討伐祭・閉幕 前編
空は青色がどこまでも続いている。気持ちのいいほどの晴れ空。そよぐ風は春を告げるかのように暖かく、心地良い。
それらは今のこの街の惨状に相応しくないと言えばそうだったし、必要だと言われればそんな気がした。
「シリウスさん!」
「シリウス!」
城の中央に立つ、紅蓮の髪をなびかせる少女に呼び掛ける声が二つ。一つは空から飛ばす自分のモノ。そしてもう一つは、彼女に駆け寄っている白銀の髪を揺らす少女、シャーミアのモノだ。
空中を飛ぶファルファーレから急いで下ろしてもらい、そのままシャーミアに続いて彼女の元へと向かい、声をかける。
「やったのか!? イデルガは……」
こちらを振り返るその少女、シリウスはどこか遠い目をしていて、けれどすぐにそれは消えていつも通りの、感情が読めないモノに変わってしまった。
「イデルガは余が封印した。……シャーミア、それにミスティージャ。二人ともよく頑張ったな」
その言葉は、いつもの数倍優しい声に感じられた。シリウスとの付き合いは短いが、それでも彼女のなりに感情を伝えているのだろうと、そう思えた。
「そっか……、いや――」
ぶんぶんと、勢いよくミスティージャは首を振った。
違うだろう。彼女から贈られた言葉をそのまま受け取ってそれで満足するわけにはいかない。彼女はこの国に関係のない存在。本来ならばここにはいないはずで、もっと言ってしまえば自分は死んでいたはずだ。
国はイデルガの好き放題にされ、魔獣の被害は収まらず、それに誰も気がつかないまま最悪を更新し続ける。彼女がこの国に来なければ、そうなっていただろう。
胸に溢れる感謝の念を抑えきれず、ミスティージャはそのままシリウスへと視線を向ける。
「助かったよ、シリウスさん。本当にありが――」
が、その口は彼女の人差し指によって塞がれてしまった。彼女はゆるく首を横に振ってみせると、そっと指を離した。
「余は、ただ自分自身の好きにしただけだ。お主が思いを伝えるべき人間は、他にもっといるはずだ」
「……それって――」
彼女はこれ以上喋るつもりもないらしく、ただ黙って一つの魔道具を手渡してきた。
それは大広場で、イデルガが声を伝播させるために使用していたモノだ。これだけ街が破壊されて果たして機能するのかどうか疑問だったが、魔力を籠めて声を上げてみると、ノイズ混じりの雑音がどこかから響いた。
そうか。これは、自分たちの国の問題だ。シリウスはたまたまこの国に寄って、そしてたまたまこの国にいた『影の勇者』を討っただけ。それを、自分がただ彼女に礼を伝えるだけで収めるわけにはいかない。
伝えなければならない。
この街にいる人たちに。
今までのこと、それから、これからのことを。
『……――ああ、ああ。聞こえてるか? ミスティージャ=スキラスだ。そっちのリアクションはわかんねえから、悪いけど聞こえてる前提で話させてもらう』
息を深く吸って、吐き出す。まさか、生きてまた住民たちに声を聞かせられるとは思ってなかった。高鳴る心臓を落ち着かせるように、数回深呼吸を繰り返して、それから声を発する。
『現状は、空から見たところ暴れてる魔獣たちはいなくなった。それに、街をこうした元凶の、『影の勇者』イデルガと研究者ラベレは撃退した。とりあえずは安心して欲しい。……それもこれも全部、諦めずに頑張ってくれたこの街にいる人全員のおかげだ。――ありがとうな』
口を開き言葉を述べる度に、胸が痛む。自分は何もしていない。この街の悪を取り除くことに、貢献することもできず、何をのうのうと喋っているのだろうか。
『イデルガがこの騒動の主犯だ。あいつは自分のためだけに、この国を利用しようとしてた。……あいつは、英雄でも、この国の王でも、なんでもなかったんだ』
それでも。
躓いてしまいそうになる意思をなんとか奮い立たせて、強い語気で続ける。
『それから、謝罪だな……。本当にすまねえ。イデルガを止められなくて、ラベレの好き放題にさせて、街をこんな風にさせちまった。不安にさせたし、怖い思いもさせちまった。……どんな誹りだって、受け入れるつもりだ』
首を刎ねられても文句は言えない。それほどの罪を犯した自覚がある。どれだけ償っても、それが返済できることはないだろう。国家転覆をみすみす見逃した、その全ての責任を負って立つつもりだ。
『俺を許してくれなんて言わねえ。罪を償うために生かしてくれなんて、そんな自分勝手なことを言うつもりもねえ。どんな罰も受けるし、生涯をかけて清算する覚悟だってある。だから、俺から言えることは一つだけだ』
これを言うことは憚られてしまう。どの口が言うんだと、自分自身でそう思ってしまうから。だけど、きっと父もそれを望んでいるはずだ。王として、国を引っ張る存在として、そう願わないはずはないのだから。
『上層とか下層とか、そういうのナシにして、みんなで協力して街を復興してくれ! それが王家の生き残りとしての、最後の頼みだ』
いったいこの言葉にどれだけの効力があるのだろうか。ただのいち青年の要求など、鼻で笑われたっておかしくない。
でも、今の自分にはそうすることしかできない。握る魔道具に自然と力が入ってしまう。自分は王には向いていない。それは自分自身で一番よくわかっている。
本来ならばこんなことを言う資格すらない。
ならば何故、街の人たちに思いを届けているのか。
「……それは、王としての命令ですか?」
「――っ!! 師匠!?」
いつの間にか、ボロボロのトゥワルフがこちらへと歩いてきていた。彼の体の安否がよほど気がかりだったが、何故かそれ以上言葉を紡げず、ただ歩いてくるその様を眺めてしまう。
「アンタ、なんでそんな元気そうなのよ」
「言ったでしょう? 体は丈夫なんですよ。……それに、私を操っていた魔獣は例の棘に吸収されたみたいで。今は少しだけ、自分の意思で体を動かしたかったんです」
シャーミアとのやり取りも束の間、毅然とした瞳がこちらへと注がれる。その視線から、つい目を逸らしてしまった。
「もし王としてではなく、いち市民としてのお願いなのであれば、それを我々騎士団は受け入れるわけにはいきません。これほどまでに重要度の高い任務は、上の判断が必要ですから」
「上って……、もういねえじゃんかよ……」
父は死に、イデルガも封印された。大臣などもいるにはいるが、最終決定を下せる立場となると、実質この国にはいなかった。
「なら、あなたが上に立てばいい。この国の王に」
「……いや、俺が王なんて、認めてくれねえだろ」
街をこれほど崩壊させて、どの面を下げて王にさせてくれなんて言えるだろうか。首を振って否定するミスティージャに、トゥワルフは優しく笑う。
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