討伐祭⑱
「これは……、なんとも壮大ですなあ!」
見物人のいない大広場。白く窪んだ眼孔を上空へと向けて、青黒い怪物がそう叫んだ。
周囲では四つ足の魔獣や蝙蝠のような魔獣と戦う屈強な男たちと、それらを牽制する騎士が数人。
そして、その怪物を鋭い瞳で睨む、水色の髪を靡かせる女性。
彼女は剣を構え、ただ一点のみを見据える。
「……ラベレ、よそ見をしている余裕があるのか?」
「もちろんですとも、か弱きダクエル。いや、この場では『ハウンド』のリーダーでしたかなあ! どちらでも、ワシの優勢は変わらんですが!」
「――っ!!」
巨大な怪物と化したラベレは、自身の持つ尾を振るいそれをダクエルにぶつける。彼女は剣で防ぐものの、衝撃までは殺しきれずに吹き飛ばされた。
破壊の音と土煙が巻き起こる。建物に飛んだ彼女の様子を遠くから眺めながら、ラベレはくつくつと笑いながら口元を歪めた。
「防戦一方もいいところ。無理やり引き留める姿はまるで児戯同然。これじゃあどちらがガキかわかりませんなあ。……それに、ワシもこんなところで雑魚共の相手をしている暇はないんです。とっとと、イデルガ様の元に向かい、認められねばならんのですから」
「……待て」
巨体を揺らめかせ、その場を離れようとしたラベレに、力強く届く声が一つあった。
毅然としていながら、そしてそこにあるのは確固たる意志の強さ。晴れた土煙の中、ダクエルが剣を構えて立っている。
「お前の相手は私だ」
剣が消えた。いや、彼女自身がラベレの視界から消えていた。気がつけば、ダクエルは彼の眼前にまで迫っている。
「はや――っ!?」
「――っ!!」
そして彼女は勢いよく剣を振るう。咄嗟に、ラベレも身を屈めるものの、その巨体のせいか満足な回避も行うことができない。
斬撃と共に、ラベレの顔面にダメージが入る。黒い泡のようなものを噴出させて、彼は咆哮を上げた。
「ぐあああああああああっっ――!?」
「ハア……はあ……、油断しすぎだな」
「こいつ……!! 殺す――っ」
頭に血が上り、ラベレの思考は最早冷静さとは程遠い。腕を振るい、彼女を踏み潰すべく足を振り下ろすが、しかし彼女は涼しい顔で避け続ける。
「何故だ……っ!? 何故当たらん――」
尾を鞭のようにしならせようと、拳を叩きつけようと、結果は地面を砕き、家々を破壊するのみ。ダクエルへのダメージとはならない。
「空中に棘が広がるよりも前、お前は私を警戒していたな。いや、集中していたとも言えるか。どちらでもいいが、故に私も全力を出さずにいた。無理に攻撃をして、別の個所に被害を与えられても困るからな」
彼女は言いながら、叩きつけられた拳に、斬撃を見舞う。傷口からは黒い泡が浮かんで、それが空へと消えていく。
「ぐっ……!! だがっ、だがしかしぃっ、それでも防戦一方だった! ワシの方が優勢だった!!」
「そう思わせたんだ。私が弱い、お前の方が強いと思い込ませて、油断を誘った」
今度は振り回される尾を断ち切った。断面からは先ほどと同様に黒い泡が立ち昇る。
「グおおおおおおおおおおおお――――っ!?」
「空を覆う棘に心を奪われ、そして尾による一撃でお前は確信したはずだ。こいつは自分の脅威にはならない、と。それら全ての要素で、私はお前につけ入ったんだ。……こうでもしなければ、お前は街に逃げて被害をもたらす可能性もあった」
ついには足まで斬られ、膝を折って這いつくばる。
そして、地面に手をつくラベレの顔に、彼からしてみれば小さな剣が突きつけられる。
「終わりだ。未熟な獣。人間にも魔獣にもなれない、……まがい物め」
「ひい……――っ」
彼の瞳には、既に戦意はなかった。あるのはただ、怯えのみ。
「た、助けてくれ……! すまんかった! ワシも少し暴れすぎた!」
「……助けてくれ、だと?」
剣が明確に、彼の大きな瞳を突き刺した。
「……っ!? アアアアアアアアアアアアア――――っっ!?」
絶叫と共に体は仰け反り、ラベレは地面に倒れる。血は出ない。出るのはただ、魔獣としての証である、黒い泡のみ。
「その言葉をお前が発せると思っているのか? どれだけのその言葉を、お前が聞いて、それを無視し続けてきた? お前がそうしてきたように、私が同じことをしてもお前は何も言えないはずだ!!」
ダクエルは巨体をさらに斬りつける。上がる断末魔に、しかし彼女は顔色を変えることはしない。ただ、冷たく、険しい様相で彼を睨む。
「……私も、お前と同罪だ。お前の実験体にされた人々を救えなかったからな。だから、私はお前と同じ場所に堕ちようと思う」
彼女は自分を諫めるように、剣を振る。無秩序に行われたそれは、しかし的確にラベレの体を傷つけ、破壊していた。
「……っがあ、た、助け――」
「無駄だ、助けなど……」
そう言いかけて、止まる。視線をラベレから大通りへ。そこにいたのは、四つ足の獣含め、多くの魔獣。彼らが、ゆっくりとした足取りでこちらへと近づいてきていた。
「お、おおおお――っ。まだ使える駒が残っていたか!! ほら早く、このいけ好かない雑魚を喰え!」
地面に伏したまま、怒鳴るようなラベレの声が響く。
それに対しての反応は薄く、魔獣たちは一歩ずつ確実にこちらへと近寄ってきている。
「……いや――」
だが、ダクエルはそんな彼らを見て、剣を納めた。そして踵を返してその場から立ち去ろうとする。
「フハハハァ……っ、どうやら、怖気づいたようだな!」
「……これは、お前への罰だろうな」
「は――?」
そして、彼がダクエルの言葉に疑問を返すよりも前に、魔獣たちが飛び掛かった。
横たわり、息も絶え絶えなラベレへと。
「なっ――!? 何をしている――っ!? 襲う相手はワシではない――っ」
「オ、オマエがイナケレばテリーは――!!」
たどたどしい言葉。そして抑えきれないほどの、ラベレに対しての殺意。魔獣の群れの先頭を歩いていた獣の胸元で光っていた銀色のタグ。
そこには『識別呼称:トーラ』と書かれていた。
ダクエルの記憶が正しければ、彼は下層の子どもの一人だ。そして、きっと彼の周りにいた魔獣たちもそうなのだろう。
肉を磨り潰し、骨が折れ、耳障りな絶叫が喚き散らされる。
それが憐れだとは思わない。自業自得、彼が暴れた結果、彼はその結果によって死ぬのだ。
いつまでも降り続ける雨のせいだろうか。しかしその憎たらしい声が止むその時まで、ダクエルの心が晴れることはついになかった。
■
――生きとし生けるモノには、全て役割が存在する。
ならば自分の役割はなんだろうか。勇者であることを義務付けられたが、それが正しい答えとは思っていない。相応の努力をして、血を吐くほどの修練を積み上げて、そうして魔王を討伐してなお、心が晴れることはなかった。
勇者ではなくなった自分はいったい何者なのか。
その答えは未だ見つからない。
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