雨上がり、街は光る
「おーい、木材足りないぞ~」
「こっちは石膏が足りないよ」
ディアフルンの街のそこらかしこでそんな会話が飛び交っていた。
かつて、魔獣の狩猟で生計を立てていた一大国家とは思えない。残酷で、無情なほどの破壊が施されたその街は、最早見る影もなく、美しかった街並みはすっかり瓦礫の山と化していた。
「まあ、仕方ねえやな。街が壊されても、また立てりゃあいい」
「そうそう。何なら前よりも綺麗な街にしよう」
しかし、そんな状況にもかかわらず、街の活気は奪われてはいなかった。瓦礫を整理する人、家を建て直そうとしている男に、慌ただしく荷物を運ぶ若者。街を行き交う人々の表情は、誰も絶望に侵されておらず、前を向いていて明るい。
その光景をただ、何も言わずにぼんやりと見つめていた。
「お、あんた街の外から来た人だな?」
そうしていると、建築道具を抱えた男が声を掛けてきた。黙っていると勝手に、向こうからどんどんと話を広げてくれる。
「悪いねえ。生憎、今は街が壊されちまってよ。復興してからまた見に来てくれよな」
怪しい人物に尋ねた、というよりもお節介から話しかけて来てくれたらしい。それに対して、警戒するでも、不機嫌になるでもなく、ただ人懐っこい微笑みを湛えて返す。
「こちらこそすみません。そんな忙しい時期に来てしまって。ですが、ここに来たのは観光もそうですが、別の目的がありまして」
「別の目的?」
きょとんとした顔を見せる男に、愛想笑いを浮かべて頷く。
「人を、探していましてね。噂によればこの街に来ているとのことでしたので、ご挨拶をと」
含みのある声は、復興に賑わう街と、風に溶けて流れていく。それからある特徴を、口にした。
「紅蓮の髪をした、少女。この方を探しています。ご存知であれば、お話だけでも是非お伺いできれば、と思いまして」
■
特に崩壊が酷いのは城だった。シリウスとイデルガが戦った爪痕がそのまま残り、最早聳え立っていた王の家は、平らに均されていた。
そんな中を、ミスティージャが忙しなく走り回っていた。あちらの大臣やこちらの役人。今後の施策や方針などを決めなければと、壁のない部屋で会議を繰り広げている。
「大変そうね」
「そうだな。余たちに手伝えることはなさそうだ」
政に関しては口を出すべきではないだろう。それをしていいのは、その国に携わる人間だけだ。
奮闘する王となる者の姿を、遠巻きに眺めているシリウスとシャーミア。その場は賑わい、静寂からは程遠い環境だった。
けれど、二人の間を埋めるのは、晴天に吹かれる爽やかな風。
揺れる銀色のサイドテール。雲一つないその澄み渡る空を眺めるシャーミアへ、シリウスは穏やかな口調を向けた。
「よく生きた、シャーミア」
「……当たり前でしょ」
彼女は空を眺めながら、そう返す。誰と戦い、何を成し遂げたのか。シリウスはヌイを介して全て知っていた。ただ、全てを訊くことはしない。それに、シャーミアのボロボロの恰好を見ればわかる。
どれほどの想いで、前へと進み続けようとしていたのか。その覚悟のほどが。
「――っ!!」
突如、パンッ、と。軽快な音が鳴り響いた。それは、シャーミアが自身で頬を叩いた音。何故そんなことをしたのか、尋ねるよりも前に彼女が口を開く。
「~~~~っっ!! 痛いわね!?」
「やったのはお主自身だろう」
「そんなことわかってるわよ! 思いのほか、強く叩きすぎたってだけ! 悪い!?」
「……いや、悪くなどない」
そう肯定すると、彼女も冷静さを取り戻したのか、溜息を吐いた。
それから、ポツリ、と。想いを漏らす。
「……正直、あたし一人だけの力じゃ到底勝てなかった。どれだけ、策を巡らせても、手法を変えても、トゥワルフの足元にも及ばない。ううん、トゥワルフだけじゃなくって、ここに来るまでの誰にも、及ばなかったと思うわ。それがあたしの実力で、限界だった」
彼女は少しずつ、言葉を紡ぐ。ただ、消沈している様子でもない。淡々と、事実を述べているだけのように、シャーミアは口を開く。
