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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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VS『メサティフ』団長、トゥワルフ⑤

 油断、と言えばそうなのだろう。決して心に隙があったわけでもなく、慢心していたわけでもない。

 ともすれば、彼のちぐはぐな雰囲気が、彼女の行動を一歩送らせていたのかもしれないと、一考するのならそれぐらいだろう。


 トゥワルフから投擲された剣は、風雨を引き裂く勢いでシャーミアの元へと向かう。瞬けば死。飛翔するそれに対して、すんでのところで躱してみせる。

 チリアートに作られた黒いドレスを着た今なら、その攻撃も余裕を持って躱すことができたはずだ。だが、それも心が万全で、精神が落ち着いている状態に限った話。


 いま、シャーミアの胸中には戸惑いと、想定外の一撃による困惑が渦巻いていた。

 しかし、直撃は避けた。トゥワルフを守るものは今は手元にはない。と、そうして彼へと視線を向けた時には、既にそこに姿はなかった。

 同時に届く、風の蠢きと魔力の熱。いつの間にか回り込んでいたトゥワルフが振るう剣撃をシャーミアは短剣で弾く。

 かと思えば、トゥワルフは握っていたその剣を右手から離した。


「……なにを――」


 シャーミアがそれに言及するよりも早く、彼の意図を知ることになる。

 トゥワルフが離したその剣は自由落下よりも早く、その身を宙に漂わせどこかへと飛んで消える。

 そして今度は何も持っていなかったはずの彼の左手に、剣が収まっている。


「――っ!?」


 回転すると共に、トゥワルフが剣を振るう。咄嗟に後方へと飛んで避けることに成功するものの、それすらも許さないといった様子で彼もまた距離を詰めてくる。

 そして、彼の手元からまたも剣は消えていた。


 そのまま、空いた手のまま攻撃態勢に入る。普通なら防御すらいらない不可思議な光景だが、いまこの状況に限って言えば、防ぐか避ける必要があった。

 案の定、気付けばトゥワルフが振るう手には剣の柄が収まっており、それはシャーミアの首元目掛けて振り下ろされる。


 彼女は、それを悠々と躱す。しかし当然というか、躱したその直線上には魔力の奔流が敷かれていて、一本の剣が軌道を巡る。

 シャーミアはそれを短剣で防いだ。あるいは、防がざるを得なかったとも言えた。

 トゥワルフもまた一歩踏み込んで、剣を下から振り上げる態勢に入る。


「くっ――!」


 躱すには距離が近すぎる。咄嗟に《カゲヌイ》を生やすことで防御を試みるものの、衝撃全ては防げない。

 そのままの勢いで、シャーミアは空中に打ち上げられた。


「空中なら、厄介なスピードも出せないでしょう」


 彼の声が、背後から届く。咄嗟に宙で身を捻り短剣を構えるものの、その短剣ごと振るわれた剣によって、シャーミアの体は地面に叩きつけられた。


「がっあ――――」


 肺に溜まった空気が押し出され、口から強制的に吐き出させられる。背中に強い衝撃を受けたが、ドレスのおかげか動けないほどの痛みはない。そのまま剣を構えて落下してくるトゥワルフから距離を置くのと、彼が彼女のいたその場所に落ちてくるのはほとんど同時。

 衝撃による土煙が舞い上がる。


「ハァ……ハァ……、強いわね」

「言ったでしょう。もうあなたの速度には追いつかれないと」

「……そうね」


 大きく、溜息を吐いた。


 楽に勝てる相手ではないことはわかっている。それでも並べていると思っていた。だが、それは思い上がり。たかだか十数年生きてきた自分のような存在が、国を守ってきた彼の剣に追いつけるはずもない。

 速度では上回れている。ただ、それが勝負を決めるわけではないのが現実。


「このままでは、あなたはまた負けてしまいます」


 そうだ。トゥワルフの言う通り、今の状態を続けていれば先に消耗するのはこちら側だ。そしてその隙を見逃すほど、彼は甘くない。

 ならばどうするか。勝てないと判断して逃げるか。あるいは、何かが変わると信じて戦いを続けるか。


 と、迷うシャーミアの視界に、見慣れない黒い塊が映る。

 それは先ほど彼女が叩きつけられた場所。ぐしゃぐしゃにひしゃげた道路の一部に残る、黒い跡。雨で流れることもせず、ただ砕けた地面に広がるそれは漆黒で、影のようだった。


『ねえ、チリアート』


 試しに心の中で、このドレスの製作者を呼び出してみる。するとすぐに応じる声が返ってきた。


『なんでございましょうか』

『あの黒いの何なの?』

『あれは貴女様が召しておられるドレスから滲み出たものとでも言えば良いでしょうか。影とは移ろう逃げ水のようなもの。柔軟に姿を変えるその性質は液体に近いのです。決して体に悪いモノではございませんが、気味が悪いでしょう』

『そんなのはどうだっていいのよ。このドレスって、アンタが作ったんでしょ?』

『ええ。よくお似合いですよ』

『だからそういうのいいから。あたしが言いたいのは、アンタの能力についてよ』


 チリアートは影を操る特異星(ディオプトラ)を持っている。実際にこの着ているドレスも影から作られており、その能力に関しては疑いようもない。

 ならば、仮に、このドレスを着ている状態が、チリアートと一心同体となるような代物だったとしたら。


 トゥワルフから剣による薙ぎ払いが飛んでくる。それを躱し、魔力の風を撫でる剣による斬撃も軽々しく避けていく。

 その中で、シャーミアは彼に尋ねる。


『……あたしにも、アンタの能力は使えるの?』

『どうしてでございましょうか?』

『何となく、そう思ったの。……ううん、そうじゃないわね。使えないと勝てない。あたしにはあいつに勝てるほどの武器もないし、経験も足りない。だから、今ある手札を知りたかった』


