないほどの人だかりだ。おまけに周囲の人々はシリウスよりも身長が高いときている。風魔術で浮いても良かったが、無用な騒ぎを起こすなとシャーミアに釘を刺されたばかりだ。
どうしたものかと頭を悩ませていると背後にいる彼女の溜息が聞こえてきた。




