討伐祭⑰
「――なんだよ、あれ……」
崩れる瓦礫に身を隠しながら、クェルクルフは荒い息と共に、空を眺めそうぼやいた。
遠目からでよく見えないが、紅蓮の髪をなびかせる少女と、この国の勇者が異形の様子で浮かんでいるのはわかる。その彼が、雨空を埋め尽くすほどの赤黒い棘を延ばしていく光景は、最早この世の出来事ではないように感じ取れた。
「ああ? もう終わりかよ!」
そして、彼と対立するように佇んでいた一人の人物が、苛立ったように叫んだのを聞いて、クェルクルフは反応を返した。
「……ドラギニア。空のアレが何か知っているのかい?」
「知ってる……、というか本能でわかんだわ。俺の役目が終わりだってな」
くそが、と。そう残念そうに呟く声を聞いて、思わず瓦礫から身を乗り出した。
「ドラギニア、君は――」
そこにいたのは、既に降り注ぐ多量の棘に串刺しにされた、赤褐色の肌を持つ異形の存在。
彼は、恨めしい眼をこちらへと向けた後、すぐにその姿を棘の中へと隠して消えていった。
■
――産まれた時から勇者であることを求められた。
常に言い聞かせられたのは、歴代の勇者がいかに凄かったかということ。魔王討伐に何度も旅立ち、そして平和を生み出す光のような存在。
そんな英雄譚。
物語のような英雄となることが、正しいことだとそう教育されて育ってきたのだ。
■
「ふふ、強いねお姉さん」「あはは、やるねお姉さん」
風が吹き荒れる。悪天候にしても、不自然なほどに風力が強い。狂う暴風は空中に浮かぶ双子の姉妹を中心に形成されているが、しかしその彼女たちはそよ風を浴びているように澄んだ表情で眼下を見下ろす。
笑っている。愉しそうに、嬉しそうに、けれどどこか、寂しそうに。
それぞれ片腕ずつを、失っているのにもかかわらず、だ。
「このままだと私の勝ちだね」「続けてればお姉さんの負けだね」
リビの左肩は既になく、リバの右肩は消失している。傷口からは黒い泡のようなものが溢れ出ており、それが空気へと溶けて消えていく。
なのに、彼女たちは笑っている。
痛みはないのか、それともその上で受け入れているのか、リビとリバは無傷の状態と変わらず、愉しそうに笑顔を浮かべる。
「……空が――」
そして相対しているミラは、荒い呼吸を繰り返しながら、雨が降り注ぐ空を見上げる。そこには城の上空を中心として、無数の赤黒い棘が延びており、それらが今も張り巡らされている。
不測の事態に、目の前に佇むのは未だ底を見せていない二人の敵。
なんとかダメージは負わせたものの、しかし彼女たちはそれを意にも介していないようだった。
【天鎧】も既に使い切ってしまった。残された力を振り絞っても、彼女たちの言う通り、自分は負けてしまうだろう。
だが――
「……まだ、勝負はわからないだろう」
「諦めてないんだね」「わたしももっと、遊んでたいな」
無邪気に笑う彼女たちに、眉を顰める。気がつけば、先ほどまで放っていた重圧は消えている。撤退するつもりだろうか。
「でも」「残念」
いま逃げられてしまうと、彼女たちには追いつけない。いつでも追い掛けられるよう、残された力を足に籠めるミラだったが、そんな思考はすぐに塗り替えられる。
「「――これでお別れね」」
「――――っ!?」
直後、空から降り注ぐ無数の棘が、彼女たち双子の体を貫いた。血のようなものは噴出しない。流れ出るのはガスのような黒いそれ。
棘は彼女たちを飲み込むように吸い尽くしていく。
「機会が、あれば……」「またあそ、ぼうね……」
消えるその間際。最後まで彼女たちは、子どものような無垢な瞳を輝かせて、微笑んでいた。
ミラの脳裏には強く、その光景がいつまでもこびりついていて。
睨むようにして、空へと帰っていく棘を睨むのだった。
■
――でも、僕と皆が求める英雄像は、違う。
求められるのは、光であること。勇者であり、英雄であり、正義の使者。
それの何が偉いのか。何故正しくあらなければならないのか。誰に尋ねても、常識的な答えしか返ってこない。
欲しいモノはそれじゃない。
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