「本当は、アンタの手助けなんて借りたくない。借りずに倒せるなら、それでいい。そう思っていたし、今でもそう思ってる。でも、世界はそれほど甘くない。そんなプライドで、アンタを倒せるなんて、思ってない」
振り返った彼女の表情は、晴れやかだった。陰りも見えない、蒼天を彷彿とさせるほど、澄んだ瞳だ。シリウスはその目をまっすぐに見つめ返して、彼女を待つ。
「あたしは、どんな手を使ってでも、アンタのところに辿り着いてみせる。アンタがどんな思惑を持ってたとしても、あたしはそれも躊躇なく使うわ。……少しでも早く、この旅を終わらせるためにね」
彼女から吐き出される声に、冷たさは微塵もない。まるで春の日のように。心地良い暖かさが、場を満たしていた。
「……シャーミア、お主はこの旅が嫌いか?」
「え? いや、別に嫌いとかじゃ、……ないけど」
突如困ったように、しかしどこか不機嫌そうな面持ちにシャーミアの表情は切り替わった。それが少し微笑ましくて、シリウスは僅かに声を弾ませる。
その機微が、伝わる人間など、この場にはいなかっただろうが。
「余も、この旅は気に入っておる。勇者への復讐の旅路だが、存外、道中は楽しませてもらっておるぞ」
「……急に何よ」
「何もない。ただ、伝えておきたかったのだ。言葉で言わねば、伝わらぬからな」
「……そうね。アンタは特に、表情から読み取れないし」
「それもそうだな」
落ち着いた空気が漂う。既に気候は春の装いで、抜けていく風は時折、花の香りを運んできてくれる。
シリウスの中に生まれていた、イデルガとの戦闘で発生した曇りは、おかげで僅かに薄れていた。
「そうだ! よく言った、シャーミア!」
そんな穏やかな空気を掻き消すように、明るい声がシャーミアの方から鳴った。見ればひょこりと、シャーミアの背から小さな頭を出したヌイが、目を瞑りうんうんと頷いている。
「もっと自分に正直になった方がよいと、そう伝えてやってくれ!」
「お主がいれば余が感情を出すまでもないだろう」
「そういう問題ではない! シャーミアは本体と楽しくお喋りしたいはずだ!」
ちょっと勝手なこと言わないで!? と、シャーミアがそう叫ぶとヌイがいたずらっぽく笑って彼女の周りをくるくると飛び回る。
すっかりシャーミアに懐いたヌイに、シリウスは溜息を溢す。
「なら、なおさら余は今のままのほうがよいな」
「……? それってどういう――」
シャーミアのその疑問に答えることはしない。シリウスは風になびかれるように歩みを進めて、それから彼女へと振り返った。
「余たちもいつまでもこうしてお喋りしているわけにもいかぬ。この街の復興の手伝いをするとしよう」
いつまでもこうしているわけにもいかない。
この街はまだ旧体制のまま、機能していない箇所がある。特に、魔獣に関する部分は恐らくすぐには解決しないだろう。
適材適所というやつだ。そんなシリウスの要望を汲み取ったらしいシャーミアは、けれど首を傾げた。
「それはいいんだけど、あたしたちにできることって何かある?」
「無論ある。部外者だが、一応余たちもこの騒動に関わった。シャーミアだって、その心当たりはあるだろう」
「……」
彼女は応えない。いや、理解したからこそ、噛み締めているようだった。それを見届けたシリウスは踵を返す。
「余はルアトたちの元へと向かう。お主も、行くべきところがあるのなら、そこへ行くがよい。きっと、お主の声が必要な人間もいるだろうからな」
この街には先ほどまで嵐が留まっていた。誰も抗えず、誰も太刀打ちできない、それほどまでに対処困難な災害だ。
直すべきは街だけではない。
そして、それを治せるのは、シリウスにはできない。
だから適材適所。
シリウスは青空の下で、こちらを見つめているであろうシャーミアの視線を背中に感じながら、自らも向かうべき場所へと赴くのだった。
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