VS『影の勇者』⑥
「お主と余の力の差は明白だ。故に、お主は自身の戦力を魔王の子の創造につぎ込んだのだろう?」
「そうだ。実際、そうするしかキミに勝てる見込みはなかったからね、間違ったとは思っていないよ。そして現状、それが覆るとも思っていない。僕はそれほど驕っていないし、キミを見くびってはいない。だけど、奥の手は誰にだってある」
赤黒い棘が彼に集まっていく。やがてそれはイデルガの体を包み込み始め、姿かたちが見えなくなった。
「それを使わせるほど、余は甘くない」
奥の手が何かを、シリウスは知らない。だが、それを手をこまねいてじっと待ってやるほど、彼との間に情はない。
シリウスは冷めた瞳で、手を翳すとその右腕に赤褐色の焔が纏わり始める。
「魔王の夜明け告げる黎明の渡鳥」
詠唱が終わると同時、纏わりつく炎が巨大な鳥の形を成す。そして、それは勢いよく真っ直ぐに、イデルガの元へと飛翔した。
「――っ!?」
着弾と共に、轟音が響き渡る。爆炎が空に飛び散り、塵を燃やす。
直撃すれば、間違いなく実体も残らない威力。当然、シリウスは彼を殺すつもりでそれを放ったが、爆炎晴れたその場に浮かんでいたのは、半身を焦がして尚、こちらを睨む勇者の姿だった。
「……やはり、僕の見立ては間違っていなかった、ようだね」
ボロボロの声で、しかしイデルガは口元に不敵な笑みを浮かべたまま。続けて魔術を唱えようと構えるシリウスだったが、先に言葉を発したのは相対する勇者の方だった。
「でも、少し遅かったね、ゼラネジィ。既に準備は整った」
「何を――」
突如、イデルガの体が波打った。それは絶えず全身を震わせて、不気味なほどにのたうつ。
「僕がコツコツと蓄え、創り出した戦力は全てこの身に戻した。大小問わずね」
棘に覆われたその身が、膨張を始める。先ほど与えた傷すら治して、その穴を埋めていく。質量を増して、巨体が形成されていく。
「この街についてから、ずっと溜めた魔力だ。それを一手に引き集めることで、僕の理想が完成する」
まるで雲のように変形し、膨らんでいくイデルガだったものは、雷雲のような暗い色に染まりながら形を成す。
「……――これガ、僕ノ答えダヨ、ゼラネジィ」
「その姿は――」
思わず、息を呑んだ。
街に影を作り出すほど、イデルガが膨張した大きいそれ。まるで、男性の胸部を模したような巨大な彼の姿に、シリウスは憶えがあった。
「父の真体か」
かつての魔王デュアランテ。そして、シリウスの父。
普段は人間体で暮らしている関係で、その真の姿を滅多に見ることはなかったが、今そこに浮かんでいるのは魔王デュアランテの真体としての姿に間違いなかった。
「だが、お主の記憶にある魔王の姿は、胸部だけか?」
首から上はない。腕もなく腹部から先も存在しない塊。
シリウスはそんな塊に埋まっている、声を発するそれに呼び掛ける。巨大な体の一部分、そこにイデルガの姿をした男性が、上半身を出してこちらを見ていた。
「勘弁してくれないカイ。これでも全力デ形成した結果ダヨ。僕ノ魔力量ジゃア、胸部ノ創造で精一杯ダ」
歪な声を震わせながら、イデルガは首を振ってみせる。しかし、そこにあるのは諦観や不服を示すものではなかった。
「――力ノ一端でサエ、僕ハこの世界ノ王トなれるノだカラ!!」
愉快。心から弾かれた悦を、彼は隠すことなく発露する。そんな中、淡々とした少女の声が耳元で鳴った。
「『――調和に狂う先達よ、牢屋で贖う愚者たちよ、』」
分体に任せている封印魔術の詠唱も、残すところ僅かだ。これを発動さえできてしまえば、相手が魔王だろうが世界の王だろうが自身に封印することができる。
しかし――
「思うように、進んではくれぬか」
イデルガの一手が、思ったよりも手早い。もう少し時間を稼がなければならないが――
「魔王の夜明け告げる黎明の渡鳥」
紅蓮の炎が、鳥の形となりイデルガへと放たれた。先ほどと同様、爆炎がイデルガを包むものの、その晴れ間に見えた結果は火を見るよりも明らかだった。
「やはり効かぬな」
手に残る炎を振り払い、呟く。
仮にも魔王の肉体を象っているのであれば、半端な魔力は通らない。攻撃による妨害も通らないとなると、シリウスとしてできることは何もない。
終結は発動している封印を置いて他はないだろう。そしてそれが起動するまでの時間稼ぎは――
「当然、余の役目だな」
イデルガが咆哮を上げる。空気が震えるほどのその唸りは、街一帯を飲み込んだ。
「――魔王ノ罪禍断ズル調停ノ明滅」
彼が開く口元に、紫電が迸った。瞬間、それは地上から雲に延びる雷として、稲光を放つ。
空に浮かぶ鉛雲に放たれたその紫電が、荒れ狂う嵐のように雲間を泳ぐ。だが、それも少しの間のみ。
そして、やがて――
「――多重唱」
帯電する曇天から、紫電が降り注いだ。
空気を引き裂き、音を解き放ち、破壊を示す雷撃が、ディアフルン一帯に襲い掛かる。
それが本当の魔王が繰り出す魔術であったなら、降り注ぐ雷の雨は街を形としてすら残さないだろう。
後に広がる光景は、ただ焦土のみ。
そうなるはずだった。
「魔王の責罰裁く烙印の明滅」
シリウスが両手を上げて、そう叫ぶ。紅い稲妻が彼女の両手に走ると、それは即座に空に向かって放たれていった。
放たれた紅い稲妻は、街へと落ちるはずだった紫電に直撃し、結果残されたのはそれにより生み出された爆音と衝撃。それらは崩れかけている街を吹き飛ばさんとする勢いだったが、街への直接の被害は出ていない。
「ソレが時間稼ぎニなるトでも!?」
イデルガが再び咆哮を上げ、紫電を空に向かって放つ。僅かな静寂の後、雲間から再び射出されたのは先ほどよりも多い紫電。
シリウスは再度、これを紅い稲妻で防ぎきる。
「……いや、時間稼ぎはこれで十分だろう」
「――マダ封印ノ準備ハ整ってイナイはずダヨ」
「ああ、封印は、な」
シリウスは眼下に広がる街並みへと視線を落とす。そこで走るのは、ある一人の青年。彼女はその姿を優しい瞳で眺め、そしてイデルガへと向き直る。
「お主が答えを示したように、余も余自身の生き方について、答えを示そう」
「『――天閣にて祝福を受け、命の限り喝采せよ!』」
無機質なシリウスの声と共に、彼女の背中に輝く五芒星に、四つ目の紫炎が灯った。
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