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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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VS『メサティフ』団長、トゥワルフ③

 突如として白い爆炎が上空で放たれた。そしてその最中にいた、紅蓮の少女をシャーミアは地上から見上げていた。


本体(シリウス)なら大丈夫だ。安心して、目の前の敵に集中してもよいぞ」

「別に心配なんてしてないわよ!」


 背後から届くヌイの声に無駄に大きく反応してしまうが、しかし逸らしていた視線を戻すきっかけにもなったし、張っていた緊張も幾分和らいだ気がした。

 改めて眼前に佇む強敵に臨む。


 大都市ディアフルンを守護する騎士団『メサティフ』の長、トゥワルフ。気だるげに湛える瞳には、精気もなくただ隙を見せずにこちらへと構えを取っている。

 トゥワルフの手に備わる一本の剣と、彼の周囲に浮かぶ四本の剣。その空中にある剣が姿を見せているということは、まだ攻撃態勢には入っていないということだが、それでも油断はできない。

 シャーミアが再び体を強張らせていると、不意にその耳へ男性の声が届く。


「さて、シャーミア様。ワタクシと共にダンスを踊っていただくのですが、今のままでは分不相応でしょう」

「……わかってるわよ。アンタも、あいつに勝てないって言うんでしょ?」


 隣で跪く長身の男、チリアートを一瞥して、再度トゥワルフへと視線を戻す。力の差は歴然。先ほども死にかけたのだ。元から思い上がっているつもりもなかったが、より明確に己との実力のほどを知らされた。だから、それを今更言われてもシャーミアには響かない。

 だが、続くチリアートの言葉は、予想だにしていないものだった。


「いえ、ドレスコードがいかがなものかと。そのようなボロボロな身なりでは、例え素晴らしい演技を見せても観客(ギャラリー)は湧かないでしょう」

「は? ……何言ってるのよ」

「ですので、ワタクシが見繕いましょう」

「ちょっ――!?」


 シャーミアが何かを言うよりも早く、突風がその場に吹き荒れ、思わず目を瞑った。明らかに、これは自然に生じたものではないことを悟るも、回避もできずに風に呑まれる。

 黒い旋風。それがシャーミアの全身を包み込んでいた。


「……――!!」


 やがて風が止み、いつの間にか傍らにいたはずのチリアートは姿を消している。

 痛みはない。それどころか、体を苛んでいた疲弊や失血による衰弱は消え失せていて、思う以上に体が軽くなっていた。

 だが、最も肝心な変化はそこではない。


「――な、何よこれ……!」


 そう叫びながら、自身を纏う衣装に目を落とす。先ほどまで身に纏っていた衣服の代わりにあったのは黒いドレスとブーツ。それほど豪奢でもなく、スカートの丈は膝を覆うほど。装飾は抑えられていて、フリルが邪魔にならない程度にひらりと舞う。

 自身の変わりように言葉を失っていると、耳元――、というよりは頭に直接声が鳴った。


『――戦闘衣装(バトルドレス)追撃の織(カレイジャス)。うむうむ、美しい銀の髪に妖しい深紅の瞳には黒衣のドレスがよく似合いますな。やはり、ワタクシの見立てに狂いはなかった。……どうです? ワタクシが仕立てた逸品は?』

「いや、説明してほしいんだけど!? なんでこんな――」


 チリアートはどこに行ったのかとか、何故こんな可愛らしい恰好なのか、どうして戦闘の最中にそれが行われたのか、などなど言いたいことは山ほど出てきたが、それら全てはチリアートの声と、目の前から放たれる殺気に阻まれた。


『――攻撃が来ますぞ』

「――っ!!」


 最早トゥワルフから言葉も飛んでこない。あるのはただ、戦闘行動のみ。

 彼が素早く切り込んでくる。シャーミアはすぐさまそれを短剣一本で迎え撃った。ただ、それまでトゥワルフの周囲を漂っていた剣四本が、気がつけば消えている。


(……これは本体すら囮ね。本命は――)