 猛攻が止むことはない。先ほどのようにトゥワルフが攻め剣を振るい、躱されれば距離を詰め、防がれれば別の角度から死角を突いてくる。

 影のドレスによる高速化がなければ何度死んでいたかわからない局面で、シャーミアは攻撃を躱し続ける。


『影とは、常に主に付き従う従者でございます』


 チリアートの呟きが脳内に響く。落ち着いていて、それでいて威厳ある声だった。


『ワタクシがこのドレスを仕立て、そして纏っている限り、貴女様の影となるでしょう。――元より、無い命。誰かの後ろを憑けるのであれば、それは身に過ぎた光栄でございます』

『……じゃあ――』

『ええ。ワタクシの『強者無き場所の凡愚(ルミナ・デスペラ)』は既に、貴女様と共に』


 その声を聞き届けると共に、シャーミアは動きを止めた。雨のように降り注ぐ攻撃を前に、それはただの無謀とも言える行動。それをわかっているからこそ、トゥワルフは手を止めて訝しむ。


「……どうかしましたか? 勝てないと悟り、諦めますか?」

「そんなわけないでしょ」

「では、何か企みでも?」


 そう問い掛けるトゥワルフに、シャーミアはおどけるでもなく、至極真剣に、応じる。


「そんなとこ」


 集中しろ。これまで魔術の使用もしたことがない自分が、初めから自由に使えるわけもない。ただ、どれほど力を込めても、漂う魔力すら掴めない。焦り藻掻き、宙を手繰る。


『不肖ながら、ワタクシもお手伝いさせていただきましょう』


 優しく寄り添われたチリアートの言葉に、今はただ甘えることにする。

 その言葉の直後、それまであった浮ついた感覚が一気に引き締まった、ように感じた。

 掴めなかった魔力の一端をついに触れることが叶い、それから幾つもの漂う影の魔力が自分を中心として浮いていることを自覚する。


「……何をするつもりかは知りませんが」


 トゥワルフが剣を構える。それを目視した時には既に、彼の姿は眼前に迫っていた。

 咄嗟に、短剣でそれを防ぐものの、勢いを殺しきれない。

 ギャリギャリと、不快な金属音が響く中、剣の侵攻を防ぐべく短剣で応戦するシャーミア。


 そして感じ取る魔力の熱。またも、宙を走る剣が彼女に襲い掛かる。

 そんな最中、身動き一つ取れないはずのシャーミアの口元には。

 疲弊した笑みが、浮かんでいた。


「――やっと」


 空を駆る剣が迫る。シャーミアは先ほどのように、《カゲヌイ》をトゥワルフの足元へと突き刺そうとした。

 彼の動きさえ封じてしまえば、この迫り合っている状況からは抜け出せる。そう思っての行動だった。


「……同じ手は食いません」


 《カゲヌイ》が彼の影に刺さる直前、何かに黒い短剣が弾かれる。それがトゥワルフの操る剣だと理解した時には、既に空中を走る剣は振るわれていた。


「――――」


 液体が爆ぜたように、周囲に飛び散った。

 雨に混じらず、宙を飛ぶ黒いくろいそれ。


「……まだ、隠し玉を持っていたとは」


 驚愕を隠そうともしないトゥワルフの声。それはシャーミアと、彼女を取り囲む漆黒の球体に注がれていた。

 その黒い球体が、軌道を描く剣を受け止めて、半分ほど斬れられて粘性のある液体を滴らせている。


「――影の飴玉(アニマ)


 そうシャーミアは口にしたのを耳にし、トゥワルフはすぐさま距離と取った。

 そしてそれに呼応するように、幾つもの黒い球体が、今度はコウモリのような羽を生やして空中に生み出される。


「……これは――」


 トゥワルフの反応に俄かに緊張が見られた。目の前で生み出され続ける不気味な物体に、警戒をしているのだろう。


「――影の天泣(アニムス)


 やがてそれらがこの辺りを取り囲むように埋め尽くす。丁度半円形に、空中に漂いながら何をするわけでもなく、ただ一定の間隔で羽の生えた黒い球体は停滞している。


「……これが、あたしの限界」


 シャーミアが息を荒くしてそう言った。

 これ以上、魔力について考えると頭が痛くなる。ともすれば、戦闘に支障も出てしまうだろう。

 だから、もう終わりにしよう。


「こんな魔力の塊を漂わせたところで、事態は好転しませんよ」

「……いま、アンタに勝てる部分は速さだけ。あたしにはこれしか思い浮かばなかったから――」


 心臓が静まっていく。それに反するように、体温が上がっている。大丈夫だ。もう、勝てないイメージは、消えている。

 あるのはただ、彼に勝てるという淡く、根拠のない夢想だけだ。

 だから最後に、自分自身の背を押すために、弱い自分を打ち消すように言葉を吐き捨てた。


「――あたしはもう、負けないわ」

お読みいただきありがとうございます!


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