魔王の娘とウェゼンの孫、シャーミア④
街道沿いには幾つかの野営ができるスペースが点在しており、シリウスたちはその内の一か所で夜を明かすことにした。
街道から少し外れた場所にある野営地。最近は馬車による交通が発達して、利用者が少ないのか周囲に人気はない。
適当に夜食を済ませた二人は、火を消してそれぞれ眠りにつく。
時間にして夜明け前。太陽はまだ顔を出していないが、そろそろ空がじんわりと明るくなる時間帯だ。
周囲に響く音は風のざわめきと、寝息を立てる音。
安眠を妨害する者はいない、はずだった。
僅かに鳴る、草を踏む音。殺された息は耳をそばだてても到底聞こえない。気配はほとんどなく、しかし対象へと明確に意識は向けられている。
風がひと際強く吹いた。そう感じた瞬間には、甲高い金属音が鳴り響いていた。
「――もっと上手く殺気を隠せ。そうでなければ、余の首は取れぬぞ?」
「剣!? どこから――」
月に輝く銀髪がひらりと舞い、シリウスと距離を取る。そうしてシャーミアは警戒を解かないまま、短剣を構えなおした。
「睡眠時の奇襲は大いに結構なことだが、まだまだ技術不足だな。未知の能力に対して咄嗟に距離を取ったのは褒めるべき点か」
「偉そうに言うわね。指導者にでもなったつもりかしら」
「ああ、無論そのつもりだが? 言っただろう。お主の夢を叶えるため、手解きをしてやると」
「自分を殺すための人間にアドバイスするとか、正気!?」
「当然だ。余からお主に与えられるモノは、それぐらいしかないからな」
シリウスはその身を起こし、手にした短剣を弄ぶ。
黒く、刀身が二又に別れている特殊な形をしたそれを、シャーミアは睨みつけて叫んだ。
「そんな武器、いつから隠し持ってたわけ?」
「これは余が生成した魔道具だ。武器の名は《カゲヌイ》。余の特異星は全部で七つ。その内の一つ、【魔錬創造】の能力だな」
「特異星……」
彼女は怪訝な顔をする。
それもそうだろう。特異星は余程魔力に優れた人間のみが、稀に発現する特殊能力。通常は一つのみ得られるそれを、シリウスは七つ持っているというのだから、納得いかないのも無理はない。
だが、最早シャーミアはそれを溜息一つで片づける。
「――あたしが殺そうとしている相手は、只者じゃないってことね」
「そうだ。……やる気を失ったか?」
普通ならば、圧倒的力の差を見せつけられれば誰だって無理だと諦める。その壁の高さを前に、挫けてしまうだろう。
彼女もそうかもしれないと心配していたシリウスだったが、それがすぐに杞憂であることを知る。
「……全っ然。寧ろやる気が出てきたわ。絶対にアンタを驚かせてやるんだから」
「そうこなくてはな」
彼女の不敵な笑みを確認し、僅かにウェゼンの姿が重なる。
そうかやはり、彼女はウェゼンの孫なのだと。シリウスの頬が僅かに緩んだ。それは本当に微細な変化で、相対するシャーミアはそのことに気がつかない。
「しかし、シャーミア。寝なくてもよいのか? 陽が昇ると同時に、ここを出立する予定だが」
「平気よ。あたし、あんまり寝なくても大丈夫なのよね」
「ならば、少し余興に付き合ってもらおうか」
そう言ったシリウスは片手を前に突き出し、手のひらを広げる。
「五秒。余の攻撃を躱し続けてみせろ。余はこの短剣一本で相手をする。耐えられたら、褒めてやるぞ」
それをどう受け取ったのか。恐らく侮られているとそう感じたであろうシャーミアは、不服そうな表情を隠そうともしない。
「はあ? そんなの楽勝よ」
「そうか。ならば始めよう」
臨戦態勢に入る素振りも見せず、その言葉と同時にシリウスはシャーミアへと突撃した。振るう短剣を彼女はいなし、打ち合いの音が響く。
弾かれたその勢いを利用し、シリウスは身を捻り一回転。そのまま短剣で下方からの斬り上げへと繋げる。
それをシャーミアは既の所で躱した。
ここまでで僅か二秒。
回転する体をシリウスは地面に片手をつき、力を込めて跳躍。空中で体勢を整えて三度攻撃に移る。
振るわれたのは短剣による一撃。それをシャーミアが手に持つ武器で防ぐ。
そしてもう一手。
シリウスの蹴りが彼女の脇腹を捉える。しかしそれすらもシャーミアは後方に跳んで回避する。
回避、できたはずだった。
「――どういうこと?」
地面に鮮血が飛び散る。彼女が抑える脇腹からは、血が滴っていた。
苦悶の表情に歪むシャーミアに対して、シリウスは彼女の傷に回復魔術をかけながら種明かしを行う。
「《カゲヌイ》には固有の能力が二つ備わっておってな。一つが人の影に刺すことで対象の動きを止める能力。そしてもう一つが、自らの影、及び肉体から自由に取り出せるというものだ」
試しに腕や足から短剣を出し入れしてみせる。短剣なので刀身はそれほど長くはないが、奇襲性は高いと言えた。
それを見たシャーミアは、見るからに不満そうな顔して異議を唱える。
「はあ!? 何よそれ! インチキよインチキ! もう一回やれば絶対躱せるわ!」
「大した自信だな。種が割れた状態でお主がどこまでやれるか、愉しみではある。まあ、よい練習にはなるだろう」
そう言ってシリウスは短剣を構え、シャーミアもそれに倣う。
この日、二人は夜が明けるまで剣戟を繰り返すのだった。