 そして同時に肌を差す魔力の奔流。左右後方と、上空からの一本。どう避けても、攻撃が入る布陣だ。

 おまけに正面ではトゥワルフに純粋な力で抑えられていて、まともな行動も許されていない。

 このままだと、直撃だ――


『――諦めるには、些か早すぎるのではありませんかな? 気がついておりますでしょう、自身の体の身軽さに』


 そんな声が届く。確かに今のシャーミアは、何も身に着けていないかのように体が軽いと感じている。それでもただ軽いだけでは、現状の打破には到底叶わない。


『イメージをするのですよ。シャーミア様の持つ速さを、さらに超えるという感覚を宿してください』


 簡単に言ってくれる。それができれば苦労はしない。目の前で剣を構える難敵を退けるビジョンも描けないというのに、これ以上の何ができるというのだろうか。


『貴女様なら、それができるでしょう。たかが自分の理想を、描くだけですからな』

「……そこまで言うなら、やってやるわよ」


 息を深く吐いた。

 既に軌道を描く剣四本が迫っている。このまま何もしないよりは、藻搔いた方が幾分マシだ。


「……っ!」


 シャーミアが一本の短剣をトゥワルフの足元に突き刺す。黒いそれは、突き刺した対象の行動を奪う魔道具。

 《カゲヌイ》と呼ばれるその短剣によって、シャーミアの眼前へと向けられたトゥワルフの持つ剣がこれ以上、彼女を脅かすことはない。

 しかしまだ四本。今まさにそれら命を奪う剣が、彼女へと襲い掛かる。


「――――」


 キィン、と。

 硬質な音が一度弾けた。

 たった一度、それだけだ。他に音は鳴り響かず、ただ雨音だけが優しく落ちている。


「……まさか、四本ほぼ同時に剣を堕とすとは」


 そんな中、トゥワルフのやや驚いた声が耳を打つ。自分でも驚いている。その身はまるで風に吹かれているように軽く、流星よりも速い。振るう短剣の動きも、イメージに体が適応したという感覚だ。

 しかしシャーミアは、届くトゥワルフの声に応じない。ただ眼光鋭く、彼を睨むのみ。


「――っ!?」


 そして、彼が漂う剣を走らせて自身を縛る《カゲヌイ》を取り払うのと、シャーミアの攻撃は同時だった。

 鮮血が、散った。


「……ちょっと、反応早すぎるんだけど」

「それは……、こちらのセリフですが」


 大きく後方へ跳躍するトゥワルフは言いながら、右腕を抑える。雨と共に流れていく赤黒い血が、さらに勢いよく溢れ出していた。


「……短剣による一撃も深いですね。先ほどよりも鋭さが増しているようで。原因は……、やはりその黒衣でしょうか」


 彼は服の袖を引き千切り、今もまだ出血している右腕に巻いて止血に宛がう。そして、それを眺めながら応じようとしたシャーミアよりも早く、応じる声があった。


「それについては、ワタクシがご説明をいたしましょう」


 シャーミアの体、厳密に言えば彼女を守るドレスの一部から幾匹のコウモリが飛び立った。それは彼女の隣で集まってやがて形を成し、チリアートの姿を描く。


「ワタクシ、チリアートの特異星(ディオプトラ)は『強者無き場所の凡愚(ルミナ・デスペラ)』というものでして、影を操る魔術を使える代物でございます。全盛期とはいかないまでも、今はそれなりに過去のワタクシと同様に扱えるようになりました」

「……それじゃあ、そのドレスも影で作られたということでしょうか」

「まさに、ご明察の通りです! こちらのドレスは着た者はまるで移ろう影のような、身軽さが手に入ります。先ほど、貴方様の四本の攻撃を凌いだのも、その身軽さによるものでございます。超速度による超反応。それによって、迫る剣を一本一本、振り払いました。ただまあ、あれはドレスの力のみではなく、シャーミア様の自力故のものでもございますが」


 長身をくの字に折り曲げて、仰々しく振る舞うチリアート。胡散臭さすら覚えるその動きにけれど、トゥワルフはさらに警戒を強めるように目を細める。


「……敵に手の内をバラして、何が狙いですか?」

「狙いだなんて滅相もございません。ただ、知っていても防げるものでもないでしょう。現に、貴方様はこの度初めて傷つき、警戒度を上げている」


 チリアートが、トゥワルフの右腕を指差す。トゥワルフは視線を落とし、付けられた傷を見た後、ゆるゆると首を振った。


「あれは油断です。もう、あなたの速度には追いつかれません」

「……では、それが事実かどうか、確かめましょう」


 チリアートはその身を薄く空気に溶かし、再びシャーミアのドレスへと戻った。


「というか、実際に戦うのあたしなんだけど」

『何も問題はないでしょう』


 何を根拠にそう言っているのだろうか。脳内に響くチリアートの声は自信に満ち溢れていて、シャーミアの勝利を疑っていない。


『――最早、貴女様に追いつけるものは、ここにはおりませんから』


 呑気にそう告げるチリアートへ、シャーミアは嘆息を入れ、再度短剣を構えて臨戦態勢に入った。

お読みいただきありがとうございます!


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