VS『影の勇者』⑤
何故劣勢を強いられているのか。
勝てる戦いだった。いや、戦いとも呼べないはずの、既に結末が決まっているある種の儀式のような展開に、なるはずだった。
相手が魔王の娘であることはわかっていた。その上で、準備をしてきたのだ。準備期間がたった三日だと言えばそれは少なく感じるだろうが、誰にも負けるはずがないほどの戦力を蓄えたつもりだった。
街の人々を捕らえ、紅い核として戦力を生み出し続け、それを自身が知る上で最も手強い魔獣の種とした。戦力としては、これ以上ないほどだったはずだ。
なのに、目の前に浮かぶ彼女は未だ五体満足でこちらを見つめている。
「――僕は、負けない。……負けるわけには、いかないんだよ、ゼラネジィ」
勇者が魔獣に敗北する物語を誰が望む?
この話は、既に結末が決まったものだ。自分はそれをなぞるだけ。特別なことなんて、する必要はない。
焦りは感じない。何故ならば、この世界では常に人間が勝ち続けるから。そう、できているからだ。
「『――求むるは安寧、太平、無上の姿、』」
時を刻むように、紅蓮の少女の分体が調べを唱える。
残された時間は少ない。決着をつけなければ。
「――混昏命沌―根源領域―」
自分でも驚くほど冷静な声でそう呟くと同時、彼の体から赤黒い棘が延び始めた。それは急速に枝を伸ばし続け、空に走る亀裂のように広がっていく。
「――魔王の責罰裁く烙印の明滅」
少女の冷たい詠唱が流れ、構えた彼女の両手から眩いほどの紅い稲妻が勇者へと襲い掛かり、直撃した。
轟音、後に静寂。直撃の爆発によって発生した煙が晴れたそこには、無傷のイデルガと、それを棘の生えた半透明な生物で守るルカビリーの姿があった。
「ごめんね、シーちゃん。こればっかりは逆らえなくて」
そう残念そうに笑う彼女の、その背中。
イデルガより延びた棘に貫かれ、やがてルカビリーの体が崩れていく。
「ルカビリー姉上……!」
「ごめんね~……、今度はゆっくり、お話しようね――」
その言葉が紡がれると、最後まで笑っていた彼女の体は、赤黒い棘に吸収されるように溶けて消えた。
「――――っ」
シリウスがその表情をわずかに揺らした。それは、イデルガにとって最も見たかったモノ。これまで劣勢だった自分が求めた、魔王の娘の弱点。
「……シリウス」
そして、赤黒い棘は彼女の前に佇む橙の髪をした少年を捉える。
「君なら彼を止められる。また、後で会おう――」
無数に延びたその棘はまるで異形の口のような形を成し、そして彼、スカルミリオンは抵抗することもなくそれに飲み込まれた。
残されたのは、紫色の五芒星を背負う、紅蓮の少女のみ。
「せっかくの再会なのに、悪いね」
「……問題ない。余は、過去の幻影から既に抜け出せておるからな」
「そうかい」
相変わらず可愛げのない少女だ、と。イデルガは薄く笑ってそれでも棘を伸ばし続ける。次第にそれらは空を覆い、街へと降りていく。
「それよりも、貴重な戦力を自分から失わせて、良かったのか?」
イデルガは既に手札を出し切っていた。魔王の子の第一子から第十子まで、人の命を基にしてそれらを模した個体はしかしその数を減らしている。
「スカルミリオン兄上にルカビリー姉上。それから今の間で、別の場所で戦っていたアルケーノ兄上まで食らったようだな」
「……ご明察だよ。こうしている理由は、キミにはわかるだろう? ゼラネジィ」
そう尋ねると彼女は即答せずに、少しの間を置いた後に吐き出した。
「無駄だ。どれだけ力を集約させても、お主に余は殺せぬ」
シリウスの言葉がまっすぐに突き刺さる。それと同時に、傍らに佇んでいる彼女の分体が口を開いた。
「『――授けるは永劫、悠久、不変の愛、』」
一つ、紫炎が彼女の背中に灯った。彼女が有する封印魔術についての知識はないが、五芒星全てに炎が灯るとそれは完成するのだろう。
だが、思っていたよりも時間がかかる術のようだ。これならば、彼女が事を成し遂げる前に、終わらせることができるだろう。
「……僕はね、英雄譚が嫌いなんだ」
棘は延びていく。それまで、散りばめた自身の力を、再度かき集めるように。
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