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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ルアト④

 地響きで目が覚めた。


 最早見慣れた天井だ。どれだけこの光景を見たことだろう。ベッドから見えるものは、最早顔馴染みとなったそれと、机と椅子。さっきまで人の気配はしていたが、そこには自分以外誰もいなかった。起き上がり、灯りが射し込む窓を見る。鉛雲が天を覆いつくし、雨が景色を歪ませている。


 過剰なほどに巻かれている包帯に触れる。傷による痛みは既にない。元来、頑丈な体だからか、受けたダメージはすぐに完治していた。

 それも、シリウスの分体、ヌイによる初期治療のおかげでもあったが。

 再度、地響きが家を揺らした。何が起きているのか、籠っていてはわからない。ベッドから降りて、部屋の扉を開ける。


「あ、ルアトさん!? 駄目だよ! ちゃんと寝てないと……!」


 ちょうど、扉を開けようとしていた少年と目が合った。彼の手には体を拭くためであろう濡れた布巾が握られている。


 テケル。ダクエルの弟であり、ついこの間まで国に囚われていた少年。彼が傷つき、ボロボロだったルアトを今日まで看病していた。

 テケルは強い眼差しをルアトに向けて、それに対しルアトは膝を折り、彼と視線を合わせる。


「テケルさん。今までありがとうございました。おかげですっかり、元気ですよ」

「本当?」

「ええ。ここまで親切にしていただいた君に、嘘なんて吐きませんよ」


 ルアトは笑顔で、そう言った。彼を安心させるためだったし、実際もう体は全快とも呼べるほどに回復していた。

 テケルは、初めは訝しむような顔を浮かべていたが、ルアトの言葉に屈託のない表情を浮かべる。


「そっか、良かったあ」

「ふふ、君のおかげですよ」


 頭を撫でると彼が持つ角に触れる。それは、テケルが攫われた際に付けられた異物。本来人間には備わっていないモノを後天的に付与されて、しかし彼はそれでも塞ぎこむことなく笑ってくれる。


 そう、この国の悪はまだ取り除かれていない。この優しい少年だけじゃない。この国に生きる他の人たちを失意の絶望に陥れた人間たちは、まだ生きている。

 今も鳴り響く不自然な振動と音が、それを裏付けていた。


「……それで、テケルさん。僕は行かないといけない場所があって……」

「知ってるよ、シリウスさんのところに行くんでしょ?」


 彼はそのことを咎めるでもなく、ルアトの言葉に優しく頷いてみせた。そのことに驚くものの、ルアトも溜息一つを吐くだけでそれ以上そのことについては語らない。


「テケルさん、決して外には出ないでくださいね」

「……うん。僕までいなくなっちゃうと、お姉ちゃん困るもんね」

「そうですね」


 ここはダクエルが帰る場所。そして、それはダクエルの話だけじゃない。下層にも上層にも、帰るべき場所があって、その場所の数だけ帰る人がいる。

 ここまでしてくれたテケルに報いるために、彼がいるこの街を元の日常に戻すために、ルアトは立ち上がる。


「いってらっしゃい」

「ええ、いってきます」


 自身の黒い髪を紐で結び、後ろでまとめる。居心地の良い空間から外へと出ると、雨粒と鼻をつく臭いがルアトを出迎えた。

 どこへ向かえばいいのかわからない。だが、自分にもできることはあるはずだ。そう思い、駆け出した矢先、一羽の小鳥が飛来し、ついてきた。


「もう体は平気なのか? ルアト」

「その声は、ファルファーレさんですか?」


 小鳥からは似つかわしくない男性の声が発せられている。ほとんど確信を持ってそう尋ねたルアトに、小鳥は嘴を動かして囀る。


「そうじゃ。とにかく、元気そうでなによりじゃ」

「ええ、おかげさまで。……少々出遅れましたが、これから挽回しようと思います」


 金髪の女性、ミラと名乗るその人物に敗北を喫してから、考えていたことがある。

 これだけ広い世界で、力のない自分は敬愛する彼女の隣に立つべきではないのではないかと。


 シリウスはもっと先で戦っている。遥か遠く、彼女は孤独なままだ。それでも隣に立っていたい。彼女を一人にはさせたくない。この命が尽きようとも、彼女の望む世界の一助となれればと、そう思っていた。


 だが、今の自分にはその資格がない。それを思い知らされた。

 もっと強くならなければならない。笑って、彼女の傍に立てるように。

 そのことに胸を張れるように、これ以上後悔する選択を取りたくなかった。


「まずは街で起きている現状を伝える。その上で決めるんじゃ。自分がどうしたいかをな。……お前さんにできることもきっとあるじゃろう。まだ間に合う」


 走る足に力が籠る。ファルファーレから訊くまでもなくわかることはある。こうしている今も、シリウスは戦っているのだろう。シャーミアもどこかにいて、シリウスに追いつこうとしているはずだ。


 自分だけ、これ以上足踏みをしているわけにはいかない。

 激しい雨が体を打つ中、ルアトは逸る気持ちに鼓動を乗せて、空を仰いだ。

 そこで見たのは、焦がれた少女の姿。


 シリウスと勇者が、崩落した城の上空で相対する姿だった。

お読みいただきありがとうございます!


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