VS『メサティフ』団長、トゥワルフ⑥
天から無数の棘が延びている。それは恐らく勇者イデルガの能力だろう、と。僅かに視線を上げたシャーミアはそう結論を下した。
ならば心配はいらないだろう。シリウスがどうにかしてくれるだろうから。
「……この大量の黒い球体で、私を捕らえたつもりですか?」
剣をシャーミアへと向け、トゥワルフがそう尋ねる。警戒、そして困惑。当然だろう。
今、シャーミアとトゥワルフがいる大通りの一部を囲むように、球体に蝙蝠の羽を生やしたような物体が浮かんでいるのだから。彼ならば、より慎重に動くはずだ。
「焦らなくても、すぐに答えはわかるわ」
「……そうですか」
「安心していいわよ。……ちゃんと、目を覚まさせてあげるから」
黒いドレスが、揺らめいた。
風が狂い、降る雨が舞う。
シャーミアの体は、トゥワルフの目の前にまで達していた。
「――っ、速い……! ――ですが」
通り過ぎざまに振るわれた短剣による攻撃を、彼は剣でいなす。金属音が鳴り響くと、トゥワルフは振り返り彼女を視界に捉えた。
「まだ目で追えます」
「そうよね」
駆け抜けたシャーミアはそのまま減速をせず、跳躍する。クルリと身を反転させ、彼女の視線はトゥワルフへと向けられた。
「……何を――」
言いかけて、気がついたようだった。一見隙だらけにも見えるその不可解な行動、彼女が取ったその意味を。
シャーミアの足元には、先ほどまでの戦闘ではなかったものがある。
今もまだ羽ばたかせてその場を停滞している黒い球体。彼女がそれに足を着地させると同時、弾けると共にシャーミアの身が矢の如く射出された。
「――っ!!」
風を切り裂きながら向かってくる彼女を、咄嗟にトゥワルフは剣で防ぐ。さっき鳴った金属音よりも、より重い音が鳴り響いた。
防御には成功した。だが、彼女の姿を追いかけたトゥワルフはそこで警戒を解くことはしない。
何故ならば――
「……これは――っ」
既にシャーミアはその身を翻し、またも黒い球体を踏みつけてこちらへと飛んできていた。
速く鋭いその一太刀を、トゥワルフは躱しきれない。
飛び散る鮮血。しかしそのことを意にも介さず、続く彼女の攻撃に備えようとした。
「――遅いわよ」
しかし、彼女の姿は、視線を追いかける先にはなかった。シャーミアはトゥワルフの脇を通り過ぎ、黒い球体を踏みつけて跳躍、そしてまた彼の背後へと回り込む。最早見えないほどの速度で彼女は跳び回り続けていた。
「……っ、これは、防ぎきれませんね――っ」
吹き荒れる風雨のような斬撃の乱打。
幾ら剣を構えて防ごうとしても、相手が対応できないほどの速度で攻撃を続ければ防御を崩せる。単純すぎる話だが、これが今のシャーミアが導き出した答えであり最適解だ。
だが、相手は自分よりも遥かに強者。どれほど速度で上回ったところで、対応する術がないわけではなかった。
「……!!」
ガギィン、と。耳障りな重たい音が響いた。それまでは防御すらも間に合っていなかったトゥワルフが、シャーミアの一撃を防いだ音だ。
しばらく攻撃を受ければ、イヤでも軌道が読めてくる。特に、影の飴玉はシャーミアが足場にする度にその数を減らしていく。無限にあった選択肢は、次第になくなっていくのだ。
だから、トゥワルフほどの実力の持ち主にもなれば、そろそろ防がれてもおかしくはないと、シャーミアも正しくそう予想していた。
「私が対応できない内に仕留めきらなかったのは、失策でしたね」
手に持つ一本と、宙に漂う四本の剣。それらで交互に防ぎながら彼は跳び回るシャーミアにそう告げる。
確かに、トゥワルフはもうこの動きに対応できている。この攻撃で彼はもう倒せないだろう。そもそもが初見殺しの技だ。速さで圧倒しても、倒しきれなければ意味がない。
そんなことは、シャーミアが一番よくわかっていた。
「――そうでもないわよ」
背後から斬り掛かったが四本の剣で防がれる。そのままの勢いでシャーミアは高く跳び上がり、狙いを定めた。それは丁度トゥワルフの頭上。素早く移動を続ける中、互いの視線が一瞬交錯したようだった。
影の飴玉を蹴り上げ、直下に降るシャーミア。それをトゥワルフは正面から見据えて、一撃を防ぐべく剣を構え――、ようとした。
「……これは――」
ただ一言、彼はそう呟く。それで、全てを察していたようだった。
これまでの攻撃は全てフェイク。全ては、この一撃に導くための捨て駒。高速斬撃で、相手の思考を奪い、こちらの打つ手に気付かせない。そのために相手に圧を与え続けた。
防御姿勢を取ることもできないはずだ。先ほどの攻撃時に、彼の影に《カゲヌイ》を突き刺していたのだから。
あとは空中を走る剣によるガードが間に合うかどうかだが――
「――――――――っ!!」
より鋭く、より速く。
四本の剣が迎撃に入る速さを、超えて。
彼の元へと到達していたシャーミアが、短剣をその胸に突き刺した。
「――悪いけど、あたしは先に進まなくちゃならないの。……どんな手を使ってでも」
飛び散る鮮やかな紅い飛沫と共に、トゥワルフが水たまりに倒れる。後に残るのは荒い息遣いと、降り止まぬ雨音のみ。
■
英雄だから正しくあらねばならないのか。人を導く存在として前を歩き続けなければならないのか。
英雄譚に描かれる彼らは果たして、本当に自分の役割に何の疑問も抱かずに悪を討っていたのだろうか。
「僕は作られた役割が嫌いなんだ。世界のため、無辜の民のため、力を持つ人間が利用される。それのどこが、正しい英雄の姿だろうか」
それは人間の本当の姿ではない。与えられた役割に何の意味もない。役割とは、自分自身で見つけ、そしてそれを基に生きるということなはずだからだ。
「勇者が正しいとは限らない。魔王が間違っているとは限らない。その境界は、他者が勝手に決めたことだよ。でも、もうそれに縋るしかなくてね。何せ僕は、勇者なんだから」
魔王を討伐した勇者。与えられた役割を終えた、空っぽの自分の存在意義。
それを確かなモノにするためには、世界が悪だと叫ぶ行為にも手を染めよう。
「だからこそ、僕は、自らの悪に従って、キミを討つことにしよう。――僕の求める答えを、見つけるために」
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