VS『メサティフ』団長、トゥワルフ④
しばらく、静寂が続く。
シャーミアとトゥワルフの間に言葉はなく、場を埋め尽くし肌を焼くのは互いが放つ殺気。視線と視線が交錯し、瞬き一つも許されない緊張が支配する中、口火を切ったのは一本の剣だった。
シャーミアの首元を狙う、宙を漂う剣撃を彼女は易々と躱してみせる。次いで二本目の剣が、躱した先に飛んでくる。シャーミアはこれを短剣で防ぎ、そして背後から迫る三本目の剣も体を捻り避けた。
いずれも先ほどまでと同じ速度。軌道を描く剣の動きが素早くなったわけでもなく、シャーミアの致命傷には程遠い。
そして、それは戦闘において力の均衡が崩れたことを意味しており――
「――速い……っ」
彼女に、攻撃へと転ずる余裕が生まれたということだ。
シャーミアがその身を屈めたかと思えば、次の瞬間にはトゥワルフの喉元へと短剣を突き立てていた。
が、その攻撃も残る四本目の刃により弾かれてしまう。シャーミアは弾かれた勢いのまま地に足を着け、そして地面を勢いよく蹴り再び立ち向かう。
直線的な動き。ただひたすら真っ直ぐに、トゥワルフの元へと突撃を試みる。
「くっ――」
それに対してトゥワルフ剣を構える。シャーミアの動きは見切れないほどの速さだが、飛んでくる場所さえわかっていれば対処できてしまう。
そして速さがわかっていればある程度の予測の元、剣を叩きつけることができる。
狙いはカウンター。そのまま突っ込めば、シャーミアの体は斬り伏せられてしまうだろう。
だが、そうはならない。
「……っ」
トゥワルフが振るう剣が、シャーミアを捉える直前、彼女の体がピタリとその場で止まった。まるで地面に縫い付けられたように動きを停止した彼女の前で、剣が通り過ぎていく。
「思ったよりも前掛かりではないようですね。ですが……」
動きを止めたことに意味がある。すぐさま、そのシャーミアの元へと三本の剣が降り注ぐ。
しかし、惨劇は訪れない。彼女の体はその遥か後方に移動しており、斬撃による風すら受けていない。
息を上げている様子もなく、変わらない調子でシャーミアは佇む。
「より早く、より鋭い。……このままでは敵いませんね」
「……ねえ、アンタ本当に憶えてないの?」
シャーミアの声が重苦しく響く。落ちる雨粒が音を立てて、風の音がうるさく唸る。
「何のことでしょう」
「自分が何をしてるのか、わかってるのかって聞いてんのよ!」
叫びが、誰もいない街にこだまする。彼女の表情は悔しそうで、あるいは辛そうに歪んでいる。
「あなたが気にすることでもないと思いますが、何故それほどまでにこだわるんですか?」
「……そんなの、決まってるわ」
思い出されるのはルシアンのこと。彼女が楽しそうにトゥワルフのことを語る光景が目に焼き付いて、そしてそれは自分自身に切り替わる。
とある老翁の存在。
大切な人がいた。親同然の存在がいた。それを失ったと知った時の辛さは、知っているつもりだった。
「目の前で大事な人を失うのを、見たくないからよ」
「なるほど。よく、わかりました」
相変わらずトゥワルフの態度に変化はない。虚ろな瞳には光が見えず、ただその声音には僅かばかりの悲嘆が漂っているように感じられた。
やがて、彼は溜息を吐き、シャーミアに背を向ける。
「……戦闘で優位に立ったタイミングで相手の真意を探る。本来ならば相手を完全に無力化してこそ意味のある行為ですが、それもまたあなたの甘さなんでしょうね」
「……甘くて悪かったわね」
「いえ、これは褒めているんです。それで救われる人だって、きっといますから。どうかそのままのあなたでいてください。その優しさを利用されることもまたあります。ですので、これは教訓です」
「……?」
シャーミアは怪訝な態度で、彼の話に耳を傾ける。背を向けているからかその表情は知れないが、その声からは棘が取れているような気がした。
「その上で、あなたの質問に答えます」
トゥワルフが少し顔を上げたように見える。空を見上げているのか、それとも別の何かへ想い馳せているのか。シャーミアにはわからない。
「――私は、これまでの記憶はしっかりとあります」
「……え――?」
思わず、そう声を上げてしまっていた。
紡がれた言葉が、聞こえなかったわけじゃない。ただ、受け入れられなかった。
「ルシアンのことだけじゃありません。彼女と共にいた騎士の方々のことも、もちろん憶えています。……憎たらしいほど、鮮明に」
「じゃあ、なんで――」
どうして彼女たちを斬ったのか。そう問いかけるつもりだったけど、最後までそれが奏でられなかった。
背を向けたまま振り返った、彼の顔が痛ましく悲しげに、歪に映ってしまったから。
「いっそのこと、記憶も失って完全に操られていた方が良かったでしょうね。こんなにも辛いのに、自死を選ぶこともできないなんて」
「――アンタ……!!」
いったい、どれほどの後悔があるだろう。どれだけの怒気が籠っているだろう。心の軋みが伝わってくるようで、シャーミアの胸もずきりと痛む。
意識のある中で、自分を慕っていた人間に手を掛ける。そんな心無い拷問があってたまるか。
彼がルシアンたちと話していた時、彼は何を考えていたのだろうか。
彼が剣を振るっている時、何を想っていたのだろうか。それに思いを馳せるものの、推し量れない。きっと、歯が砕けるほどに悔しくて、血涙を流すほどに辛かったに違いない。
やるせない思いが込み上がると共に、怒りも湧いてくる。それから、悔しくて、見ていられなくて、感情が昂って、涙が溢れる。
「……どうしてあなたが泣いているんですか」
「そんなの、わかんないわよ……」
これがどういった感情なのか、自分でも整理できていない。彼の言葉が嘘かもしれないのに、これほど感情的になれるのは何故なのか、わからなかった。
ただ、トゥワルフも被害者で、それを悲しんでいる人間もいる。そこだけは揺るがない。
シャーミアは目元を拭い、改めて彼の姿を捉える。
「でも、勝たなきゃいけない理由は増えたわ」
「そうですか」
そっと、彼が目を瞑り、くるりと振り返る。そして再び開いたトゥワルフの瞳には、僅かばかりの輝きが見えた。
「……この話を聞いて、魂が揺らぐかと思いましたが、……どうやら、短剣を持つ手に迷いはなさそうですね」
「なに? それが目的だったの?」
「……いいえ。あなたの強さが知れて、安心しました」
そして、彼は剣を構える。ただ、それはこれまでのような相手の攻撃を防ぐための姿勢でも、剣を振るうための態勢でもなかった。
彼は剣を持ったまま体を捻り、そしてそれを――
シャーミア目掛けて勢いよく投擲する。
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