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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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中心都市サグザマナス

 翌朝、中心都市サグザマナスに通じる大街道には大行列ができていた。朝方はいつも入都市検査で混雑しており、朝早くに並んでも都市に入れるのは昼頃だ。

 そして、昼過ぎに並び始めたシリウスとシャーミアが都市に足を踏み入れる頃には、陽は沈みかけていることだろう。


「――結局、一回も五秒間避けられなかった……」

「そう気を落とすな。光るモノはあったぞ?」

「慰めなんていらないわよ……」


 商人が乗る馬車の後ろに並び、二人はそんな会話を交わす。

 彼女たちがいるカルキノス国は交流都市。その中心都市ともなれば訪れる人の数は多く、シリウスたちの後ろにも長蛇の列が出来上がっていた。

 もっと早く来ていれば良かったな、と。シリウスは後悔するも遅すぎる。行列は牛歩の如く進まず、待ち時間には暇を持て余していた。


「よう。そこのお嬢ちゃんたち、良ければ食料でもいかがかな?」


 不意に、横合いから声が掛かる。見れば、首から箱をぶら下げた男が愛想笑いを浮かべて立っていた。その箱の中にはパンや飲み物などが詰め込まれており、箱にはどれでも銀貨一枚と書かれている。


「なんだ? くれるのか?」

「お嬢ちゃん、バカ言っちゃいけねえ。こっちも商売でな。毎日ここに並んでる奴ら相手に、色々と売ってるんだよ」

「なるほど。確かに長時間待っておると腹も空くし喉も乾く。そういった層を狙った商売か。中々賢いではないか」

「だろ? まあ今や同じこと考える奴が多くて日々競争だけどな。……それで、何か買わねえか?」

「それでは一つ――」


 感心したシリウスがパンを一つ取ろうとしたところを、シャーミアが腕を伸ばして制止する。


「ダメよ。この人たちが売ってるパンは割高なんだから。もう少し我慢すれば、もっと安くて美味しいのが食べられるわよ」

「む、そうなのか。この都市に不慣れな人間を狙った商売か。盲点だった。さすが、商魂逞しいな」

「なに感心してるのよ。あたしがいなかったらぼったくられてたわよ。感謝しなさいよね」


 二人のやり取りに目の前の商人は困ったように眉を下げ、頭を搔いた。


「あちゃあ、お嬢ちゃんこの国の人間かい? 俺の目も腐っちまったか。これじゃあ売れねえな」

「そうよ。分かったら他の売れそうな人がいるところに行きなさい」


 彼女はその手をひらひらと振って追い払う仕草を取ると、商人もすぐにその場を離れていった。

 色々な人がいるものだと、去っていく商人を眺めているとシャーミアから痛いほどの視線をぶつけられる。何か言いたいことでもありそうな気配だったが、その直感も正しく働いたようで案の定、彼女は呆れたように口を開く。


「まったく……、よくその感じで生きてこれたわね」

「すまぬな。人間とまともに関わり始めたのは最近で、仕組みがよく分かっておらぬのだ。ある程度の作法はウェゼンに教えてもらったのだが、やはりこういった生の営みは実際に体験してみるに限るな」

「教育が足りないわよ、おじいちゃん……」


 シャーミアの嘆息をシリウスは意にも介さないように、表情を変えずに聞き流す。そうこうしている内に行列は進む。意外と早く都市に入れるかもしれない。

 しばらく待っているとやがて先ほどの商人と同じような、首から箱をぶらさげた男が列に並ぶ人々に声を掛けている姿が映る。


「なんだ? またぼったくりか?」

「あれは違うわよ。入都市検査に必要な紙を配ってるの。ほら、来たわよ」


 シャーミアが慣れた手つきで二枚の紙と二本の羽ペンを受け取り、シリウスへと手渡す。


「はい。羽ペンはインクが限られてるから、使いすぎたら書けなくなるわよ」

「礼を言う。……ふむ。名前と出身国と、年齢か」


 渡された紙には予め記載する場所を指定するように空欄が幾つかあり、それらを埋めるだけで問題ないようだった。


「そうね。あくまでもこれは入都市した人間を管理するためのものらしいから、あまり真剣に書かなくてもいいかもね。ウソがばれたら重罪らしいけど」

「結構いい加減なのだな……」


 杜撰な管理方法に首を傾げるも、それで現状問題が起きていないのならば良いのかもしれない。


「ほら、早く書かないとペンのインクが乾いちゃうわよ。書いたら確認してあげるから」

「分かっておる。――これで良いのだろう」


 サラサラとペンを走らせ、その紙をシャーミアに手渡す。確認も何も、それほど難しい記載箇所はない。自信満々なシリウスだったが、それとは対照的に渡された紙に視線を落とした彼女は思わず叫んでいた。


「ちょっ――、アンタ何書いてんのよ!? 出身国がまお――っ」


 と、そこまで言いかけてシャーミアは自分自身の口を手で塞ぎ、それ以上の発言を堪える。

 騒ぎすぎたのか周囲の視線がこちらに向けられるが、彼女は作り笑いを浮かべて応対。続くシャーミアの言葉は、虫の羽音ほどに小さく抑えられていた。


「魔王領なんて正直に書くヤツがいるわけないでしょ!?」

「何故だ。ウソは重罪なのだろう?」

「こっちの情報の方が大事になるでしょ!? 適当に北方の名前もない島国って書いておけば通るから!」


 現状魔王領には生物はいない、ことになっている。そこから来た者だと言えば、確かに怪しまれるかもしれない。

 彼女の言うことの意味を理解したシリウスは素直に頭を下げる。


「すまぬ。考えが足りなかった」

「本当よ。いい? これからはもう騒ぎになりそうなことは起こさないこと。……それで、こっちの年齢についても修正よ。二百歳なんてウソ、どう考えてもすぐバレるに決まってるじゃない」

「噓ではないのだが……。ではそれに関しても丁度良さそうな年齢に修正しておいてくれ。――ところでシャーミア。お主は何歳なのだ?」

「あたし? あたしは十六よ。それがどうしたの?」

「十六……。なるほど――」


 シリウスの視線が彼女の胸元に吸い込まれる。かなり大きいその二つの丘陵を見て、思わず自分のモノと比べてしまった。


「どうすればそれほど大きくなれる?」

「……もしかして胸の話してる?」


 敗北感や虚しさは感じないものの、純粋な興味からそう尋ねるシリウスに、シャーミアは呆れながらもきちんと反応を返す。


 そんな姦しい時間は、あっという間に過ぎていき――

 ようやく二人は中心都市サグザマナスへの入都市を果たすのだった。

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